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あるのっぽの話~兄弟➀~
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ある日の魔女の一撃。来る戦いの日に向けて、店の人間は今日も薬作りに忙しくしていた。
とはいえ、この店は従業員を雇っているわけではないので、店長である老婆が忙しなく働くことになっているのだが。
「まったく!年寄りにこんなに働かせるなんて…。倒れたらどうしてくれるんだい!」
「それだけ怒れるなら、しばらくは大丈夫そうだがなぁ。」
「…お前は黙って薬草を乾かしな。嫌なら、こんな時に来ちまった自分を恨むんだね。」
「嫌じゃないです、ハイ…。」
こんなに忙しいというのに、古くから知っているジークは変わらずにこの魔女の一撃へと顔を出していた。
大して忙しくない時は好きにさせているが、猫の手でも借りたい状況では話は別だ。顔を出したが最後。誰にでもできるような雑務を押し付けてやらせている。
今日は、というか最近は、このジーク以外にも人手が来るようになっていた。そろそろ来る頃だろうか。
『カランカラン』
「こ、こんにちは…。」
「おぉ、来たか。いやぁ~助かったよアレックス君。このまま1人では日が暮れてしまうところだったよ。」
「えへへ…。す、少しでもお役に立てているなら、よかったです…。」
「…あんた、なんか良いことでもあったのかい。」
「え?」
「ど、どうして…?」
「あんたいつも、ドアチャイム鳴らさないだろう。」
やって来たのは、何でも屋をしているアレックスだった。彼は以前までここに御用聞きに来ていたレイの代わりに来ることになった青年だ。
最初はたまたまだったが、薬作りにおける彼の筋の良さを見抜き、正式にここに来るように掛け合って今に至る。
そんなアレックス、確かに薬品や薬草に関する知識は一般人以上のものだったが、如何せん本人に自信がない。その心持が行動にも反映されているのか、周りよりも大きな体つきをしているにも関わらず、それを隠すように縮こまっているし、できるだけ目立たないように静かに動いて、発言も角が立たないようにこちらを窺うようにたどたどしい。
この店のドアに取り付けられているドアチャイムだって、できるだけ音が鳴らないように静かに出入りしていた。
最近では徐々にその腕を上げ、全く音を立てないまま入っていることもあったほどだ。こいつが本当に空き巣なんかをするような悪人じゃなくてよかったと思う。
そんな人間が、普通にドアチャイムを鳴らして入って来た。
普通の事ではあるのだが、普段の行いからしてやけに目立って感じてしまう。
「べ、別に、そんなに変なことは、ないんですけど…。」
「まぁ何でもいいじゃないか。無言で仕事をしていてもつまらない!聞かせてくれよ、その話。」
「お前はまた…!」
「あ、だ、大丈夫ですよ…!何の変哲もない、話ですから…。」
アレックスはそう言うと、懐から折りたたまれた紙をそっと取り出した。
丁寧に折りたたまれているであろう紙。大きな手でそれをゆっくりと開く。
「これ、数日前に届いた、兄からの手紙なんです…。」
僕は、田舎の村の出身で、ウィルとレイとは幼馴染なんです。と言っても、小さい村ですから、子供の数も少なくて。大体同年代の子どもはみんな幼馴染みたいなものですけど。
大体の子どもは一緒になって遊んでいました。村全体が大きな家族、みたいな…。
でも、僕の兄さんは、皆と遊んでいるところなんて、見たことなかったんです。僕とも…。
―――
「アレックス、助かったよー!
まったく、あんなに高いところにおもちゃを引っ掛けるなんて、何だってこの子は。」
「だからごめんなさいって!」
「毎度毎度アレックスに取ってもらって、何回目だい!」
「お、おばさん、大丈夫ですよ…。と、取れてよかったです、それじゃ…。」
「あ、アレックス、ありがとー!また遊ぼうね!」
「う、うん。」
僕は子供の頃から同じ年代の子たちよりも体が大きかった。だからか、何か頼まれごとをされることが多かったと思う。
高いところの物を取ってくれ、運搬を手伝ってくれ、年上の人間への伝言を頼まれる…。言い始めればキリがないが、とにかく僕は色々なところに駆り出されることが多かったんだ。
この村はみんなで助け合いながら生活している。いわば大きな家族のような関係性。
けんかだってするけれど、やっぱりみんな仲良し。…そう思っていたかった。
笑顔で友達と別れ、家へと向かう足が重い。
「た、ただいま…。」
「…。」
家に帰ると、リビングには兄さんが座っていた。
小声だという自覚はあるけれど、さすがに聞こえていたはず。
それでも兄さんは、読んでいる本から目線をずらすことはなかった。
兄さんは優秀な人だけど、僕に見向きもしないのは読書に集中しているからではない。
「あら、おかえりなさい。帰っていたのね。」
「た、ただいま、母さん。今帰ったとこ…。」
「そう。あぁ、グライス。お父さんが呼んでいたわ、行ってきなさい。」
「…はい。」
「…。」
兄さんは父さんに呼ばれて家から出て行った。
僕の家は診療所を開いていて、父さんはそこの医師、母さんはそこで薬の調合をしていた。そして、兄さんは父さんの後継者として、小さい頃から様々な知識を与えられて生きてきたのだ。
もちろん、膨大な知識を得るためには時間がかかる。幼少の頃より兄さんが同年代の子と遊ぶ時間は全くなかった。
その反面、僕はなぜか勉強を強いられることもなく、今日まで生活してきた。
