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ある魔女の話~過去と未来➀~
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ある城下街。人ごみをかき分けて路地裏を抜けた先―――
薬屋『魔女の一撃』
そこには、今日も今日とて鍋をかき混ぜる音が響いていた。
そこに飛び込んできたのは、薬屋に来るには少々賑やかな声。
「邪魔するぞい!まぁた今日も鍋をかき混ぜとるのか、先輩!」
「うるさいねぇ。あたしは薬師、薬を作るのが仕事だよ。
まさかこの大鍋が、野菜スープを作るための鍋に見えるってのかい?」
うんざりした顔で店主は入ってきた客に返す。
その様子を見た声の主は、カッカッカと笑いなら少し寂しくなりつつある頭をかく。
「まだそこまで目は悪くなっとらんわい!少々耳は遠くなったがな!」
「だからうるさいってんだよ、このクソジジイ!いい年して礼儀ってもんを知らないのかい!」
こいつはいつもこんな調子だ。昔から、こいつが騒いでいるのが遠くからでもよく聞こえたものだ。
深い深いため息をつきながら、遠い昔のことを思い出した。
―――
「うわ!本の虫が道歩いてるー!」
「日に当たったらいけないんだぞー!」
「…。」
同じ年頃の男子たちが私のそばを駆け抜けていく。
私への悪口と落ち葉をかけていくことを忘れない。毎日毎日まめなことだ。
身体に張り付いた葉っぱを払いながら、直前に閉じてイタズラを回避した本を開き直す。
どこまで読んだんだったか…。水薬を作る上で注意しなければならない分離を防ぐ方法、ここだ。
薬とはいえ、効能の面だけではなく飲みやすさも考慮しなければ。
「先輩、大丈夫ですか!」
「…ジーク。」
本を読みながら歩くなんて、と何度も注意されていたけれどただ歩いているだけなんて時間がもったいない。
そう考えながら歩きだして数歩。後ろから騒がしい足音共に、私に話しかける大きな声。
振返って確認すると、この辺りでは珍しく私にまともに話しかける男子、ジークが息を切らして立っていた。
「先輩また葉っぱついてる!あいつらまた…!」
「別にいい。いつものことだし。」
「いいはずないですよ!痛い目見ないと分からないんだよ、あいつら!」
「分からなくていい。…あたしは帰る。」
「あ、先輩…。さよなら!また明日!!」
私に話しかける珍しさ、その騒がしさから、他人を覚えることが大の苦手な私ですらすぐに認識した男子、ジーク。
あいつはうるさいから苦手だ。
それを態度に出しているつもりなのだが、なかなか離れる様子はなく見かけたらすぐさま声をかけてくる始末。
まるでおもちゃを見つけた子犬みたいだと、
本人にも言ったことがあるが「子犬じゃなくて番犬です!」とよくわからない返事をされたことがある。
犬であることを否定しないとだめだと思うが…。
「…ただいま。」
「おかえりなさい、アメリア。今日学校どうだった?」
「別に。いつもと同じ。」
「…そう。手を洗ってらっしゃい、お茶にしましょう。」
「うん。」
家に帰るとお母さんが迎えてくれる。私の父親は早くに病で亡くなった、らしい。
私の記憶の中に『父親』とされる男性の姿はない。そのくらい昔の話。
女手一つで私を育てるため、お母さんは森で薬草を摘んで薬屋に買い取ってもらい、生活費を稼いでいた。
裕福ではないけれど、決して楽ではないけれど、このつつましい生活は嫌いではなかった。
「今日も本を借りてきたの?」
「うん。今度図書館に新しい本が入るって聞いたから、今のうちに読み込んでおきたくて。」
この村は小さいながら珍しく図書館がある。
図書館とはいえ立派なものではなく、ぱっと見は小屋のような建物だ。
この村の昔の村長はたいそう本が好きで、村の皆にも本に触れてほしいと、
本の貸し出しができるような場所を作ったというのだ。
村長が代替わりしていくに従って管理は甘くなっていき、
今では利用する人なんて数えるだけしかいないと思うけど、
お金がない私たちのような家からしてみればありがたい場所だ。
この図書館があるから、私は薬に関して学ぶことができている。
「そうなのね…。久しぶりに新しい本が来るのね。」
「新しいて言っても、王都の方じゃとっくに売れなくなってから届く本だけどね。」
「こんな田舎の村じゃ、新しいものが届くのも時間がかかるもの。
…それじゃあ、もしかしたら新しい本と入れ替えるために、古い本の譲渡会がまた開かれるかもしれないわね。」
「…うん。」
何を隠そう、私が本と出合ったのはこの図書館で行われた古本譲渡会だった。
お金がないために、他の家の子どもと同じようにおもちゃを買い与えることができない、
せめてその代わりに…とお母さんが立ち寄って本を持って帰ってきてくれたのだ。
当時はもう少し本を欲しがる人が多くて、物語や図鑑などは人気でもう見当たらなかったそうだ。
そこで仕方なく自分も学べる薬学の本を持ち帰ったのだが、まさかそれに熱中するとは。
今では笑い話だが、私にとってみれば大好きな本と触れることになったきっかけなのは確かだ。
「どんな本が来るのかも楽しみだけど、譲渡会が開かれるかどうかも楽しみね。」
「うん。」
新しい本が来たらもちろん借りにも行くけれど、譲渡会で古本をもらうことができれば、
気になった部分や重要な部分に書き込むことができる。
