脳内殺人

ふくまめ

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面倒な奴らを紹介するぜ

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「お、今日もお菓子持ってきたか?菓子。」
「あぁ…はい…おはようございます、安田さん…。」
「いやー菓子って本当にイメージと違う見た目してるよなー。もっとこう、ふわふわした柔らかい感じだと思ってたら、正反対の見た目なんだもんな!髪は真っ黒だし化粧っ気もないし!だははは!」
「はは…。」

週の初めの月曜日。清々しい朝の空気とは裏腹にどんよりと重い気持ちを抱えて出社。理由については先のやり取りから分かっていただけるだろう。
毎朝毎朝飽きもせず、こうして上司の安田さんがまるで爆笑必至の鉄板ネタかのように絡んでくるのだ。休み明けでリフレッシュされていると思いきや、休日の解放感とのギャップにやられるという罠。
補足しておくが、菓子、というのは正真正銘の私の苗字である。初対面の人にも覚えていただきやすい。
『菓子さん?ご実家は老舗のお菓子屋さんか何かです?』
『いえいえ、普通のサラリーマン家庭なんですよ』
これが本当の鉄板ネタというものだ。何度も同じやり取りをしているので擦られ過ぎてボロボロである。
主に私の愛想笑いが。

「…サイテー。苗字なんて自分で選べるものじゃないのに、ねぇ先輩。」
「そう、だね…。」
「あ、でもぉ、あたしは彼と結婚したんでぇ、佐々木から高橋になりましたけど!」
「あー…うん、だね。」

でかい口で下品に笑いながら自分のデスクへと歩いていく安田さんを見送り、隣から聞こえてきた可愛らしい声に適当に相槌を打つ。ぱっちりお目目にふわふわとウェーブがかった髪。淡いピンクとクリーム色の服。周囲にまき散らされる甘ったるい香水の匂い。よっぽど菓子という苗字が合いそうなこの後輩。元佐々木の彼女は、少し前に彼氏と結婚して高橋へとクラスチェンジ。隙あらば結婚指輪をうっとりと眺めて有頂天なのである。

「ちょっと!給湯室のポットのお湯使ったの、誰!?空っぽになってたんだけど!」

少し離れた給湯室の前から声を張り上げているのは大久保さん。ポットのお湯にも気を配る、できたお局である。
また始まった、と思った私の隣から『やば…』と小さな声が聞こえる。元佐々木、現高橋である。
彼女のデスクに目を向けると、湯気を立ち昇らせるカフェオレが見えた。お前…。

「…あたし、ちょっとお手洗いにー。」
「ちょっと…。」

何か言いだす前に、高橋はそそくさとトイレへ。急にデスクを離れた高橋を、お局様が見逃すはずもなく。ツカツカと私のところへとやって来る。いや怪しいの向こうじゃないですか、何でこっちに来るんですか。

「…おはよう、菓子さん。」
「おはようございます、大久保さん…。」
「給湯室のポットのお湯、空っぽになってたのよ。」
「そう、みたいですね…。私、コンビニで飲み物買ってきちゃってて、給湯室には入らなかったので、分かりませんでしたー…。」
「次使う人、困るでしょ?」
「…はい。」
「…高橋さんは?」
「いやー…お手洗いにって…言ってましたけど…。」
「カフェオレ、まだあったかそうね。」
「はぁ…ですね…。」
「菓子さん。高橋さんは後輩でしょ?こういうところを指導してもらわないと困るじゃない。しかも隣の席なんだし、何をするにも相手がどう思うか、次に使う人がどう感じるかを考えて動いてもらうように言ってくれないと!自分勝手にされちゃ、周りが振り回されて迷惑なんだから。ねぇ?あなた、いざ自分がお茶入れようとしてポットのお湯が無かったら嫌でしょ。もしこれがお客様にお出しするようなお茶を作るときだったらどうするの、お待たせすることになるじゃない!」

高橋のカフェオレも目ざとく発見し、お湯を使い切った犯人と断定したようで目尻がどんどん吊り上がっていく。高橋の反応からすると、その判断には同意する。同意はするが…。
何で私に言うんです?後輩っていっても指導係でも何でもないんですが。そんなに気になるんだったらトイレに追いかけて行って注意したらいいんじゃないですか?どうせ本当に用を足しているわけでもないでしょうし。
…とは間違っても口にしない。火に油を注ぐだけだと分かっているからだ。大人しく視線を下げて曖昧に返事をしておく。
数分後、言いたいことは言い切ったのか、『ちゃんと言って聞かせるように』とのありがたい言葉を最後に大久保さんは給湯室へと帰っていった。そろそろお湯が沸いた頃合いだろうか。
心なしか周りの空気も緊張が緩んだ頃、高橋が何食わぬ顔で戻ってきた。開口一番に『カフェオレ冷めちゃった』ってお前…お前なぁ…!
あーあ、こいつらマジでどうにかなってくれねぇかな、という気持ちを込めて強めにエンターキーを叩くに留めた私を褒めてほしい。
パソコンの尊い犠牲に敬礼。
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