平和の狂気

ふくまめ

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人類の進歩⑪

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「…本気で言っているの?」
「あぁ…。」

研究の紹介も終了し、メアリちゃんとの楽しかった時間もあっという間に終わってしまった。私の憧れだった絵だって、とってもいいと思うって言ってくれたあの子はまさしく天使だ。
しかしその幸せな時間も長くは続かなかった。宿泊していったメアリちゃん一行も見送り、すっかり静かになってしまったリビングで、私とロロは向かい合って座っていた。役人たちを見送ったロロから、メアリちゃんたちも帰った後で大事な話があると言われていたのだが…。

「私の研究は何のためにやっていたか、分かっているでしょう?魔獣による被害や事故が無くなるようにしているのよ。それを…!」
「分かっているよ。…でも、彼らは別の目的でも使えるんじゃないかと言ってきたんだ。」
「別の方法って…これは魔獣に投与する薬品の研究よ?それを人間に転用できないかって、正気なの!?」
「正気も何も、彼らはもうそんな境地にはいないのだろう…。」
「何てこと…。」

先日、私の研究を紹介した際に役人から使用用途について指摘されたのだという。私は魔獣被害を少なくしようと、これまで魔獣の生体の研究、忌避剤の開発などを行い、今回満を持して魔獣自身に投与することで興奮を抑制できる成分の開発に辿り着くことができたのだ。この研究をもっと進めば、魔獣に遭遇しても一時的に興奮を和らげて逃げるまでの時間を稼ぐことができるかもしれない。戦時中今、軍内では一部の魔獣を戦場に投入する動きもあると噂で聞いたこともある。正直、戦争のあれこれに興味はないが、もしかしたらそこで調教する必要のある魔獣の扱いがより効率よく行える、なんてことも…。
しかし、今回聞いた話は私の想像の遥か上。その成分を人間に投与したらどうなるのか、なんてことを抜かし始めたというのだ。

「…戦争が長く続きすぎたせいで、国民全体が疲弊している。それは戦地に向かう軍人であろうと、そうだろう。もしかしたら、もっと多く人材を確保するために、多少強引にでも徴兵するつもりなのかもしれない。」
「今だって決して希望者だけで軍が成り立っているわけではないでしょう!」
「…。」
「私は反対よ。どう言われたのか分からないけど、これはあくまで魔獣に向けての研究なの。人間を服従させるためのものじゃない。戦力が欲しいなら、それこそ魔獣の投入を本格的に視野に入れて動いたらいいのよ。」
「…そうかもしれないね…。」
「…ごめんなさい、あなたに当たっても仕方がないのに。もうこの話はよしましょう。」
「あぁ…。」

弱弱しく返すロロに罪悪感が募る。もとはといえば、研究した本人だというのにその場にいなかった私が悪いのだ。ただ説明するように任されただけのロロに、役人からの圧力をどうこうするように求めるなんて厚かましいにも程がある。
ともかく、またこんなふざけたことを言ってくるようなら、今度こそ私がガツンと言ってやらないと。それを忘れないためにも、しっかりと記録を残しておかないと。
それから、明日になって頭が冷えたら、もう少しロロにしっかり謝ろうと思う。
勢いに任せて強く言い過ぎてしまったと。
これからも、たくさん人が安心して生きていくための研究を、一緒にしていきたいと。



「…これが、最後のページだ。」
「…続きはないのか。」
「ない。…これを読んで、メアリちゃんはどう思ったの?」
「…昔を思い出して、懐かしくなりました。でも、それにしては最後があまりにもその…不穏で…。」
「…。」
「何もなければいいんです!私の思い過ごしで、おばさんは何か…こう、事故や病気で亡くなってしまったんだと、そうであれば、いいなって…。」
「確かに、習慣的に書いていたはずの日記が、こんな終わり方をしているんだったら勘繰っちまうわな…。」
「この話の中に出ていた、魔獣に投与する薬品。同じものかは分からないが、聞いたことがある。」
「え!?」
「だが、俺はその分野に明るくなくてな。よくは分からない。確かに戦力不足は度々問題になっていたが、それは相手も同じこと。ここに書かれている内容が真実かどうかは…。」
「真実だったとして、それがなんだってんだ?…ま、想像できるけど。」
「…おばさんが亡くなったのは、この研究を巡って。研究方針について役人方と争うことになり、殺された…。」

日記を囲んでいた私たちの間に、嫌な沈黙が漂っている。
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