脳内殺人

ふくまめ

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消滅しろ、ハラスメント野郎⑤

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スマホのアラーム音が、私の意識を呼び起こす。こじ開けた視界の中でスマホを発見し、画面をタップする。スマホは安心したように沈黙した。

「夢…。」

あの世界は、確かに夢の中だったのか。
誰もいないオフィス。窓から飛び出していく安田。
毛色の変わる饒舌な猫、ペル。
ぼんやりと考えてしまったが、今日も今日とて仕事はあるのだ。遅刻するほどではないが、準備を始めたほうがいいだろう。いつもより、前向きに出勤へと向かうことができているような気がする。



「…おはようございます。」

オフィスの前のドア。現在始業時間の15分前。
まだ時間に余裕があるが、すでに出勤している人がいるであろう時間帯。
夢の中で見たあの光景が頭の中に浮かんでは消し…を繰り返し、深呼吸を一つしてドアを開ける。挨拶の声が思った以上に小さいものになってしまったが、その声にも反応する人物がいた。

「あら、おはよう菓子さん。」
「あ、お、はようございます、大久保さん。」
「なぁに?その表情…何かあった?」
「あぁ、いえ何も、その、遅刻そうだなーと思っていたので。」
「そう?まだ余裕があるとは思うけど…まぁ間に合ってよかったわね。」

始業前に出勤している職員筆頭、お局様の大久保さん。思わず驚いてしまった表情が出ていたのか、少々訝し気に声をかけられる。咄嗟に遅刻しそうで焦っていたとごまかす。少々不思議そうにしていたが、始業時間もあるので深くは追及されなかった。

「いぃよっし、セーフ!」
「高橋。…髪ひどいよ、何かあった?」
「実はぁ、寝坊しちゃってぇ。」
「はぁ…。」

もう少しで始業時間へと時計の針がさしかかろうという頃、慌てて駆け込んでくる人影が。その正体はエアリー、とは言い難いほど乱れた髪型となった高橋だった。隠すつもりなどないような笑顔で、原因が寝坊だと言うあたり、愛しの彼とのお出かけがさぞ楽しかったということなのだろう。いいことだ。
お局様の目は吊り上がっているが。

「高橋さん、ちょっといいかしら。」
「…あ、はーい…。」
「確かに遅刻しないでよかったわ、急ぎ過ぎてどこか怪我をするなんてこともなかったようだし。でもね、社会人としてもっと余裕を持って行動しようとは考えないの?あなたの行動で誰かが迷惑に思うかもしれないのよ?それを…」
「大久保さん、もう、始業時間ですので。その辺で…。」
「…これから気をつけるように。」
「…はい。」

大久保さんが声をかけた瞬間、状況を察したのかさっと笑顔が引けていく。すかさずそこに叩き込まれるお局様の小言マシンガン。出社したばかりだというのに、高橋の表情がみるみる死んでいく。
もうやめて、彼女の精神力はもうゼロなのに…!
始業時間であることを申し出ると、ちらりと時計を確認してお局様は自分のデスクへと帰っていった。席に着いたところまで確認し、私と高橋はやっと息を吐き出す。

「…っはー、先輩、ありがとうございます、助かりましたぁ。もう嫌になりますよ、大久保さんの小言。」
「そうだなぁ…。まぁ、大久保さんの目に留まらないように気をつけるに越したことはないけど、あんまり気にしない方がいいかも。」
「そうですよね!さ、今日も早く帰るぞー!」

こいつの場合、もう少し気にしてもらった方がいいな。
すでに愛しの彼のもとに意識を飛ばしかけている高橋を横目に、パソコンへと向き直り仕事に取り掛かる。
…はて、何かを忘れているような…。
そう考えた瞬間、入り口の方がドタドタと慌ただしくなる。

「だぁー!セーフ!」
「セーフじゃないですよ!安田さん、始業時間!過ぎてますから!!」
「まぁまぁまぁ、大久保さん!タイムカードの機械上はセーフだから!」

我が社の出退勤時にチェックするタイムカードは、実際の時間よりも数分遅れているのだ。

「だからって…!」
「それより聞いてよ、今日なんだか首が痛くって…!寝違えちゃったのかなぁ、遅刻しかけたのってこれが原因だよ絶対!」
「遅刻しかけたんじゃなくって遅刻してた…ってもういいです、はぁ。」

見て見てと言わんばかりに首をアピールしてくる安田のあまりのウザさに、歴戦の猛者である大久保さんもタジタジ…。ついにはもういいと言わしめた…!なんてことだ、自分の席に戻っていく大久保さんの背が、心なしかくたびれているように見える。安田がやってくれた!尊敬もしないし憧れないけど。
…やっぱりというかなんというか、夢での出来事は現実に何の影響も出さないことがこれで証明された。寝違えたのがたまたまであるとするなら、だが。まぁ、少なくとも窓から落ちて寝違えたで済むはずなんてないだろうから、関係はしないのだろう、多分。
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