異世界距離恋愛 (修正版)

ふくまめ

文字の大きさ
上 下
1 / 25

帰宅

しおりを挟む
「はい…はい、はい!それでは、今後ともよろしくお願いいたします!…いえいえとんでもございません!それでは、詳細は後日…。はい。ありがとうございます!失礼いたします。」

見えもしないのに、電話の向こうの相手に何度も頭を下げてしまう。社会人の性ともいうべきものかもしれないが、周りから見れば何とも間抜けだ。スマホをさっとカバンにしまい、宿泊道具が詰まったキャリーバッグを引きながら駅のホームへと足早に向かう。
今日は営業で訪れていた出張も終わり、やっと愛しの我が家に帰る日なのだ。自ら営業部を希望していたとはいえ、数日かかっての出張はやはり疲労が溜まる。事前に明日の休みをもぎ取っているし、帰りの新幹線を降りたらさっさと家に帰る。どこにも寄らずに済むように、前もってビールや食料を買い込んでいた私、天才。そしてそれに手を付けずにビールを我慢していた私、よく耐えた!ここを乗り切ればビールが私を持っている、そう言い聞かせながら疲れ切った体を何とか新幹線へと押し込んだ。

ぼんやりとした意識の中、聞きなじみのある音楽と耳障りの良いアナウンスが聞こえる。あれ、私…。

「…やばっ。」

乗っている間に眠ってしまっていたようだ。一気に覚醒した体で荷物を引っ掴んでホームへ転がり出る。駅名を確認すると自宅の最寄り駅。ギリギリ乗り過ごすことはなかったようだ。他の乗客はすでに出口に向かってしまっていたのか、閑散としている。まぁこんなギリギリに降りる人ってあまりいないだろうしね…。
駅を出ると、曇り空が私を出迎える。まぁいいまぁいい、私は今日帰れば、明日は一歩も外に出ないつもりなんだから。雨が降ろうが槍が降ろうが構わない。天気とは裏腹に清々しさすら感じながら、タクシーを捕まえる。少し不愛想な運転手のおじさんに、自宅の住所を伝える。無駄に話しかけてこない方がいいので、むしろ当たり。家に帰ってからどう過ごそうか。曇天を眺めながらこれからのだらだら生活に思いを馳せる。タクシーの窓に映る自分は、顔がにやけるのを我慢できていない。

「ありがとうございました。」
「お気をつけて。」

定型文ともいえる挨拶してタクシーを見送り、アパートへと入る。何の変哲もないごく普通のアパートだが、今の私にはお城に見える。さながら私はお城に向かうシンデレラ。少しくたびれた黒いパンプスはガラスの靴。ビジネススーツというドレスを身にまとい、ダンスパーティへと向かう。ま、王子様もいないし、待っているのはパーティじゃなくてだらだらする休日なんだけど。だけど今の私にとってはこれ以上ない至福の時間だ。思わずスキップでもしてしまいそうな気持ちを抑え、アパートの鍵を差し込んでドアを開ける。この鍵だって、私にとっては魔法の鍵も同然だ。

「たっだいまー!」

待っている人なんていないけど、愛しの我が家に帰宅を告げる。そして何より、お待たせビールちゃん!会いたかったわ!なーんて。荷物を下ろしながら一人でニヤニヤしてしまう。漂ってくる醤油ラーメンの匂いに食欲もそそられる。そういえば、新幹線の中で寝てしまったから何も口にしていなかったな。そのあとは早く家に帰ることしか考えてなかったし。まずは腹ごしらえかなーなんて考えて、はたと気づく。

私、一人暮らしなんですけど。
彼氏と別れたばかりで合鍵なんかも回収してあるんですけど!

