某勇 ~一方その頃、編~

ふくまめ

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ある魔女の話~過去と未来⑩~

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何とか店長は手紙を書き上げ、知り合いの店長さんーエリザという女性店長さんだーへと届けることができた。
エリザさんは店長よりも少し年上で、店長が見習いだった頃のことを知っているらしい。
そんな店長があたしという弟子を持っていることに感動し、ぜひお店で働いてほしいと返事が来た。
とても嬉しかったけれど、なぜか店長の方が喜んでいた。別に理由は知りたくないけど。

「と、いうことで。店長、お世話になりました。」
「多少展開早い気もするけど、まあエリザさんのところなら安心だよ。
 たまに顔を見に行くよ。…別にエリザさんに会いに行くんじゃないから!仕事で、だからね!」
「何も言ってませんよ。」

就職の話もトントン拍子に進み、エリザさんの下で住み込みで働くことになった。
いつでも来てくれていいとエリザさんは言ってくれていたけれど、
どうにも待ちきれなくて早々に向かうことにした。

「…もうこの村には、戻らないかもしれません。」
「そっか…。君がこの村のあり方に失望していることは何となくわかってた。」
「この村の人が嫌いなわけではないんです。そりゃ、嫌なこともあったけど…。
 この村にいたら、あたしのしたいことができないっていうのが分かっているから、だから行くんです。」
「君の人生なんだから、君の好きにしたらいいよ。もし帰ってくる気になったらいつでも来たらいいしね。」
「そうよ、アメリア。いつでも帰って来なさい。」
「うん。」
「お母さん、何だかんだこの村が好きなの。…あなたと離れるのは寂しいけれど、応援しているから。」
「よかったね。僕たちもお母さんのこと気にかけていくつもりだから。
 …その、ジークには、言ったかい?」

ジークには、このところ全く会っていない。特に避けているつもりはないのだが…。
噂では、最近何やら忙しくしているようなのだが、いまいちはっきりした話は聞こえてこない。
彼も14歳。もう少しで働くことができるようになる年齢だ。
実際どうするつもりかは知らないが、もしかしたら働き口とのやり取りで忙しいのかもしれない。
…そうであれば、いいのだが…。

「…もう少しで馬車が来るね。そんなに遠くはないけれど、慣れていないだろうから体調に気をつけて。」
「はい、ありがとうございます。」
「…いいのかい?」
「…もう馬車が見えました。お待たせするわけにはいきませんから。」

しばらくすると、ガタガタと車輪がきしむ音が聞こえてくる。
見送りは店長とお母さんだけ。…ジークの姿は見えなかった。当たり前か。
少ないながらも荷物を積み込んで、自らも荷台へと乗り込む。
座る場所を確保して、最後の別れを惜しむように外へと顔を出す。

「アメリア、体に気をつけて!」
「うん。お母さんも。」
「君なら大丈夫だよ!…エリザさんによろしくね。」
「店長も、お元気で。」

馬車がゆっくりと動き出す。少しずつ2人の姿が遠くなり、村を抜ける。
この村の外へと出るのは初めてではなかろうか。
急に漠然とした不安を感じ、それを追いやるように頭を振る。
その時、あたしの耳が何か小さな音を拾った。

「ーーーーい。」
「…?」
「せーぱーー。」
「え?」
「せんぱーい!!」
「…ジーク…?」

かすかに聞こえたのはジークの声。…あたしを呼んでいる。
思わず馬車の外に顔を出して周りを確認すると、馬車を走って追いかけるジークがいた。
しかしここはもう村の外。野生動物もいるところを子供が出歩くなんて危険すぎる。

「ジーク、何してるの!早く戻りなさい!」
「先輩がっ…!先輩が悪いんだ!俺は、何も、聞いてなかった!!」
「っ…。」

ジークが全力で走りながら絶叫している姿に何も言えなくなってしまう。
そうだ。あたしは何も言っていなかった。自分から言いに行くこともできたのに、言わなかったのだ。
あたしは、ジークにこの村を出ると伝えたときにどう反応をされるのかが、怖かった。
だから何も言わないまま、村を出ようとしたのだ。
楽しかった、いい思い出で終わらせるために。

「せんぱっ…!これ!」
「え?」

荷馬車に向かって伸ばされたジークに手には、何か光るものが見えた。
あたしに何か差し出されていると察し、こちらからも手を伸ばす。
馬車が段々と速くなり、走っているジークがゆっくりと離されていく。
ジークから何かを受け取った瞬間、彼は膝から崩れ落ちてしまった。
かなりの勢いで倒れこんだ姿に、思わず荷馬車から身を乗り出して無事を確認しようとする。
すぐにジークは立ち上がり、泥誰家になていることも厭わずに叫んだ。

「せんぱーい!俺、いつか会いに行くからぁ!今度は、先輩が待ってて!!」

かつて、ジークが守ってくれていた約束。今度はあたしの番だ。
今返事をすると声が震えてしまいそうだったから、代わりに大きく手を突き上げる。
滲んだ世界の中で、彼はいつまでも手を振って、ついに姿は見えなくなった。
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