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ある魔女の話~過去と未来⑤~
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図書館へはあと少し。近づくにつれて木が燃える匂いが強くなっていく。
うっすらと煙が漂ってくる道の先から、不安そうな表情をした人たちが離れようと歩いてくる。
その人の波に逆らうように図書館へと向かう。途中であたしを引き留める声も聞こえた気がするが、構うもんか。
あたしは約束を果たしに行くだけだ。誰にも邪魔なんてさせるものか。
「水足りないぞ!早く持ってこい!!」
「桶でも花瓶でも何でもいいから!」
「女子供は早く離れろ!!」
「ダメだ!クワ持ってこい!」
図書館につくと、そこでは怒号が飛び交っていた。
少し離れたところに立っているのに、轟々と燃え盛る炎が肌を焼く。熱と炎の光で目を開けていられない。
吹き荒れる熱風で巻き上げられる髪を抑えながら、意を決して図書館へ近づく。
「あ!何やってんだ!早く逃げろ!!」
「近づいちゃダメだ!」
「…ジーク―――!!!!どこにいるの―――!!!」
近づいてくるあたしに気づいたのか、消火に駆け回っていた大人たちがあたしを抱えて逃がそうとする。
その手を振り払いながら、この火の中にいるかもしれないジークに向かって叫ぶ。
返事なんてなければいいと願いながらも、声を上げずにはいられない。
炎の熱で喉が焼ける。火の中から逃げてくるジークの姿を見逃さないように見開いた目が痛い。
何とか図書館から引き離そうとする大人の腕から抜け出し、近くにいた人からバケツをひったくる。
図書館に掛けようとしていたであろうその水を、頭のてっぺんからかぶった。
一瞬呆気に取られていた人たちも、あたしの思惑に気づいたのか顔色を変えて取り押さえにかかってきた。
「止めろ!お前っ…!何考えてんだ!」
「おい!こいつを止めろ!!手を貸してくれ!」
「放してっ!ジーク!ジーク――!!」
「何だこの嬢ちゃん!」
「抑えてろ!もう消すのは無理だ!壊すしかねぇ!」
「待って!!ジークがっ!ジークがいるの!!」
何が何でも図書館に入ろうとするあたしを止めようと、数人男の人が寄ってくる。
いくら必死に暴れたところで3,4人の男の人の力にはかなわない。
あたしを取り押さえている間に消火は諦めたのか、クワやつるはしを持った人たちが図書館へと向かっていく。
図書館を壊して周りの建物への延焼を防ぐ気なんだ…!そんなことしたら、中にいるジークが…!
止めてくれるよう訴えるも、聞く耳を持たずに農具を壁や柱に打ち付けていく。
すでにあちこちに火が回っていた図書館は、そう時間もかからずに崩れ始めた。
あたしはそれになす術もなく、見ていることしかできなかった。
―――
しばらく崩された木材が火の波に覆われ、図書館があった場所に残ったのは、
辛うじて柱であっただろうと思われる炭だけになった頃。
炎の行く末を注視していた大人達も肩の力を抜いた。
あたしは結局、何もできないまま図書館が火に飲まれていく姿を見つめていただけだった。
ジークに呼びかける声も、もう出せる気力もない。
「…そろそろ落ち着いてきたな。」
「あぁ、何とかなったか…。」
やれやれと大人達が片付けようと動き出す。
もうあたしを抑える人はとっくにいなかったけれど、立ち上がることができない。
大人相手に暴れていた体が重い。炎にさらされてあんなに熱かった体が、寒い。
「…そうだ、あいつどうなった。」
「ん?あぁ、少し離れた木陰にいるよ。
火傷してるってのに、本を出さないといけないって暴れて大変だったぜ。」
本を出さないといけない…?それって、誰の事…?
ぼんやりとした意識の中で、通りかかった大人たちの話が聞こえてくる。
なんでも、火傷を負いながらも本を炎から救おうと奮闘したらしい。
それが誰か。そう考えるよりも先に反射的に立ち上がっていた。先ほどまで動けなかったのが噓のようだ。
「…ねぇお兄さんたち。」
「え?うわ、さっきの…。」
「…何だよ。お前もさっさと帰れよ。」
「さっきの話、本当?」
「さっきの話?」
「火傷しながら、本を出そうとした人の話。」
「あぁ…。本当だぜ。そいつなら、向こうの木陰にいるよ。
しばらく暴れてたけど、図書館が崩れちまったのを見てショックだったのか、今は大人しいもんだ。」
「…ありがとう。」
お兄さんが指さした木陰へと急ぐ。既に日が暮れようとしていた。
木陰は普段よりも影を濃くし、ここからではうっすらと人影が確認できる程度だ。
そこにいるのは誰だろうか。
期待と緊張を抱えながらも、静かに歩みを進めていく。
「…あの。」
「…っ。」
少し離れたところから声をかけると、相手は息をのんで体をこわばらせた気配がした。
普段の態度からは想像もできないが、むしろその反応であたしは確信した。
「…ジーク。」
「…先輩っ。ごめんなさい、俺っ…!」
「ありがとう。」
「っ。」
生きていてくれて、よかった。約束、守ってくれていたんだ。
そう思いながら頭をなでる。髪の毛は火に焼かれたのだろう、独特の焦げ臭さが鼻をかすめる。
体を小さくして座っていたジーク。今になって恐怖が戻ってきたのか、あたしを見上げる目にじわりと涙が浮かぶ。
その腕の中には、かつてジークがあたしに質問してきた料理の本と、
あたしが見やすいところに置いておいた初心者向けの薬草の本が抱えられていた。
この2冊を、ジークは炎の中から救い出してくれたのだ。
