脳内殺人

ふくまめ

文字の大きさ
上 下
11 / 22

飛び散れ、お花畑

しおりを挟む
「でねー、そこで花束をプレゼントしてくれたんですぅ!素敵じゃないですか?」
「うーん、そうねー。」

なぜ今日、私はお昼ご飯の準備を忘れてしまったのか。
なぜ、高橋からのお昼の誘いを断らなかったのか。
高橋ののろけ話とともに、とてつもない後悔が私を襲う。普段お昼は事前に用意して外食はしないのだが、今日に限って準備を忘れてしまっていた。まぁお昼の時にどこかで買ってきたらいいかー、とそのまま出勤してお昼の時間。財布だけを持って出ようとする私を見た高橋が、『珍しいですね、お昼買ってきてないなんて。よかったら一緒にお昼に行きませんか?』と声をかけてくれたわけだが…。なぜ私はそこで遠慮をしなかったのかなぁ。こうなるって分かってたじゃん…。
先ほどから高橋は、食事よりも彼とのエピソードを語るのに口を使っている。お昼休憩終わっちゃうぞー。

「もう毎日が幸せすぎますよ…。」
「はは、よかったじゃない。」
「もうこの後一気に不幸が来そうで怖い…。」
「何言ってんの。旦那さん、良い人なんでしょ?高橋は十年後も同じこと言ってのろけてるよ、きっと。」
「えー何ですかそれー。」

不満を訴える高橋の表情は満面の笑み。嬉しさが抑えられないのか、体をくねらせながらやっと食事を再開する。
当たり障りないことが言えているだろうか。
早くオフィスに戻りたい。めんどくさい。

「うふふ、本当に彼に出会えて幸せです。運命だと思います!先輩にも、きっとそんな人が現れますよ!」
「…はは。」

あー、めんどくさい。



「…あら。」

夢に飛び込んで早々、私のデスクに上っているペルと目が合う。だからそれ止めてってば。

「珍しいじゃない、最初からオフィスに来るなんて。何かあったの?」
「…ペルなら、分かってるんじゃないの。」
「…そうね。」

今日は早めに決着つけそうね、とデスクを下りて私の足元によってくる。オフィスのドアが開き、そこから入ってきたのは高橋、とその夫であろう男性だ。

「先輩!紹介します、夫です。えへへ。」
「初めまして、妻がお世話になってます。」
「…どうも。」

出勤するにしては少々華やかすぎる花柄のワンピースを着ている高橋が、満面の笑みでパートナーを紹介する。紹介された男性もテンプレ通りに挨拶する。男性の顔は靄がかっているような、はっきりと分からない。見たことがないのだから当たり前。声だって、きっとテレビで聞いたことがあるような音声で作られているだけだ。
どこかぼんやりとしながら、二人が大して意味のないような内容の話をイチャイチャしながら会話しているのを見ている。…いや何を見せられているんだ。

「見せられているっていうか、アンタがそう想像しているだけでしょうに。」
「…確かに。」

完全にリアルが充実している人間に対する偏見の塊だ。まぁ、高橋に関しては決して間違いとは言えない部分も多いと思うけど。

「…ん?」

ペルが違和感に気づいたのか、目を細めて高橋のワンピースに注目している。
柄だったはずの花が徐々に浮き上がっていく。あたかもワンピースから花が咲いているかのように。
決してそれは目の錯覚などではなく、刺繍だった花が本物の花に変化しているのだ。その花はどんどんと広がっていき、高橋の体にまで巻き付き始める。そんな状況でもおしゃべりが止む様子はない。

「アンタの後輩のお花畑ちゃん、いっつもこんな感じなの?」
「こんな感じって?」
「周りの状況お構いなし、幸せ過ぎますーって感じ。」
「そうだね。」

高橋自身悪意は全くないのだろうが、幸せの絶頂にいる現在はいつでもどこでも愛しの彼の話で持ちきりなのだ。どれだけ話をしていても話足りない、というのはなかなかにすごいことだと思う。
だがそれは私にとっては非常に苦痛だ。
そう思っている間に順調に花は範囲を広げ、高橋の服だけではなく、床、壁や天井、夫である男性にまで咲き始め、高橋に咲いている花と絡み合い、埋もれるように増え続けている。そんな状況でも二人は幸せそうに談笑している。
正しくそこは、二人だけの世界だった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

