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飛び散れ、お花畑
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「でねー、そこで花束をプレゼントしてくれたんですぅ!素敵じゃないですか?」
「うーん、そうねー。」
なぜ今日、私はお昼ご飯の準備を忘れてしまったのか。
なぜ、高橋からのお昼の誘いを断らなかったのか。
高橋ののろけ話とともに、とてつもない後悔が私を襲う。普段お昼は事前に用意して外食はしないのだが、今日に限って準備を忘れてしまっていた。まぁお昼の時にどこかで買ってきたらいいかー、とそのまま出勤してお昼の時間。財布だけを持って出ようとする私を見た高橋が、『珍しいですね、お昼買ってきてないなんて。よかったら一緒にお昼に行きませんか?』と声をかけてくれたわけだが…。なぜ私はそこで遠慮をしなかったのかなぁ。こうなるって分かってたじゃん…。
先ほどから高橋は、食事よりも彼とのエピソードを語るのに口を使っている。お昼休憩終わっちゃうぞー。
「もう毎日が幸せすぎますよ…。」
「はは、よかったじゃない。」
「もうこの後一気に不幸が来そうで怖い…。」
「何言ってんの。旦那さん、良い人なんでしょ?高橋は十年後も同じこと言ってのろけてるよ、きっと。」
「えー何ですかそれー。」
不満を訴える高橋の表情は満面の笑み。嬉しさが抑えられないのか、体をくねらせながらやっと食事を再開する。
当たり障りないことが言えているだろうか。
早くオフィスに戻りたい。めんどくさい。
「うふふ、本当に彼に出会えて幸せです。運命だと思います!先輩にも、きっとそんな人が現れますよ!」
「…はは。」
あー、めんどくさい。
「…あら。」
夢に飛び込んで早々、私のデスクに上っているペルと目が合う。だからそれ止めてってば。
「珍しいじゃない、最初からオフィスに来るなんて。何かあったの?」
「…ペルなら、分かってるんじゃないの。」
「…そうね。」
今日は早めに決着つけそうね、とデスクを下りて私の足元によってくる。オフィスのドアが開き、そこから入ってきたのは高橋、とその夫であろう男性だ。
「先輩!紹介します、夫です。えへへ。」
「初めまして、妻がお世話になってます。」
「…どうも。」
出勤するにしては少々華やかすぎる花柄のワンピースを着ている高橋が、満面の笑みでパートナーを紹介する。紹介された男性もテンプレ通りに挨拶する。男性の顔は靄がかっているような、はっきりと分からない。見たことがないのだから当たり前。声だって、きっとテレビで聞いたことがあるような音声で作られているだけだ。
どこかぼんやりとしながら、二人が大して意味のないような内容の話をイチャイチャしながら会話しているのを見ている。…いや何を見せられているんだ。
「見せられているっていうか、アンタがそう想像しているだけでしょうに。」
「…確かに。」
完全にリアルが充実している人間に対する偏見の塊だ。まぁ、高橋に関しては決して間違いとは言えない部分も多いと思うけど。
「…ん?」
ペルが違和感に気づいたのか、目を細めて高橋のワンピースに注目している。
柄だったはずの花が徐々に浮き上がっていく。あたかもワンピースから花が咲いているかのように。
決してそれは目の錯覚などではなく、刺繍だった花が本物の花に変化しているのだ。その花はどんどんと広がっていき、高橋の体にまで巻き付き始める。そんな状況でもおしゃべりが止む様子はない。
「アンタの後輩のお花畑ちゃん、いっつもこんな感じなの?」
「こんな感じって?」
「周りの状況お構いなし、幸せ過ぎますーって感じ。」
「そうだね。」
高橋自身悪意は全くないのだろうが、幸せの絶頂にいる現在はいつでもどこでも愛しの彼の話で持ちきりなのだ。どれだけ話をしていても話足りない、というのはなかなかにすごいことだと思う。
だがそれは私にとっては非常に苦痛だ。
そう思っている間に順調に花は範囲を広げ、高橋の服だけではなく、床、壁や天井、夫である男性にまで咲き始め、高橋に咲いている花と絡み合い、埋もれるように増え続けている。そんな状況でも二人は幸せそうに談笑している。