既に治療はされているが、痛々しく映る火傷。それをそっと撫ぜる。
本を守ろうと奮闘した彼は、間違いなくあたしにとって英雄のように見えた。
うっすらと煙が漂ってくる道の先から、不安そうな表情をした人たちが離れようと歩いてくる。
その人の波に逆らうように図書館へと向かう。途中であたしを引き留める声も聞こえた気がするが、構うもんか。
あたしは約束を果たしに行くだけだ。誰にも邪魔なんてさせるものか。
「水足りないぞ!早く持ってこい!!」
「桶でも花瓶でも何でもいいから!」
「女子供は早く離れろ!!」
「ダメだ!クワ持ってこい!」
図書館につくと、そこでは怒号が飛び交っていた。
少し離れたところに立っているのに、轟々と燃え盛る炎が肌を焼く。熱と炎の光で目を開けていられない。
吹き荒れる熱風で巻き上げられる髪を抑えながら、意を決して図書館へ近づく。
「あ!何やってんだ!早く逃げろ!!」
「近づいちゃダメだ!」
「…ジーク―――!!!!どこにいるの―――!!!」
近づいてくるあたしに気づいたのか、消火に駆け回っていた大人たちがあたしを抱えて逃がそうとする。
その手を振り払いながら、この火の中にいるかもしれないジークに向かって叫ぶ。
返事なんてなければいいと願いながらも、声を上げずにはいられない。
炎の熱で喉が焼ける。火の中から逃げてくるジークの姿を見逃さないように見開いた目が痛い。
何とか図書館から引き離そうとする大人の腕から抜け出し、近くにいた人からバケツをひったくる。
図書館に掛けようとしていたであろうその水を、頭のてっぺんからかぶった。
一瞬呆気に取られていた人たちも、あたしの思惑に気づいたのか顔色を変えて取り押さえにかかってきた。
「止めろ!お前っ…!何考えてんだ!」
「おい!こいつを止めろ!!手を貸してくれ!」
「放してっ!ジーク!ジーク――!!」
「何だこの嬢ちゃん!」
「抑えてろ!もう消すのは無理だ!壊すしかねぇ!」
「待って!!ジークがっ!ジークがいるの!!」
何が何でも図書館に入ろうとするあたしを止めようと、数人男の人が寄ってくる。
いくら必死に暴れたところで3,4人の男の人の力にはかなわない。
あたしを取り押さえている間に消火は諦めたのか、クワやつるはしを持った人たちが図書館へと向かっていく。
図書館を壊して周りの建物への延焼を防ぐ気なんだ…!そんなことしたら、中にいるジークが…!
止めてくれるよう訴えるも、聞く耳を持たずに農具を壁や柱に打ち付けていく。
すでにあちこちに火が回っていた図書館は、そう時間もかからずに崩れ始めた。
あたしはそれになす術もなく、見ていることしかできなかった。
―――
しばらく崩された木材が火の波に覆われ、図書館があった場所に残ったのは、
辛うじて柱であっただろうと思われる炭だけになった頃。
炎の行く末を注視していた大人達も肩の力を抜いた。
あたしは結局、何もできないまま図書館が火に飲まれていく姿を見つめていただけだった。
ジークに呼びかける声も、もう出せる気力もない。
「…そろそろ落ち着いてきたな。」
「あぁ、何とかなったか…。」
やれやれと大人達が片付けようと動き出す。
もうあたしを抑える人はとっくにいなかったけれど、立ち上がることができない。
大人相手に暴れていた体が重い。炎にさらされてあんなに熱かった体が、寒い。
「…そうだ、あいつどうなった。」
「ん?あぁ、少し離れた木陰にいるよ。
火傷してるってのに、本を出さないといけないって暴れて大変だったぜ。」
本を出さないといけない…?それって、誰の事…?
ぼんやりとした意識の中で、通りかかった大人たちの話が聞こえてくる。
なんでも、火傷を負いながらも本を炎から救おうと奮闘したらしい。
それが誰か。そう考えるよりも先に反射的に立ち上がっていた。先ほどまで動けなかったのが噓のようだ。
「…ねぇお兄さんたち。」
「え?うわ、さっきの…。」
「…何だよ。お前もさっさと帰れよ。」
「さっきの話、本当?」
「さっきの話?」
「火傷しながら、本を出そうとした人の話。」
「あぁ…。本当だぜ。そいつなら、向こうの木陰にいるよ。
しばらく暴れてたけど、図書館が崩れちまったのを見てショックだったのか、今は大人しいもんだ。」
「…ありがとう。」
お兄さんが指さした木陰へと急ぐ。既に日が暮れようとしていた。
木陰は普段よりも影を濃くし、ここからではうっすらと人影が確認できる程度だ。
そこにいるのは誰だろうか。
期待と緊張を抱えながらも、静かに歩みを進めていく。
「…あの。」
「…っ。」
少し離れたところから声をかけると、相手は息をのんで体をこわばらせた気配がした。
普段の態度からは想像もできないが、むしろその反応であたしは確信した。
「…ジーク。」
「…先輩っ。ごめんなさい、俺っ…!」
「ありがとう。」
「っ。」
生きていてくれて、よかった。約束、守ってくれていたんだ。
そう思いながら頭をなでる。髪の毛は火に焼かれたのだろう、独特の焦げ臭さが鼻をかすめる。
体を小さくして座っていたジーク。今になって恐怖が戻ってきたのか、あたしを見上げる目にじわりと涙が浮かぶ。
その腕の中には、かつてジークがあたしに質問してきた料理の本と、
あたしが見やすいところに置いておいた初心者向けの薬草の本が抱えられていた。
この2冊を、ジークは炎の中から救い出してくれたのだ。
既に治療はされているが、痛々しく映る火傷。それをそっと撫ぜる。
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