なぜ、醤油ラーメンの香りが、しているのかしら。

「誰だ、アンタ。」

思わず顔を上げた先では、ジャージを着た二足歩行の犬が湯気の上がるラーメンどんぶりを持ってこちらを見ていた。
いやそれ、私のセリフなんですけど。
先ほどまで私を包んでいた魔法は、すっかり霧散してしまった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

君は妾の子だから、次男がちょうどいい

月山 歩
恋愛
侯爵家のマリアは婚約中だが、彼は王都に住み、彼女は片田舎で遠いため会ったことはなかった。でもある時、マリアは妾の子であると知られる。そんな娘は大事な子息とは結婚させられないと、病気療養中の次男との婚約に一方的に変えさせられる。そして次の日には、迎えの馬車がやって来た。

あなたには、この程度のこと、だったのかもしれませんが。

ふまさ
恋愛
 楽しみにしていた、パーティー。けれどその場は、信じられないほどに凍り付いていた。  でも。  愉快そうに声を上げて笑う者が、一人、いた。  この作品は、小説家になろう様にも掲載しています。

それぞれのその後

京佳
恋愛
婚約者の裏切りから始まるそれぞれのその後のお話し。 ざまぁ ゆるゆる設定

【完】まさかの婚約破棄はあなたの心の声が聞こえたから

えとう蜜夏☆コミカライズ中
恋愛
伯爵令嬢のマーシャはある日不思議なネックレスを手に入れた。それは相手の心が聞こえるという品で、そんなことを信じるつもりは無かった。それに相手とは家同士の婚約だけどお互いに仲も良く、上手くいっていると思っていたつもりだったのに……。よくある婚約破棄のお話です。 ※他サイトに自立も掲載しております 21.5.25ホットランキング入りありがとうございました( ´ ▽ ` )ノ  Unauthorized duplication is a violation of applicable laws.  ⓒえとう蜜夏(無断転載等はご遠慮ください)

僕は君を思うと吐き気がする

月山 歩
恋愛
貧乏侯爵家だった私は、お金持ちの夫が亡くなると、次はその弟をあてがわれた。私は、母の生活の支援もしてもらいたいから、拒否できない。今度こそ、新しい夫に愛されてみたいけど、彼は、私を思うと吐き気がするそうです。再び白い結婚が始まった。

婚約者は、今月もお茶会に来ないらしい。

白雪なこ
恋愛
婚約時に両家で決めた、毎月1回の婚約者同士の交流を深める為のお茶会。だけど、私の婚約者は「彼が認めるお茶会日和」にしかやってこない。そして、数ヶ月に一度、参加したかと思えば、無言。短時間で帰り、手紙を置いていく。そんな彼を……許せる?  *6/21続編公開。「幼馴染の王女殿下は私の元婚約者に激おこだったらしい。次期女王を舐めんなよ!ですって。」 *外部サイトにも掲載しています。(1日だけですが総合日間1位)

【完結】婚約破棄される前に私は毒を呷って死にます!当然でしょう?私は王太子妃になるはずだったんですから。どの道、只ではすみません。

つくも茄子
恋愛
フリッツ王太子の婚約者が毒を呷った。 彼女は筆頭公爵家のアレクサンドラ・ウジェーヌ・ヘッセン。 なぜ、彼女は毒を自ら飲み干したのか? それは婚約者のフリッツ王太子からの婚約破棄が原因であった。 恋人の男爵令嬢を正妃にするためにアレクサンドラを罠に嵌めようとしたのだ。 その中の一人は、アレクサンドラの実弟もいた。 更に宰相の息子と近衛騎士団長の嫡男も、王太子と男爵令嬢の味方であった。 婚約者として王家の全てを知るアレクサンドラは、このまま婚約破棄が成立されればどうなるのかを知っていた。そして自分がどういう立場なのかも痛いほど理解していたのだ。 生死の境から生還したアレクサンドラが目を覚ました時には、全てが様変わりしていた。国の将来のため、必要な処置であった。 婚約破棄を宣言した王太子達のその後は、彼らが思い描いていたバラ色の人生ではなかった。 後悔、悲しみ、憎悪、果てしない負の連鎖の果てに、彼らが手にしたものとは。 「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルバ」にも投稿しています。

久しぶりに会った婚約者は「明日、婚約破棄するから」と私に言った

五珠 izumi
恋愛
「明日、婚約破棄するから」 8年もの婚約者、マリス王子にそう言われた私は泣き出しそうになるのを堪えてその場を後にした。

処理中です...