正しくそこは、二人だけの世界だった。
「うーん、そうねー。」
なぜ今日、私はお昼ご飯の準備を忘れてしまったのか。
なぜ、高橋からのお昼の誘いを断らなかったのか。
高橋ののろけ話とともに、とてつもない後悔が私を襲う。普段お昼は事前に用意して外食はしないのだが、今日に限って準備を忘れてしまっていた。まぁお昼の時にどこかで買ってきたらいいかー、とそのまま出勤してお昼の時間。財布だけを持って出ようとする私を見た高橋が、『珍しいですね、お昼買ってきてないなんて。よかったら一緒にお昼に行きませんか?』と声をかけてくれたわけだが…。なぜ私はそこで遠慮をしなかったのかなぁ。こうなるって分かってたじゃん…。
先ほどから高橋は、食事よりも彼とのエピソードを語るのに口を使っている。お昼休憩終わっちゃうぞー。
「もう毎日が幸せすぎますよ…。」
「はは、よかったじゃない。」
「もうこの後一気に不幸が来そうで怖い…。」
「何言ってんの。旦那さん、良い人なんでしょ?高橋は十年後も同じこと言ってのろけてるよ、きっと。」
「えー何ですかそれー。」
不満を訴える高橋の表情は満面の笑み。嬉しさが抑えられないのか、体をくねらせながらやっと食事を再開する。
当たり障りないことが言えているだろうか。
早くオフィスに戻りたい。めんどくさい。
「うふふ、本当に彼に出会えて幸せです。運命だと思います!先輩にも、きっとそんな人が現れますよ!」
「…はは。」
あー、めんどくさい。
「…あら。」
夢に飛び込んで早々、私のデスクに上っているペルと目が合う。だからそれ止めてってば。
「珍しいじゃない、最初からオフィスに来るなんて。何かあったの?」
「…ペルなら、分かってるんじゃないの。」
「…そうね。」
今日は早めに決着つけそうね、とデスクを下りて私の足元によってくる。オフィスのドアが開き、そこから入ってきたのは高橋、とその夫であろう男性だ。
「先輩!紹介します、夫です。えへへ。」
「初めまして、妻がお世話になってます。」
「…どうも。」
出勤するにしては少々華やかすぎる花柄のワンピースを着ている高橋が、満面の笑みでパートナーを紹介する。紹介された男性もテンプレ通りに挨拶する。男性の顔は靄がかっているような、はっきりと分からない。見たことがないのだから当たり前。声だって、きっとテレビで聞いたことがあるような音声で作られているだけだ。
どこかぼんやりとしながら、二人が大して意味のないような内容の話をイチャイチャしながら会話しているのを見ている。…いや何を見せられているんだ。
「見せられているっていうか、アンタがそう想像しているだけでしょうに。」
「…確かに。」
完全にリアルが充実している人間に対する偏見の塊だ。まぁ、高橋に関しては決して間違いとは言えない部分も多いと思うけど。
「…ん?」
ペルが違和感に気づいたのか、目を細めて高橋のワンピースに注目している。
柄だったはずの花が徐々に浮き上がっていく。あたかもワンピースから花が咲いているかのように。
決してそれは目の錯覚などではなく、刺繍だった花が本物の花に変化しているのだ。その花はどんどんと広がっていき、高橋の体にまで巻き付き始める。そんな状況でもおしゃべりが止む様子はない。
「アンタの後輩のお花畑ちゃん、いっつもこんな感じなの?」
「こんな感じって?」
「周りの状況お構いなし、幸せ過ぎますーって感じ。」
「そうだね。」
高橋自身悪意は全くないのだろうが、幸せの絶頂にいる現在はいつでもどこでも愛しの彼の話で持ちきりなのだ。どれだけ話をしていても話足りない、というのはなかなかにすごいことだと思う。
だがそれは私にとっては非常に苦痛だ。
そう思っている間に順調に花は範囲を広げ、高橋の服だけではなく、床、壁や天井、夫である男性にまで咲き始め、高橋に咲いている花と絡み合い、埋もれるように増え続けている。そんな状況でも二人は幸せそうに談笑している。
正しくそこは、二人だけの世界だった。
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