某勇 ~一方その頃、編~

ふくまめ

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ある魔女の話~過去と未来④~

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薬屋で働き始めて早半年が経とうとしていた。
仕事を覚えるまでの数週間はかなり忙しく、家と薬屋を行き来するだけの生活が精一杯といった状況だったが、
最近は店長が作っている薬について質問したり、自分なりに知識を深めたりする余裕ができ始めていた。
でも…。

「…今日もまた行けなかった。」

薬屋で働くようになってから、以前のように足しげく図書館に通うことはなかった。
仕事から得られる生の知識は素晴らしく、目の前で薬が作られていく手際を見ては、
技術を見逃すまいと目が離せなかった。
紙の上から伝えられる知識にも思いを馳せていたが、実物を見ながら得られる情報には胸が躍る。
仕事で疲れていることもあったが、仕事に慣れ始めてからも図書館に足を向けることはなかった。
一度行くタイミングを逃すと、もうどんな顔をして図書館に行けばいいのか分からなかった。

「…図書館、誰か使ってるかな…。」

図書館はほとんどあたししか使っていないような状態だった。
気まぐれのように覗いていく人はいても、多くの人は時間を潰すだけで本を借りて行ったりはしない。
図書館に置かれている本は古いものが多いし、本当に欲しい本があったなら自分で買うだろう。
そんな中でも、専門性の高いものは読む人なんてさらに少ないから…。
本は放っておいただけでも傷んでしまう。でもおばあちゃんにはあの蔵書すべてを管理するのは難しい。
…ジークは、まだあそこにいるだろうか。

「…約束、かぁ。」

『ずっと待ってます!』そう言ったジークの顔が浮かぶ。
あの日の約束を、あたしはまだ守れないでいる。
こんな先輩に失望して、もうジークは図書館には来ていないのかもしれない。
もともと図書館や本に興味があったわけではなさそうだったから、その可能性は高い。
…その現実を確認するのは、少し怖い。
ここへきて、あたしは図書館に行けなかったのではなく『行かなかった』のだと気づいた。
もし図書館へ行って、ジークがいなかったらどうしよう。
おばあちゃんからもうジークが来なくなって久しいと聞かされたらどうしよう。
ジークが、あたしを嫌いになっていたらどうしよう。
思った以上に、あたしはジークと過ごしていたあの日々が大事だったんだなぁ、とぼんやりと思った。

「うじうじしてても仕方ないし…、明日、行ってみようか。」

よし、と小さくガッツポーズをして自分を奮い立たせる。
ただ図書館に行くだけじゃない、大丈夫。ジークがいなくったってもともとそうだったじゃない、大丈夫。
…ジークに嫌われてたって、初めからそんな懐かれるような態度、取ってなかったじゃない、…大丈夫。
明日仕事をしたら次の日は休み。仕事が終わったその足で図書館に寄ろう。
その日の夜は、何だか寝付けなかった。

―――

「店長、この薬瓶は倉庫に持って行けばいいですか?」
「あぁ。あー重いから!少しずつでいいからね!」
「はい。」

翌日、相も変わらず薬屋で雑用をこなしていた。
当然ながら薬の調合なんかはさせてもらえないので、私にできることと言ったら雑務が中心だ。
薬の種類によっては、光に当たって劣化しないように色のついた瓶で保管することもあるので、
そういったものは大量に倉庫に用意されているのだが、その管理も大事な私の仕事の一つだ。
結構重いものなので、店長は少し心配そうにしているけれど。

「大丈夫ですよ店長。気をつけて運んでます。」
「そうかもしれないけどさぁ…。」
「た、大変だよ!手を、貸しとくれ!!」

こちらをチラチラと見ながら薬草を選別している店長に苦笑しながら、自分に運べる分だけ慎重に運ぶ。
そんな中、おばあちゃんがバタバタと店に駆け込んできた。
相当急いでいたのか、息も絶え絶えだ。

「おばあちゃん、手を貸してってどうしたの?」
「そうだぜばあさん。図書館の管理はどうしたってんだ?
 いくら人があまり来ないからって、ほっぽり出してくるなんて一体…。」
「そ、そのっ…!その図書館が、大変なんだよぉ!」
「何だって?」
「…図書館が、どうかしたの…?」
「…火が…!図書館が燃えて、大火事なんだ!今、村の男たちに、声をかけて…。」
「アメリア!?待ちなさい!!」

おばあちゃんの話を最後まで聞くことができなかった。
図書館が火事?あそこは古い木造の小屋。保管されているのも本ばかりで燃えやすい。
早く何とかしないと…!ジークは…?今日図書館に来ていたの?
考えがまとまらないまま、とにかく図書館へと全力で走る。
あんなにジークが図書館にいるか気になっていたのに、どうかいないでほしいと願わずにはいられなかった。
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