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捨てるのは犯罪です
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この状況、俺は一体どうしたらいいんだ。まずこの人…人だよな?生きてる人間だよな?話しかけるべきなんだろうか。それとも気配を消して立ち去るべきなのだろうか。幸い向こうはこちらに気づいた素振りはないし…。
元々あまり頭が良くない自覚はあるし、さらに酒まで飲んでまともに考えがまとまるはずはない。それでも考えないわけにもいかず、ぐるぐると思考が頭の中を迷走し、終いには自分の子どもの頃からの思い出まで走馬灯のように思い浮かんできた。最後に思い出したのは、『東京はぁ、おっかねぇとごろだがらねぇ』と話す田舎の母親の姿だった。
俺は、何としても帰らなければならないんだ…!
「君も、捨てられちゃったの?」
急に聞こえた声に思わずビクリと肩が跳ねる。息を殺して相手を窺うも振り返る様子はない。
…幽霊も独り言とか、言うんですかね…?
「にゃー」
「…猫?」
「え?」
「あ。」
張り詰めた世界の中で聞こえたのは、何とも不釣り合いな可愛らしい猫の声。思わず反応してしまい、慌てて口を押えるももう遅かった。振り返った相手とがっつり目が合ってしまった。
雨足も徐々に強まってくる中、互いにどうすることもできずに固まっていると、世界を再び動かしたのはやはり猫の声だった。俺の方からは女性―おそらく生きていると思われる―の陰になって見えなかったが、恐る恐る視線を向けるとそこには段ボール箱に入れられた子猫がいた。申し訳程度にタオルらしきものが敷かれているが、この程度では雨は防ぎようがないだろう。先ほどから鳴いているのは、直接雨にあたって体が冷えてきているからなのかもしれない。そこまで思いついた時、しゃがみこんでいた女性が来ていたジャケットをおもむろに脱ぎだした。そしてそのままジャケットを子猫を覆うように段ボール箱にかけた。
自分の上着を雨避け代わりにする気なのか。ブラウスとパンツスーツ姿となった女性の肩を、雨が濡らしていく。
いやいやあまりにも軽装過ぎるだろ…!いろんな意味で!
「ごめんね、今これしかできなくて。」
「…あんた、何でこの猫に構うんだよ。あんたの猫じゃ…ないんだろ。」
「え、あぁ違います。この子はここで初めて。何で、かぁ。うーん…、特に何も。何となく?気になっちゃって。」
子猫が濡れないように、隙間ができないように丁寧に上着をかけている女性を見ていると、俺一人だけ立ち去るわけにはいかなかった。子猫を捨てに来た人間には見えなかったが、ただ単に捨てられていた子猫が「何となく」気になって、って…。自分が濡れるってのにか。東京じゃさすがに雪は見なくなったが、この時期、この時間帯の雨は、薄着の人間が浴びるにはまだかなりきついだろう。
「その猫拾っていく気か?悪いこと言わねぇ、止めといたほうがいいぞ。」
「拾っては、行けないんです…。私、家なくて。」
「は?」
「だからせめて、できる事をっていったらこれしかなくて。恥ずかしい限りです。」
おいおいこの人、子猫より自分のこと心配した方がいいんじゃねぇのか…。こんな時間に、こんな人気が無いところで、行く当てがない?どんな状況になったらそんなことになるんだよ、知りたくないけども!何がしかに巻き込まれる気がするから聞きたくないけども!さぞ変な人間かと思えば、こっちを振り返りはしないけど質問には律義に応えるし。何なんだよこの人、思い描いてた不審者とは別方向に怪しい…。
そうこうしている間にも、女性は雨にさらされて下着であろう紐がブラウスの下から透けているのを見てしまって、恥ずかしさがこみ上げてきて視線を逸らす。
俺はここで突っ立って何してんだ。
深く息を吐くと、覚悟を決めて自分が着ていた薄手のダウンジャケットを脱いで女性に頭から被せた。
覚悟が何の覚悟かって?最悪警察に通報されるって覚悟だよ。…まぁでも、この人はそういうことしなさそうだなって、何となく思うけど。
「へっ!?何!何です!?」
「あんた猫のこと考えるより自分のこと考えろ!とにかく、俺のアパート目の前だから一旦来い!」
「え、あ、いやでも…。この子が…。」
「猫も一緒でいいから!」
知らない男に話しかけられて、何か頭から被せられて、家に連れ込まれようとしてるってのに、この期に及んで子猫の心配かよ!大丈夫か!?半ば自棄になりながら子猫の入った段ボール箱を抱えて、女性について来いと声をかけてアパートへとずんずん歩いていく。面倒なことになるんだろうなぁ、と内心ため息をつきながら部屋の鍵を取り出した。
元々あまり頭が良くない自覚はあるし、さらに酒まで飲んでまともに考えがまとまるはずはない。それでも考えないわけにもいかず、ぐるぐると思考が頭の中を迷走し、終いには自分の子どもの頃からの思い出まで走馬灯のように思い浮かんできた。最後に思い出したのは、『東京はぁ、おっかねぇとごろだがらねぇ』と話す田舎の母親の姿だった。
俺は、何としても帰らなければならないんだ…!
