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犬じゃないの?

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カルボナーラをレンジから取り出して、隣接しているリビングへと運ぶ。香りとともに立ち上る湯気が食欲をさらにそそる。もしこれが漫画の世界だったら、私は確実に口からダラダラと涎を垂らしていただろう。

「…何、あんたも?」
「そりゃそうだろ。」

リビングのテーブルにあの二足歩行の犬も席についていた。手元には、伸びきってどんぶりの縁ギリギリまでかさが増えてしまった醤油ラーメン。もちろん湯気が立っているはずもなく、すでに冷め切っていることが分かる。

「あ、フォーク忘れた。」

カルボナーラをテーブルに置いて、キッチンへととんぼ返り。まったく、早く食べたいときに限ってこうだ。流しに備え付けられている引き出しの一番上を引く。しかしそこに入っていたのは、私が想像していたカトラリーではなく、お玉や菜箸などの調理器具たちだった。

「あれ?おかしいな…。」
「…コンロの横に立ててある。」
「…あ、ほんとだ。」

こんなに目立つところに立ててあったのに気づかなかった。…私の部屋のキッチンは、お玉や菜箸がコンロ脇の壁に吊るしてあって、箸やフォークなんかのカトラリーは一番上の引き出しにしまっているはず。
この部屋、やっぱりおかしい…。

「…。」
「見つかったか?」
「…うん。」

素直にフォークの場所を教えてくれたことに驚きを感じるが、二足歩行の犬は何でもないようにラーメンに向かって手を合わせている。ちゃんといただきますをするのか、律儀な犬だ。しかもその手の間には箸が挟まっている。そのモフモフな手で箸を扱って食事をするのか。こんな見た目だが、中身はかなりできた人間なのではないかと思わされる。見た目は完全に二足歩行する犬なのだが。
…っていやいやそのままで食べるの?着ぐるみ脱がないの?私がいるから?素顔を見せたら通報されると思ってる?いやまぁ、それはそう。素顔見たら即通報、当然。だけどもさぁ…。

「…ねぇ。」
「あ?」
「…それ、冷めてんでしょ。伸びきってるし。私のカルボナーラ、少し分けようか?」
「だからそれ元々俺のだって…。いや、別にいい。俺猫舌だから、最初から冷まそうと思ってたんだ。」
「猫舌って、あんた犬でしょ。」
「犬じゃねぇ、狼だ。」
「一緒でしょ。」
「違う。…それに、俺は正確には狼の獣人だ。普通の狼や犬とは違う。」

じゅうじん…。獣人?今獣人って言った?ファンタジー作品以外で聞くことのない単語だ。間違っても日常会話ではまず出ることのない単語だろう。…自分がそうだって?

「…ふざけてるの?」
「んなわけあるか。というか、この姿見てふざけるも何もあるかよ、見たまんまだろ。…何だよ、どうした。」

伸びきった麺はすすり辛いのか、どんぶりに口をつけてかき込むように食べている二足歩行の犬、いや彼の言葉のままであれば狼の獣人、はさも当然といったように返した。確かに何の不都合もなさそうな様子で食事をする姿を見ていると、単なる着ぐるみ、というのはいささか苦しい説明であるようには思う。でもだからって、獣人なんて架空の存在が、当たり前のようにいるとでもいうのだろうか。そんなまさか…。
頭の先から血の気が失せていく音が聞こえた気がした。指先が冷えていく。一瞬でラーメンを平らげた獣人は、私の様子が変なことに気がついたようで、怪訝な様子でこちらを見ている。でも私はそんなことを気にかけている余裕はない。ラーメンのかすかな汁を舐めとろうと、大きな口の周りをべろりと舐める舌。その隙間から覗くいかにも肉食獣を彷彿とさせる鋭い牙から目が離せない。

「おい…。本当にどうした?…お前まさか、今まで獣人見たことないのか?」
「な、ないわよ…。聞いたこともない…。」
「はぁ?聞いたことないって、どんな箱入りだよ…。いいか?人類は昔から異種交雑を試みてきたんだ。遺跡の壁画に記録されるくらいの大昔からだ。…もちろん、うまくいく例ばかりじゃない。気が遠くなるくらいの数の失敗と技術の進歩を経て、今現在多くの種類の獣人が生活しているだろうが。今となっちゃ、よっぽどのことがなけりゃ自然な交配も可能なぐらい生態系として馴染んでいる…分かるか?」

こいつは何を言っているのだろう。まったくもって理解できない。異種交雑?人類の試み?何が、どうなって…。

「…おいおいマジかよ…。とんだコソ泥が来たもんだ。…とにかく飯食っちまえよ。腹減ってんだろ?」
「…うん。」

私は小さく返事を絞り出すことしかできなかった。あんなにおいしそうに見えていたカルボナーラも、今となっては生暖かい紐状の何かにしか思えない。あんなに主張していたお腹も、まったくもって鳴りを潜めてしまっている。でもとにかく、何かお腹に収めなければ。その思いだけで、静かにパスタを口に押し込んだ。
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