…いや、なぜかじゃない。僕は、家族から期待されていないのだ。
優秀な兄と愚鈍な弟。そう周りの人間から評価されていることは、幼いながらも察していた。
とはいえ、この店は従業員を雇っているわけではないので、店長である老婆が忙しなく働くことになっているのだが。
「まったく!年寄りにこんなに働かせるなんて…。倒れたらどうしてくれるんだい!」
「それだけ怒れるなら、しばらくは大丈夫そうだがなぁ。」
「…お前は黙って薬草を乾かしな。嫌なら、こんな時に来ちまった自分を恨むんだね。」
「嫌じゃないです、ハイ…。」
こんなに忙しいというのに、古くから知っているジークは変わらずにこの魔女の一撃へと顔を出していた。
大して忙しくない時は好きにさせているが、猫の手でも借りたい状況では話は別だ。顔を出したが最後。誰にでもできるような雑務を押し付けてやらせている。
今日は、というか最近は、このジーク以外にも人手が来るようになっていた。そろそろ来る頃だろうか。
『カランカラン』
「こ、こんにちは…。」
「おぉ、来たか。いやぁ~助かったよアレックス君。このまま1人では日が暮れてしまうところだったよ。」
「えへへ…。す、少しでもお役に立てているなら、よかったです…。」
「…あんた、なんか良いことでもあったのかい。」
「え?」
「ど、どうして…?」
「あんたいつも、ドアチャイム鳴らさないだろう。」
やって来たのは、何でも屋をしているアレックスだった。彼は以前までここに御用聞きに来ていたレイの代わりに来ることになった青年だ。
最初はたまたまだったが、薬作りにおける彼の筋の良さを見抜き、正式にここに来るように掛け合って今に至る。
そんなアレックス、確かに薬品や薬草に関する知識は一般人以上のものだったが、如何せん本人に自信がない。その心持が行動にも反映されているのか、周りよりも大きな体つきをしているにも関わらず、それを隠すように縮こまっているし、できるだけ目立たないように静かに動いて、発言も角が立たないようにこちらを窺うようにたどたどしい。
この店のドアに取り付けられているドアチャイムだって、できるだけ音が鳴らないように静かに出入りしていた。
最近では徐々にその腕を上げ、全く音を立てないまま入っていることもあったほどだ。こいつが本当に空き巣なんかをするような悪人じゃなくてよかったと思う。
そんな人間が、普通にドアチャイムを鳴らして入って来た。
普通の事ではあるのだが、普段の行いからしてやけに目立って感じてしまう。
「べ、別に、そんなに変なことは、ないんですけど…。」
「まぁ何でもいいじゃないか。無言で仕事をしていてもつまらない!聞かせてくれよ、その話。」
「お前はまた…!」
「あ、だ、大丈夫ですよ…!何の変哲もない、話ですから…。」
アレックスはそう言うと、懐から折りたたまれた紙をそっと取り出した。
丁寧に折りたたまれているであろう紙。大きな手でそれをゆっくりと開く。
「これ、数日前に届いた、兄からの手紙なんです…。」
僕は、田舎の村の出身で、ウィルとレイとは幼馴染なんです。と言っても、小さい村ですから、子供の数も少なくて。大体同年代の子どもはみんな幼馴染みたいなものですけど。
大体の子どもは一緒になって遊んでいました。村全体が大きな家族、みたいな…。
でも、僕の兄さんは、皆と遊んでいるところなんて、見たことなかったんです。僕とも…。
―――
「アレックス、助かったよー!
まったく、あんなに高いところにおもちゃを引っ掛けるなんて、何だってこの子は。」
「だからごめんなさいって!」
「毎度毎度アレックスに取ってもらって、何回目だい!」
「お、おばさん、大丈夫ですよ…。と、取れてよかったです、それじゃ…。」
「あ、アレックス、ありがとー!また遊ぼうね!」
「う、うん。」
僕は子供の頃から同じ年代の子たちよりも体が大きかった。だからか、何か頼まれごとをされることが多かったと思う。
高いところの物を取ってくれ、運搬を手伝ってくれ、年上の人間への伝言を頼まれる…。言い始めればキリがないが、とにかく僕は色々なところに駆り出されることが多かったんだ。
この村はみんなで助け合いながら生活している。いわば大きな家族のような関係性。
けんかだってするけれど、やっぱりみんな仲良し。…そう思っていたかった。
笑顔で友達と別れ、家へと向かう足が重い。
「た、ただいま…。」
「…。」
家に帰ると、リビングには兄さんが座っていた。
小声だという自覚はあるけれど、さすがに聞こえていたはず。
それでも兄さんは、読んでいる本から目線をずらすことはなかった。
兄さんは優秀な人だけど、僕に見向きもしないのは読書に集中しているからではない。
「あら、おかえりなさい。帰っていたのね。」
「た、ただいま、母さん。今帰ったとこ…。」
「そう。あぁ、グライス。お父さんが呼んでいたわ、行ってきなさい。」
「…はい。」
「…。」
兄さんは父さんに呼ばれて家から出て行った。
僕の家は診療所を開いていて、父さんはそこの医師、母さんはそこで薬の調合をしていた。そして、兄さんは父さんの後継者として、小さい頃から様々な知識を与えられて生きてきたのだ。
もちろん、膨大な知識を得るためには時間がかかる。幼少の頃より兄さんが同年代の子と遊ぶ時間は全くなかった。
その反面、僕はなぜか勉強を強いられることもなく、今日まで生活してきた。
…いや、なぜかじゃない。僕は、家族から期待されていないのだ。
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