脳内殺人

ふくまめ

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沈め、お局

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それから、なんてことはない日常を送りながら、私は時たま明晰夢に入り込むようになっていった。経験を積むにつれ、自分でコントロールできる部分も多くなってきたように思う。
ほら、こんな風に…。

「あー…さいっこうー…。」
「アンタ…この使い方は…いーじゃない…。」

全身を包むほど大きなマッサージ機に身を任せ、絶妙な振動にため息をこぼす。体つきのせいなのか姿勢のせいなのか、私は昔から肩こりを抱えて生活している身。こうした状況は憧れでもあった。手足までもすっぽりと覆われている状態だが、この体勢でも快適に過ごせるように、視線の先には読みかけの本が開いた状態で支えられ、どこからか吹く風が私の読み終わるちょうどのタイミングでページをめくる。口元にはストローが添えられ、視界に入らないように少し離れたテーブルに置かれたミルクティーと繋がっている。現実的にはあり得ないほどの長さになっているストローだが、ちっとも吸いにくさなどは感じないし、グラスが空になることはない。
そんな自堕落な様子に、どこからか現れたペルも苦言を呈していたが、専用サイズのマッサージ器を出現させると、猫が空き段ボールに飛びつくが如くまっしぐら。毛色もじんわりとした桃色になっている。

「確かに上手く使うようにって言ったけど、まさかこんな感じになるなんてねぇ…。こっちの世界でいくらコリをほぐしたところで、現実の体は楽にならないのよ?」
「分かってる。でも社会人っていうのは、肉体的な疲れだけじゃなく、精神的な疲れってのもあるわけよ。」
「何よ、知った風な口聞いちゃって。」
「私のことなんだから知った風っていうか、知っている口でしょうよ。」
「それで?大層に言うってことは、何かあったのかしら?」
「何かって言うほどじゃないけど…。」

社会に出て感じるのは、ドカンとした大きな疲れよりも日々蓄積される小さな疲れの方が圧倒的に多いということだ。そこから逃げることも、なかなかできることではないしエネルギーが必要になる。そうして手をこまねている間に年齢が上がってさらに行動に移せなくなっていく悪循環…。
完全に自分の行動力や処理能力のせいなのだが、一回一回の不快感が小さいものであるなら、その場で適当に流して何でもないようにして終わらせる。そうやってごまかして自分でも知らないうちに蓄積された疲れが、いつしか畳みかけてくるまでがセットになってしまっているのだ。どうにかしたい気持ちもあるのだが、どうしたらいいのか分からない。

「まぁ、アンタの言いたいことは分かるわ。あのお局様をぎゃふんと言わせてやりたいってんでしょ。」
「いやそんなことは。てかぎゃふんとって世代どうなってんの?」
「レディに対して年齢の話なんて…マナーがなってないわね。…今の若い子ってこういう言い方しないの?」
「…聞かないなぁ。」
「まぁ若い子と話す機会なんてないから、どうでもいいけど。」

そりゃそう。

「毎日毎日…あのお局様はよく小言が尽きないものね。周りをよく見ていると言えば、聞こえはいいのかもしれないけど。」
「あれは…周りをよく見ているっていうか、粗探しをしているんじゃないかって感じなんだけど。」
「何から何まで指摘されるものね。この間お昼ご飯まで注意していたのには驚いたわ。出るとこ出たらあれパワハラ判定されるんじゃない?」
「うーん…まぁオフィスで食べるつもりなんだったら、あまり匂いがしない内容のご飯にしなさいっていうのは、分からなくはないけどねぇ。そこまで言う?って感じはある。」
「しかも相手は安田でしょ?いちおう上司じゃない。」
「いちおうじゃなくそうなんだけどね。まぁ年齢的には年下だし、感覚的には『言ってあげなきゃ!』って感じなのかも。」
「ふぅん。」

お局様である大久保さんにとって、上司であるかどうかはさして問題ではないのだろう。うっかり昼食に買っていた『スタミナキムチ丼』をオフィスで食べてしまった安田。昼食から帰ってきた大久保さんは、オフィス内に充満している空気をすぐさま指摘。犯人であるところの安田に苦言を呈した、という顛末なのである。
複数の人間が使う空間を整えるという気持ちは分からなくもないが、ご飯ぐらい自由にさせてくれと思うのも当然。さすがに踏み込んでいき過ぎだと思う。

「相変わらずポットのお湯の量には厳しいし。おかげでお昼にカップスープが食べられないよ。」
「水分は大切よ。季節に関わらず脱水症状の危険性はあるんだから。…じゃあ、ちょっとやっちゃう?」

何を、とは言わなかったが、その時私とペルの考えは完全に一致していた。
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