某勇 ~一方その頃、編~

ふくまめ

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ある冒険者の話~相棒③~

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袋を開けると、夥しい量の血が撒き散らされた。
これが全て人間の血であることを理解した瞬間、喉の奥からこみあげてくるものを感じ手近な桶を引っ掴む。
体の反応に任せ、腹の中身を吐き出す。体は正直なんだなと、どうでもいいことを考える。
吐き出すものが何もなくなった頃、少し冷静になった頭で一瞬見えた袋の中身を思い出す。
血の海に沈んでいたのは、間違いなく…。

「ジェズ…!」

間違いなく、俺の相棒だった奴だった。

―――

ジェズの葬儀は静かなもので、嫁さんは参列できなかった。
何しろ、嫁さんは身重だ。旦那がこんなことになって、まともに聞いたらぶっ倒れるどころじゃすまないだろう。
ジェズは重傷で帰ってきて、処置が間に合わずに死んだことになった。
遺体を入れた袋を再び包み直して、俺たちが見た真実は伏せられた。
あれはただの傷じゃない。怪我自体は何かの動物に噛まれた傷だった。腕にしっかり残っている。
問題はその傷から入り込んだ毒物の方だ。
診療所のじいさん曰く、神経毒の一種だろうということだ。
処置をしても止まることのない出血は、ジェズが息を引き取ってからも、
体内から水分を吐き出そうとしているかの如く続いたそうだ。
診療所に担ぎ込まれた当初、まだ辛うじて意識のあったジェズが言った発言も気になる。

『ウサギが、噛みついてきた』

ジェズの腕に残された噛み傷は、ウサギなんかの歯形じゃなかった。
例えウサギに噛まれたとして、出血が止まらなくなるような神経毒をくらうだろうか?答えは否だ。
この奇妙な出来事は、診療所のじいさんが内密にジェズから検体を採取し、
しかるべき機関での解析に出してくれることとなった。
簡易的な葬儀が終わった後、じいさんはそういえば、と俺を診療所に呼んだ。

「ジェズが運び込まれた時、奴の荷物もここに持って来ていての。
 …嫁さんに取りに来てもらうってのも、酷じゃろう。お前が持って行ってくれ。」
「…そうかい。」

ジェズは俺の尻拭いが大変だったかもしれないが、こっちだっていろいろあるんだぜ。
こんな風に、誰もやりたくないことを押し付けられたりな。
嫁さんはどんなにショックだっただろう。顔を合わせるかと思うと、気が重い。
ジェズの荷物が適当に押し込まれたでかい袋を抱えて、村の中を歩く。
ジェズの家の方向には、なかなか足が向かない。
そんな中、いつもの井戸端会議をしているお姉さま方が目に入った。
向こうも俺に気がついたのか、様々な身振り手振りで「こっちに来い」と呼び掛けてくる。
普段であれば断りたいところだったが、今はありがたかった。

「ザギル…。あんた大丈夫かい?」
「まぁな…。一番ショックなのは、嫁さんの方だろ。大丈夫なのか?」

皆一様に俺の心配をしてくれるが、何よりも心配なのは嫁さんだろ。
一番心細いときに、頼りの旦那が…。それ思えば、俺が落ち込んでいる姿を見せるわけにはな。
俺の発言に、お姉さま方は顔を見合わせて暗い表情になってしまった。
芳しくはない、か…。

「…今のところ、気丈に振る舞っているよ。強い子さ。でも…。何もないってことはないだろう。」
「あたしたちも頻繁に顔を出してはいるけどねぇ…。」
「誰かを悼む気持ちは、他人が邪魔しちゃいけないよ。その人に必要な時間なんだ。」
「無理矢理慰めるってのは、違うよねぇ…。」

なるほど。お姉さま方なりの心遣いってやつか。
皆心配しながらも、見守るしかないってのはもどかしいよな。

「…ザギル、あんたが背負っているのって、ジェズの持ち物かい?」
「あぁ、診療所に担ぎ込まれた時から、そのまま置かれてたみたいでな。
 じいさんに届けるようにお使いを頼まれたんだよ。」
「そうかい…。中身は、確認したのかい?」
「そこまでしてねぇよ。親しき間柄にも礼儀ありってな。…嫁さんがやるべきだろ。」
「…どうすんのさ。」
「そんなこと言ったって。」
「でもこのままじゃさ…。」
「何だよ。何か都合が悪いことでもあるってのか?」

俺が持っていた荷物がジェズの物であると分かると、お姉さま方はひそひそと話し合うかの様に肩を寄せ合う。
どんなに気を許している相手だって、自分の荷物を勝手に見られるのは嫌だろ。
残された嫁さんの判断に任せるってのが、俺なりの気づかいなんだがなぁ。
そんなに変だったか?

「…落ち着いて聞くんだよ、ザギル。これはその…あたしたちが、ジェズから聞いた話さ…。」
「何で鍛冶屋になったジェズが、森に入ったのかってことさね。」
「…なんで俺に。」
「それは、話を聞けば分かるさ。」

ジェズは村のはずれにある森で怪我をして戻ってきた。
俺たち猟師の仕事場でもあるそこは、かつて猟師だった時代のジェズも入ったことのある森。
しかし鍛冶屋となったジェズがわざわざ向かう理由は思いつかなかった。
何かあったとしても、俺という普段出入りする奴がいるんだから、そいつに任せりゃいい。
実際、俺はよく狩りのついでにジェズから頼まれごとをされることはよくあった。
少しの違和感とお姉さま方の真剣な表情に、俺は居住まいを正して話に耳を傾けた。
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