「君も、捨てられちゃったの?」
急に聞こえた声に思わずビクリと肩が跳ねる。息を殺して相手を窺うも振り返る様子はない。
…幽霊も独り言とか、言うんですかね…?
「にゃー」
「…猫?」
「え?」
「あ。」
張り詰めた世界の中で聞こえたのは、何とも不釣り合いな可愛らしい猫の声。思わず反応してしまい、慌てて口を押えるももう遅かった。振り返った相手とがっつり目が合ってしまった。
雨足も徐々に強まってくる中、互いにどうすることもできずに固まっていると、世界を再び動かしたのはやはり猫の声だった。俺の方からは女性―おそらく生きていると思われる―の陰になって見えなかったが、恐る恐る視線を向けるとそこには段ボール箱に入れられた子猫がいた。申し訳程度にタオルらしきものが敷かれているが、この程度では雨は防ぎようがないだろう。先ほどから鳴いているのは、直接雨にあたって体が冷えてきているからなのかもしれない。そこまで思いついた時、しゃがみこんでいた女性が来ていたジャケットをおもむろに脱ぎだした。そしてそのままジャケットを子猫を覆うように段ボール箱にかけた。
自分の上着を雨避け代わりにする気なのか。ブラウスとパンツスーツ姿となった女性の肩を、雨が濡らしていく。
いやいやあまりにも軽装過ぎるだろ…!いろんな意味で!
「ごめんね、今これしかできなくて。」
「…あんた、何でこの猫に構うんだよ。あんたの猫じゃ…ないんだろ。」
「え、あぁ違います。この子はここで初めて。何で、かぁ。うーん…、特に何も。何となく?気になっちゃって。」
子猫が濡れないように、隙間ができないように丁寧に上着をかけている女性を見ていると、俺一人だけ立ち去るわけにはいかなかった。子猫を捨てに来た人間には見えなかったが、ただ単に捨てられていた子猫が「何となく」気になって、って…。自分が濡れるってのにか。東京じゃさすがに雪は見なくなったが、この時期、この時間帯の雨は、薄着の人間が浴びるにはまだかなりきついだろう。
「その猫拾っていく気か?悪いこと言わねぇ、止めといたほうがいいぞ。」
「拾っては、行けないんです…。私、家なくて。」
「は?」
「だからせめて、できる事をっていったらこれしかなくて。恥ずかしい限りです。」
おいおいこの人、子猫より自分のこと心配した方がいいんじゃねぇのか…。こんな時間に、こんな人気が無いところで、行く当てがない?どんな状況になったらそんなことになるんだよ、知りたくないけども!何がしかに巻き込まれる気がするから聞きたくないけども!さぞ変な人間かと思えば、こっちを振り返りはしないけど質問には律義に応えるし。何なんだよこの人、思い描いてた不審者とは別方向に怪しい…。
そうこうしている間にも、女性は雨にさらされて下着であろう紐がブラウスの下から透けているのを見てしまって、恥ずかしさがこみ上げてきて視線を逸らす。
俺はここで突っ立って何してんだ。
深く息を吐くと、覚悟を決めて自分が着ていた薄手のダウンジャケットを脱いで女性に頭から被せた。
覚悟が何の覚悟かって?最悪警察に通報されるって覚悟だよ。…まぁでも、この人はそういうことしなさそうだなって、何となく思うけど。
「へっ!?何!何です!?」
「あんた猫のこと考えるより自分のこと考えろ!とにかく、俺のアパート目の前だから一旦来い!」
「え、あ、いやでも…。この子が…。」
「猫も一緒でいいから!」
知らない男に話しかけられて、何か頭から被せられて、家に連れ込まれようとしてるってのに、この期に及んで子猫の心配かよ!大丈夫か!?半ば自棄になりながら子猫の入った段ボール箱を抱えて、女性について来いと声をかけてアパートへとずんずん歩いていく。面倒なことになるんだろうなぁ、と内心ため息をつきながら部屋の鍵を取り出した。
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