某勇 ~一方その頃、編~

ふくまめ

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二人並んで、えびす顔

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「今日は何の日でしょうか?」
「「「…は?」」」
「ユイさん、また急に…どうかしたの?」
「また面白い話を聞いたのよ!今回はなんと…じゃーん!」

ギルドにて、最近暖かくなってきたので大掃除でも、と集まったオレたちに、ユイは満面の笑みを浮かべてやってきた。その表情に嫌な予感が強まるが、ここで逃げようが悪化しか道がないことも理解し受け入れてしまっている自分が悔しい。
何とかため息をこらえながらユイの姿を確認すると、何やら箱を抱えているのが分かる。

「何だよ、またなんか怪しいもの取り寄せたのか?」
「怪しいってなによ。コタツだって、楽しかったでしょ?」
「け、結構大きいみたいだけど…。ユイさん、お、重くない?大丈夫?」
「うん。でも開けたいからちょっとテーブルに…よっと。」
「中に何が入っているの?」
「どれどれ…これ、人形か?」

四人で箱の中を覗くと、そこに入っていたのは二体の人形。ユイがそっと取り出し、並べて見せる。どうやら男女の対になっている人形のようだ。…人形らしいと言えばそうなのだが、無表情にこちらを見てくる目が怖い。

「これは東の地域で作られている、『ひな人形』という物らしいわ。綺麗でしょ!」
「確かに…。」

この一対の人形は、色鮮やかな衣装を身にまとっていて非常に良く作り込まれているのが分かる。特に女の人形の方に装着されている髪飾りなんかは、小さいながら手が込んでいてちゃちな感じがしない。
箱の中には人形の他にも器や桃色の花が入れられていた。おそらく造花であろうそれも、ユイは丁寧に並べていく。

「東の地域では、今くらいの時期にこういった人形を飾ってお祝いするんですって。人形や花を飾ったり、お菓子を食べたり…。女の子のためのお祭りなんですって!。」
「へぇー。」
「女の子のための、ねぇ…。」
「…何よレイ。何か言いたそうじゃない。」
「女の子がこの場にいるのか甚だ疑問…っていてぇ!」
「こんなに可愛らしい女の子を目の前にして、何てこと言うのよ!」
「可愛らしい女の子は人を殴らないと思うんだけどなぁ!」
「まぁまぁ…。それで、ユイさんはそのお祭りをやりたくって取り寄せたの?」
「うーん…。興味があったのはそうなんだけど、お茶会みたいにする以外によく分からなかったのよね。お祭りで飲むっていう白いお酒の話もあったんだけど、お酒はいくらなんでも子供は飲んじゃいけないでしょ?」
「そ、そうだね…。」
「まぁ雰囲気だけでもって思って、人形は取り寄せてもらったの。飾ってみましょうよ!」

幸運にも、今回そこまで大々的に催し物をするつもりはないらしい。とりあえずは飾るだけで満足しそうな空気にそっと胸をなでおろす。ちょうど大掃除もしていたし、タイミングとしてはよかっただろうしな。満場一致で人形を飾る場所を確保する。できるだけ多くの人の目につくように、入り口から正面に据えるよに人形を並べる。

「…よし、こんなもんか。」
「うん、いいんじゃないかな。」
「こ、こうしてみると、あまり大きくなくても存在感、違うね。」
「…違う。」
「「「え?」」」

男三人で並べた人形を確認して、うんうんと頷いていると。ただ一人、ユイだけが厳しい目つきをしている。一体何が違うというのだろうか。…できれば確認したくない。

「この人形、話によるととある結婚式を模したものらしいのよ。」
「あー、それでこんなに華やかなんだ。」
「それなのに…何この適当な並べ方!一生に一度の晴れ舞台に、こんなガタガタにするなんてないわよ!」
「えぇ?…確かに、ちょっと斜め、かなぁ…?」
「ちょっと!?これがあなたたちにとってはちょっとの傾きなの?離れて確認してみなさいよ、左右のバランスが全く違う!」
「はぁー?…こんくらい誰も分かんないだろ。」
「やり直しよ。」
「「「…。」」」

その後、オレたちはユイによる厳しいチェックを潜り抜け、及第点をもぎ取ることができた。やり直しの回数は優に十回は超えていただろう。花飾りの花弁の向きを確認している時は、正気を疑ったぜ。
この人形を飾ることを知っていたらしいエナが様子を見に来てくれなかったら、夜中まで続けさせられていたに違いない。差し入れの焼き菓子が身に染みる。

「…大変だったけど、これでしばらくギルドが華やかになるね。」
「まぁな…。」
「お、お客さん、喜んでくれるといいね…。」

何だかんだ、オレたちも達成感とともに帰路に就いた。
…その翌日。

「「「片づけーーー!?」」」
「そうよ。あの人形、片づけるわよ。」
「待て待て待て!あれ昨日飾ったばっかだろ、忘れたのか?」
「失礼ね、覚えてるわよ。あの人形、あまり長いこと出したままにしておくと、よくないんですって。」
「よくないって…何に?」
「…んき。遅れるって。」
「ん?何だって?」
「お、遅れるって…納期?とか?」
「こ、…婚期、遅れるって…。お嫁さんに、行き遅れちゃうって、聞いたの!」
「…はぁー?それだけで?お前それ、信じてんのかぁ?」
「何よー!憧れがあったっていいじゃない!男には乙女の悩みなんか分からないでしょうね!」
「どこに乙女がいるってんだよ!」
「何ですって!?」

昨日飾ったばかりの人形をしまえなどとふざけたことを言い出したので、片づける、片づけないで大戦争が勃発。
…というか、そのゲン担ぎがしたくて人形取り寄せたのか!?人を巻き込みやがって!あんなに何度もやり直しさせられたのは、お前が嫁に行き遅れないようにってためだったのかよ!

「…うーん、ユイさん。この人形素敵だし、もうちょっと飾って皆に見てもらったらダメかなぁ?」
「え、でも、しまうのが遅くなると…。」
「ユイさんみたいに素敵な人だったら、結婚に悩むことなんてないんじゃないかなぁ。むしろ、早くにお嫁さんになってもご両親は寂しいんじゃない?」
「そ、そう…?そうかしら?」
「うん。僕はそう思う。」
「だ、だったらもう少し飾っていてもいいかしらね、うん。せっかくだしね!」
「…。」

ウィルの説得…というかこれは完全にのろけだと思うのだが、とにかく片づけは見送るということでよくなったらしい。その後、期間限定で飾られていた人形は非常に好評で、いつも以上に客足は多くなっていた。そういった意味でも、ユイの機嫌はとどまるところを知らなかった。それを見ているウィルの奴もニヤニヤしてやがる。
あーあ、何だよこの空気。オレとアレックスは呆れたように笑うしかなかった。
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