某勇 ~一方その頃、編~

ふくまめ

文字の大きさ
上 下
22 / 84

ある王子の話~戦うお姫様➀~

しおりを挟む
今日も今日とて、城下街は賑わいを見せていた。
しかもここ最近は、これまでにないほどの活気に包まれていた。
理由はすぐに思いつく。国を挙げての魔獣退治作戦のため、国中から参加者を募っているからだ。
冒険者の正確な数は分からないが、その大多数が今城下街に集結していると言っても過言ではないだろう。
そんな賑やかな城下街の中を、ため息をつきながら歩く1人の男の姿があった…。

「はぁ…。どうしたものですかねぇ…。」

彼はカイル。
正真正銘この王国の王子で、これから行われる作戦においても関係者を取りまとめ指揮を執るなど、
間違いなく中心人物の1人。
まかり間違っても、街中を護衛をつけずに歩いていい身分ではないのだが、
彼は前々から何らかの方法で街へと繰出しており、周りの人間の頭痛や腹痛の原因となっていた。
彼自身、周りの人間に迷惑をかけている自覚はあったのだが、それを改善する兆しは今のところないらしい。
そして本日の散歩も、彼は1人で堪能中というわけであった。
しかし今日の散歩はいつもと一味違う。
頭の中には最近知り合った何でも屋の1人が、恐らく仲間たちに何も打ち明けないままに、
魔獣との戦いに身を置こうとしていることについてでいっぱいだったからだ。
自分自身の生き方に他者から文句を言われるいわれはないだろうが、
彼らの信頼関係はこの短い期間でも理解しているつもりだ。
きっと彼らは心配する。可能なら戦いに行かないでほしいと思うだろう。
自分の権限を使えば、参加自体をもみ消すことは可能だ。だがそれでいいのだろうか。
他人に生き方を強制されるという不快感は、自分は嫌というほど知っている。
それでも、何とかしてやりたいという思いは本物のつもりだ。
そんなもやもやとした気持ちを切り替えるために、こうして街へとやって来たのだが…。

「そう簡単に決められるなら、そもそもこんなに悩まなくても…ん?」

行く当てもなくぶらついていると、いつの間にか酒場が連なる通りに来ていた。
既に飲んでいる者もいるようで、まだ太陽が高い位置にいる時間ながら賑やかだ。
念のため顔が見えにくいような服装を着てはいるが、周りの人間が私を気に留める様子はなさそうだ。
そんな大人達が行きかう中、その場にそぐわない1人の少女が混ざりこんでいた。
誰か大人が一緒にいるわけでもなさそうだし、
たまたま通りかかっただけにしてはきょろきょろと周りを見回していて違和感がある。
誰かとはぐれたのか?そう思うと自然に声をかけていた。

「こんにちは、お嬢さん。誰かと待ち合わせですか?」
「…。」
「ここはお嬢さんには少し早い場所です。人探しなら、お手伝いしますが。」
「…。」

お嬢さんは私を見つめてはいるものの返事はない。警戒しているのだろうか。
いや、よく考えれば知らない人間に気さくに応じる人間なんてそうそういない。
むしろこのお嬢さんの反応の方が正常。
周りから見れば、少女に声をかける大の大人。…完全に不審者の図!
お嬢さんが悲鳴を上げて、兵士が駆けつけて、城に連行されて…。
最悪な結果がもたらされる映像が脳内を駆け巡る。さすがにそれはまずいです…!

「お兄さん、街の人じゃないわね。」
「すみません、怪しいものでは…ってえ?」

予想外の反応に思考が一瞬停止し、お嬢さんを改めて見つめる。
年齢は10歳にならない程度だろうか。小柄な体には少し不釣り合いな大き目の本、手帳だろうか。
肩から下げているのは、恐らく携帯用の筆記用具。
彼女が大人であったなら、題材を探して歩いている画家とでも思ったかもしれない風体だ。
とりあえず、急に大声出す様子はなさそうだ。

「…お嬢さん、今何て?」
「お兄さん、この辺りの人じゃなさそうねって言ったの。」
「どうしてそう思うんです?」
「匂い。男は匂いで分かるって、ママが言ってたもの。」
「に、匂い…?」
「その人に仕事によって匂いが違うから、変な人について行かないようにいい男を嗅ぎ分けろって。」
「…それはそれは。」

お嬢さんはとんでもない英才教育を受けているようだ。
しかしながらお嬢さんの言っていることも何となくは分かる。
コックからは香辛料や油の匂いがするし、画家からは画材の独特な匂いがする。
貴族連中はこれでもかと香水を振りまいているからすぐに分かる。通り過ぎた廊下でも匂うくらいだ。
自分の匂いがどうなっているかは分からないが、このお嬢さんにとっては「変な人」の範囲外だったようだ。

「…では私が何の仕事をしているか、それも分かりますか?」
「うーん、体を動かすような仕事じゃなさそう…。インクの匂いがするし…。」
「…正解を知りたいですか?」
「言わないで!こういうのは想像力を働かせるの!そうね…この街の事件を取り上げる記者、なんてどう?」
「なるほど。」
「…違うみたいね。でもなぁ…。」
「自分で言うのもなんですが、私が危ない人だとは思わないんです?」
「お兄さんは大丈夫。そんな感じしないもの。」

謎の自信で安全な人間と判断されてしまったが、お嬢さんはもう少し危機感を持った方がいいと思う。
今この街は普段よりも人通りがある。歩ているのが善人ばかりとは限らないのだ。
信用してもらえるのはありがたいが、声をかけたのが自分でよかったと内心ため息をついていた。
私の正体が思いつかないのか、お嬢さんはうんうんと唸っている。
正直ここで言い当てられてしまうのも、それはそれで大事になるので当てないでほしいところではあるのだが。

「なかなか思いつかないわ…。もしかしてお城のお役人さん?」
「どうでしょうか。」

少し近づきましたかね。

「んー、もしかして本を書いている作家さん!?」
「…さてさて。」

残念、離れてしまいました。

「えー違うの?…お兄さん、今って時間ある?」
「急いでいるわけではありませんが…、何か?」
「あたしの用事に付き合ってほしいの!もう少し一緒にいたら、当てられる気がする。」
「別に当てなくても構いませんが…。」

お嬢さんと話をしていても、知り合いの大人が話しかけてくるような様子はない。
ここで分かれてしまったら、お嬢さんはまた1人でこの辺りをウロウロすることになるだろう。
そこで何かあったら非常に後味が悪い。

「…分かりました、お供しましょう。」
「やったぁ!まずはこっち。ついてきて!」

お嬢さんは本当に嬉しそうに細い路地へと手招きする。
子供が歩くような場所ではないと思うが、様子から察するに慣れているのだろう。
幅の狭い道を器用にするすると進んでいく。

「そういえば、お嬢さんと呼ぶのは少々不便ですね。お名前を伺っても?」
「あたしはハンナ!お兄さんは?」
「そうですね…、カイト、と呼んでください、ハンナさん。」
「わかった、カイトさん。これからよろしくね!」

こうして、少し不格好な2人組の一日が始まったのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

職場のパートのおばさん

Rollman
恋愛
職場のパートのおばさんと…

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

性転のへきれき

廣瀬純一
ファンタジー
高校生の男女の入れ替わり

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

男性向け(女声)シチュエーションボイス台本

しましまのしっぽ
恋愛
男性向け(女声)シチュエーションボイス台本です。 関西弁彼女の台本を標準語に変えたものもあります。ご了承ください ご自由にお使いください。 イラストはノーコピーライトガールさんからお借りしました

処理中です...