何度も読み返したい本をもらうことができれば…。
まだ見ぬ本の入れ替え日が楽しみでしょうがない。
薬屋『魔女の一撃』
そこには、今日も今日とて鍋をかき混ぜる音が響いていた。
そこに飛び込んできたのは、薬屋に来るには少々賑やかな声。
「邪魔するぞい!まぁた今日も鍋をかき混ぜとるのか、先輩!」
「うるさいねぇ。あたしは薬師、薬を作るのが仕事だよ。
まさかこの大鍋が、野菜スープを作るための鍋に見えるってのかい?」
うんざりした顔で店主は入ってきた客に返す。
その様子を見た声の主は、カッカッカと笑いなら少し寂しくなりつつある頭をかく。
「まだそこまで目は悪くなっとらんわい!少々耳は遠くなったがな!」
「だからうるさいってんだよ、このクソジジイ!いい年して礼儀ってもんを知らないのかい!」
こいつはいつもこんな調子だ。昔から、こいつが騒いでいるのが遠くからでもよく聞こえたものだ。
深い深いため息をつきながら、遠い昔のことを思い出した。
―――
「うわ!本の虫が道歩いてるー!」
「日に当たったらいけないんだぞー!」
「…。」
同じ年頃の男子たちが私のそばを駆け抜けていく。
私への悪口と落ち葉をかけていくことを忘れない。毎日毎日まめなことだ。
身体に張り付いた葉っぱを払いながら、直前に閉じてイタズラを回避した本を開き直す。
どこまで読んだんだったか…。水薬を作る上で注意しなければならない分離を防ぐ方法、ここだ。
薬とはいえ、効能の面だけではなく飲みやすさも考慮しなければ。
「先輩、大丈夫ですか!」
「…ジーク。」
本を読みながら歩くなんて、と何度も注意されていたけれどただ歩いているだけなんて時間がもったいない。
そう考えながら歩きだして数歩。後ろから騒がしい足音共に、私に話しかける大きな声。
振返って確認すると、この辺りでは珍しく私にまともに話しかける男子、ジークが息を切らして立っていた。
「先輩また葉っぱついてる!あいつらまた…!」
「別にいい。いつものことだし。」
「いいはずないですよ!痛い目見ないと分からないんだよ、あいつら!」
「分からなくていい。…あたしは帰る。」
「あ、先輩…。さよなら!また明日!!」
私に話しかける珍しさ、その騒がしさから、他人を覚えることが大の苦手な私ですらすぐに認識した男子、ジーク。
あいつはうるさいから苦手だ。
それを態度に出しているつもりなのだが、なかなか離れる様子はなく見かけたらすぐさま声をかけてくる始末。
まるでおもちゃを見つけた子犬みたいだと、
本人にも言ったことがあるが「子犬じゃなくて番犬です!」とよくわからない返事をされたことがある。
犬であることを否定しないとだめだと思うが…。
「…ただいま。」
「おかえりなさい、アメリア。今日学校どうだった?」
「別に。いつもと同じ。」
「…そう。手を洗ってらっしゃい、お茶にしましょう。」
「うん。」
家に帰るとお母さんが迎えてくれる。私の父親は早くに病で亡くなった、らしい。
私の記憶の中に『父親』とされる男性の姿はない。そのくらい昔の話。
女手一つで私を育てるため、お母さんは森で薬草を摘んで薬屋に買い取ってもらい、生活費を稼いでいた。
裕福ではないけれど、決して楽ではないけれど、このつつましい生活は嫌いではなかった。
「今日も本を借りてきたの?」
「うん。今度図書館に新しい本が入るって聞いたから、今のうちに読み込んでおきたくて。」
この村は小さいながら珍しく図書館がある。
図書館とはいえ立派なものではなく、ぱっと見は小屋のような建物だ。
この村の昔の村長はたいそう本が好きで、村の皆にも本に触れてほしいと、
本の貸し出しができるような場所を作ったというのだ。
村長が代替わりしていくに従って管理は甘くなっていき、
今では利用する人なんて数えるだけしかいないと思うけど、
お金がない私たちのような家からしてみればありがたい場所だ。
この図書館があるから、私は薬に関して学ぶことができている。
「そうなのね…。久しぶりに新しい本が来るのね。」
「新しいて言っても、王都の方じゃとっくに売れなくなってから届く本だけどね。」
「こんな田舎の村じゃ、新しいものが届くのも時間がかかるもの。
…それじゃあ、もしかしたら新しい本と入れ替えるために、古い本の譲渡会がまた開かれるかもしれないわね。」
「…うん。」
何を隠そう、私が本と出合ったのはこの図書館で行われた古本譲渡会だった。
お金がないために、他の家の子どもと同じようにおもちゃを買い与えることができない、
せめてその代わりに…とお母さんが立ち寄って本を持って帰ってきてくれたのだ。
当時はもう少し本を欲しがる人が多くて、物語や図鑑などは人気でもう見当たらなかったそうだ。
そこで仕方なく自分も学べる薬学の本を持ち帰ったのだが、まさかそれに熱中するとは。
今では笑い話だが、私にとってみれば大好きな本と触れることになったきっかけなのは確かだ。
「どんな本が来るのかも楽しみだけど、譲渡会が開かれるかどうかも楽しみね。」
「うん。」
新しい本が来たらもちろん借りにも行くけれど、譲渡会で古本をもらうことができれば、
気になった部分や重要な部分に書き込むことができる。
何度も読み返したい本をもらうことができれば…。
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