愛する貴方の心から消えた私は…

矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。 周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。  …彼は絶対に生きている。 そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。 だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。 「すまない、君を愛せない」 そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。 *設定はゆるいです。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

心の落とし物

緋色刹那
ライト文芸
・完結済み(2024/10/12)。また書きたくなったら、番外編として投稿するかも ・第4回、第5回ライト文芸大賞にて奨励賞をいただきました!!✌︎('ω'✌︎ )✌︎('ω'✌︎ ) 〈本作の楽しみ方〉  本作は読む喫茶店です。順に読んでもいいし、興味を持ったタイトルや季節から読んでもオッケーです。  知らない人、知らない設定が出てきて不安になるかもしれませんが、喫茶店の常連さんのようなものなので、雰囲気を楽しんでください(一応説明↓)。 〈あらすじ〉  〈心の落とし物〉はありませんか?  どこかに失くした物、ずっと探している人、過去の後悔、忘れていた夢。  あなたは忘れているつもりでも、心があなたの代わりに探し続けているかもしれません……。  喫茶店LAMP(ランプ)の店長、添野由良(そえのゆら)は、人の未練が具現化した幻〈心の落とし物(こころのおとしもの)〉と、それを探す生き霊〈探し人(さがしびと)〉に気づきやすい体質。  ある夏の日、由良は店の前を何度も通る男性に目を止め、声をかける。男性は数年前に移転した古本屋を探していて……。  懐かしくも切ない、過去の未練に魅せられる。 〈主人公と作中用語〉 ・添野由良(そえのゆら)  洋燈町にある喫茶店LAMP(ランプ)の店長。〈心の落とし物〉や〈探し人〉に気づきやすい体質。 ・〈心の落とし物(こころのおとしもの)〉  人の未練が具現化した幻。あるいは、未練そのもの。 ・〈探し人(さがしびと)〉  〈心の落とし物〉を探す生き霊で、落とし主。当人に代わって、〈心の落とし物〉を探している。 ・〈未練溜まり(みれんだまり)〉  忘れられた〈心の落とし物〉が行き着く場所。 ・〈分け御霊(わけみたま)〉  生者の後悔や未練が物に宿り、具現化した者。込められた念が強ければ強いほど、人のように自由意志を持つ。いわゆる付喪神に近い。

熱い風の果てへ

朝陽ゆりね
ライト文芸
沙良は母が遺した絵を求めてエジプトにやってきた。 カルナック神殿で一服中に池に落ちてしまう。 必死で泳いで這い上がるが、なんだか周囲の様子がおかしい。 そこで出会った青年は自らの名をラムセスと名乗る。 まさか―― そのまさかは的中する。 ここは第18王朝末期の古代エジプトだった。 ※本作はすでに販売終了した作品を改稿したものです。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

婚約破棄からの断罪カウンター

F.conoe
ファンタジー
冤罪押しつけられたから、それなら、と実現してあげた悪役令嬢。 理論ではなく力押しのカウンター攻撃 効果は抜群か…? (すでに違う婚約破棄ものも投稿していますが、はじめてなんとか書き上げた婚約破棄ものです)

スパイスカレー洋燈堂 ~裏路地と兎と錆びた階段~

桜あげは
ライト文芸
入社早々に躓く気弱な新入社員の楓は、偶然訪れた店でおいしいカレーに心を奪われる。 彼女のカレー好きに目をつけた店主のお兄さんに「ここで働かない?」と勧誘され、アルバイトとして働き始めることに。 新たな人との出会いや、新たなカレーとの出会い。 一度挫折した楓は再び立ち上がり、様々なことをゆっくり学んでいく。 錆びた階段の先にあるカレー店で、のんびりスパイスライフ。 第3回ライト文芸大賞奨励賞いただきました。ありがとうございます。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...