海の小舟と君と僕

ふくまめ

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姿

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「良太君の思うセイレーン像ってどんなものか、教えてもらってもいい?」
「はぁ…。とは言っても、大したことは…。
 まず、見た目はやっぱり人魚みたいに下半身が魚で、上半身は美しい女性。それで歌がとっても得意で、通りかかった船乗りたちをその歌声で誘惑してしまう、みたいな感じですかね。」
「うんうん、なるほどね。まぁざっくりとは合っているかな。確かに俺たちは船乗りたちによくちょっかいを出していたよ。その界隈じゃ有名だった。」
「何ですか、その地元じゃ有名なワルだったみたいな言い方。…ロイさん、本当に自分はセイレーンだって言うつもりですか?」
「本当だって。嘘じゃないよ。」

疑いの眼差しを向けている僕を、苦笑しながらなだめるロイさん。だってしょうがないじゃないか。いくら整っている見た目だからって、その正体が怪物ながらも美女設定のセイレーンだなんて…。
夢が壊れるじゃないか!ゲームに出てくるモンスターの中でも結構気に入っていたのに…!

「時に良太君。君は世界史は得意?」
「へ?いや…人並み…だと思いますけど。」
「人間の歴史を振り返る上で、航海術、船による恩恵は語らずにいられないわけだよ。この国も島国だし、海は切っても切れない関係だよね。」
「そうですね…。」
「船を扱うようになった当初は、もちろん近場で使った。遠出するようになったのは、徐々に技術が進歩してから。初めは目視できるものを航海する上での指針として用いた。それは星かもしれないし、陸地だったかもしれない。
 さて良太君。今も船は物や人を運ぶ乗り物として重宝されているけれど、昔と比べればとてつもなく長い距離を進むことができるようになったよね。それはなんでだと思う?」
「えぇ…?何か…便利なものが開発されたから?」
「その通り。便利な物っていうのは羅針盤だね。もちろん現在の航路を開拓するまでには多くの人の努力や犠牲があっての物なんだけれど。
 ともかく、羅針盤が開発されたことで、船に関わる人間たちに激震が走ったわけなんだよ。とんでもない革命だった。それは、人間でない俺たちにとってもね。」
「はぁ…。」

そういえば、歴史の選択問題でよく羅針盤って出てきたような気がする。教科書の上だとさらっと進んでしまっていたけど、当時の人たちにしてみれば最新の技術。海を生活基盤にしている人たちにしてみれば、とんでもない話だっただろうな。僕たちにしてみれば、スマホ1つで目的地までナビしてくれるようなものだろうか。

「俺たちもさ、近くを通りかかってくれる人間にちょっかい出すわけだからさ、まずは船が通りかかってくれないと。俺たちも海沿いで生活しているとはいえ、そんなに沿岸まで出張っているわけじゃないんだ。羅針盤によって航路が陸地から離れたところを取ることができるようになって、劇的に船乗りたちとの遭遇しなくなった。」
「…それが、何か…?」
「だけども、船乗りたちの間で昔から言い伝えられた恐怖心ってのは、そう簡単には変わらないわけだよ。船乗りたちを惑わす怪物、セイレーンのお話は少しずつ形を変えながら残っていったんだね。
 その変わっていった部分の中に、姿かたちっていうのが含まれているわけなんだ。」
「じゃあ、僕が知っている人魚みたいな見た目って…。」
「元々の姿から変化した後の、ってことだね。俺たちは本来、鳥なんだよ。」
「鳥!?」

鳥と人魚に何の関係が!?え、待って、人魚の魚部分が鳥なんだったとしたら…。
人面鳥じゃん、結構キモイ!想像しなけりゃよかった!

「海鳥とは言え、陸から離れて生きるってのはかなり難しいんだよ。海面で休むことになったら、かなり無防備になってしまうし。まぁ、中にはアホウドリみたいな難儀な奴らもいるけど。」
「アホウドリ?」
「あいつらは体もでかいし飛べる距離もかなり長いんだけど、飛び立つために長い助走が必要だし、海面に浮いている間はほぼ逃げない。浮いている時には簡単に捕まっちゃうんだよね。陸にいればいいのに。」

何だその鳥業界の苦労話。

「いくら飛ぶのが得意だからって、陸から離れすぎちゃ生きていけないんだよ。だから俺たちも、生活圏はあくまで海岸線。船乗りたちも羅針盤が開発されるまで、陸地に沿うように船を進めていたから俺たちと遭遇しやすかったわけね。」
「それが、陸から離れても目的地に向かいうことができるようになった。」
「そう。そのおかげで、俺たちはとんとちょっかいをかける機会が少なくなってしまったのさ。それでも船乗りの間では、恐ろしい怪物の話は語り継がれている。どうやってつじつまを合わせるか。鳥ではなく魚の体を持てば、船がどんな進路を取ろうが遭遇する可能性が出て来るってわけさ。あくまでも、諸説ありって感じだけど。」
「はーなるほど…。」

セイレーンは人間の技術の進歩によって姿が変わってしまったというわけか。怪物の活動範囲を広めたことで、離れた地域の船乗りたちにも無関係ではないと思わせ、より伝承が広がったのかもしれない。別に有名になったからどうってことでもないのかもしれないけど、世の中何があるか分からないもんだな。
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