某勇 ~一方その頃、編~

ふくまめ

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あるのっぽの話~兄弟⑦~

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祭りの熱気がひき始めたころ、僕たちも解散となった。村が寝静まった頃に、各自必要な物を持って村の入り口に集まる予定になっている。僕の家はすでに静まり返っていて、診療所も幸いなことに今年は酔っ払いによるけんかもなかったとのことで静かなものだ。
体が大きくなっても、小さい頃から住んでいる家の軋む部分は把握している。暗闇の中、泥棒よろしくできるだけ音を立てないようにして玄関へと向かう。
玄関のドアノブに手が届く、そう思った時、どのドアが勝手に開いた。

「…何してる。」
「兄さん…。」

診療所で仕事をしていた兄さんが、そこに立っていた。

「何してる、こんな時間に。」
「…お、疲れ様、です…。」
「質問に答えろ。」
「…。」

見つかってしまうなんて、しかも兄さんに。
母さんなら、何とかごまかせたかもしれない。
父さんなら、僕に無関心だから引き留められないかもしれない。
でも、兄さんは、兄さんだけは、僕を…。

「…大きな荷物だな、アレックス。まるでどこかに旅に出るようだ。」
「…。」
「今すぐ部屋に戻って、ベッドに入れ。朝になったら…。」
「戻らない。」
「…何?」
「戻らないよ。僕は、2人と行く。」
「何を言っているのか分かっているのか?お前みたいなやつが、村から出てやっていけるわけないだろう。」
「そうかもしれない。でも…!」
「分かっているなら部屋に戻れ。無駄なことをするんじゃない。」
「僕はっ…!僕のために生きるよ!自分で決めたんだ!それでどうにかなったって、兄さんには関係ないだろ!」

生まれて初めてこんな大声を出したかもしれない。心臓が信じられないくらい脈打っているのが分かる。兄さんもさすがに驚いたのか、何も言い返さずに固まっていた。だけど、静かな家の中でそんな大声を出したもんだから、眠っていた母さんがこちらの様子を見ようと起きてくる気配がする。母さんの部屋のドアが開いた音を聞いて、我に返った僕は兄さんの脇を抜けて家を出た。母さんが何か話しているようだったが、返事はしなかった。

―――

「そのままウィルたちと合流して、僕は家出同然に村を出たんです。兄さんとは、けんか別れみたいになっちゃって…。」
「…なるほどねぇ…。」

薬屋の店長である老婆は、相槌を打ちながらお茶を出してくれる。ジークも作業をしていた手を止めて、こちらの話に耳を傾けている。

「でもさっき、そんなお兄さんから手紙が来たって。」
「そうなんです。僕たちの話、どこかで聞いたんですかね。何でも屋あてに手紙が来たんです。依頼書かと思ったら、僕の名前が書いてあったから驚きました。」
「ほう。何が書いてあったんだい?」
「こら、ジーク…!」
「いいんです。大したことは書いてなくて、…『よかった』って一言だけ。」
「え、それだけ?」
「それだけでした。」

しばらく生死も分からなかった兄弟に対して、書いた手紙の内容がそれだけか、とジークは首をかしげて不満そうだ。だが、それとは反対にアレックスの表情は晴れやかに見える。

「…良かったじゃないか。けんか別れしたと思っていたお兄さんの方から、手紙を書いてくれたなんて。」
「はい。」
「ジーク。あんたはもう少し思慮深くなりなよ。いくつになったと思ってんだい。」
「この歳になると、逆に遠慮が無くなって来るんじゃい!」
「自慢することかい、まったく…。」

呆れた物言いに肩をすくめるが、ジークは気にしたそぶりもなく笑っている。

「僕、返事を書こうと思うんです。この街の事、出会った人たちの事を。そしたら兄さん、僕の子と少しは認めてくれるかもって。」
「いいじゃないか。積もる話もあるだろうし、封筒がパンパンになるくらい書いてやればいい!」
「兄さん忙しいだろうから、あまり長い手紙は読んでくれないかも。」
「…アレックス。あんたこの店の子とも書く気かい?」
「え、はい…。あ、書かない方がいいですか?」
「いや…。だったらあんた、ちょいと薬を作ってみないかい。」
「ぼ、僕がですか!?」
「薬屋で手伝いしながら勉強している。その成果がこれですって、手紙と一緒に送ってやったらいいじゃないか。文章だけで近況を聞くよりも、その方が頑張っているって分かるだろう。薬を扱う人間なら、なおさらね。」
「そうだ、それがいいじゃないか!そうしとけ、アレックス。」
「あんたは少し黙ってな。場所や材料は協力するし、分からないことがあったらあたしに聞けばいいさ。」
「そ、そんな、いいんですか…?」
「あんたには、普段からよく働いてもらっているからね。それくらいだったら問題ないさ。ただし、できるだけ自分の力で作るんだよ。これはあんたがどれくらい頑張っているかを伝えるために作るんだからね。」

できるかなぁ、でも…。と自信がなさそうに呟くアレックスだが、まんざらではなさそうだ。その証拠に、目を輝かせながら戸棚にしまっている空の薬瓶を選んでいる。自分が作った薬を入れる容器を探しているのだろう。若い頃から薬によって容器を変えるようにしているから、そこそこ種類がある。その中から兄に送るのはどれにしようと悩んでいる姿に、思わず笑みが浮かぶ。

「…これにします。作る薬は…。」
「基礎になる薬品がいいだろうね。確実に完成までできるものがいい。」
「…出来が悪かったら、また怒られちゃうかな…。」
「それが適切な指摘だったら、しっかり見てくれた証拠じゃないか。自信持ちな。」
「はい!」

アレックスは兄を思って早速準備に取り掛かっている。その隣で店主は珍しく笑顔で見守っている。
しかしジークは気づいていた。
この店主が善意だけで貴重な材料や時間を提供するはずがないと。
恐らく、このアレックスの手紙を通じてこの薬屋、魔女の一撃を宣伝し、あわよくば取引先の1つにでもしようという算段なのだろう。
人に思慮深くって言っておきながら、なんて人。
正しく魔女の所業、とジークは何も気がつかないふりをして、まぁ本人たちが良いならいいだろうと、持ち前の前向きさで深く考えないことにした。
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