30 / 33
人類の進歩⑨
しおりを挟む
窓の外から人の生活する音が聞こえてくる。空に意識を向けると、さっきまで暗かったはずだがすでに明るくなっている。
あぁ、またやってしまった。
そう思うと同時にドアをノックする音が聞こえ、返事をする。その声が自分が思った以上にかすれていて驚く。辛うじて返すことができた応答が聞こえたのか、部屋に入ってきた人物は私の姿を見て苦笑する。
「また徹夜したみたいだね、ルナ。」
「えぇ…そのつもりはなかったんだけど。」
私の夫、ロロが差し出してくれたコーヒーを一口。知らず知らずのうちに体が緊張していたのか、身をよじるだけでバキバキと体が悲鳴を上げ始める。
もう私も無理できない歳なのね、認めたくないけれど。
私の発言を聞いて、ロロはわざとらしく肩をすくめてやれやれとため息をつく。
「まったく…。君はついこの間、私に同じような説教をしたばかりじゃないか。そんな君が、こんな様子じゃあね。」
「ふふ…そうね、ごめんなさい。気をつけます。」
「ぜひそうしてくれると嬉しいよ。」
お互い研究を行っている身として、実験の状況によっては中断することも、その場を離れることもできない場合があることは理解しているつもりだ。だがそれを許容し続けていては身が持たない。私たちは人間なのだから、限度というものがある。こうして無理をしてしまった日は、互いに注意しあうことも見慣れた光景だ。
私たち、本当に似たもの夫婦なのね。
「明日はお客さんがたくさん来るんだ。体調管理はしっかりしないと。」
「そうね。なんてったって、愛しのメアリちゃんが来てくれるんですもの!」
「私たちの研究を見に来る役人のことを忘れないでやってくれよ?」
「もちろん。でも、そっちはあなたが対応してくれればいいじゃない。私はメアリちゃんに会えることの方が楽しみよ!」
「やれやれ…本当にあの子が大好きだな。」
「えぇ!この間完成したばかりの絵を自慢するの!」
「た、頼むから内密にな…!あれはその、少し恥ずかしいんだ…!」
焦ったように私をなだめにかかるロロに、思わず笑いがこみ上げてしまう。完成したばかりの絵というのは、私の長年の憧れ、夫婦の肖像画のことだ。お金持ちの家って、エントランスに入ってすぐの正面に家族の肖像画を飾っているようなイメージがあるじゃない?昔からそういったシチュエーションに憧れがあったのだ。なんていうか、幸せな家族、みたいな。この気持ちは夫にはなかなか理解できなかったようだけど、最終的には『君がそうしたいなら』って折れてくれた。ただし、エントランスに飾るのだけは勘弁してくれって条件付きだったけど。恥ずかしがり屋なのよね。
もちろん、私も見せびらかしたいわけじゃなくて、家族が寄り添っている絵を描いてほしいという思いだったから、その条件には抵抗しなかった。…でも、誰かには自慢したいから今度来てくれるメアリちゃんに聞いてもらおうっと!
「明日が楽しみね。…今日はゆっくりして、明日に備えましょうか。」
「あぁ、そうしようか。片づけなんかは午後からにしよう。君は徹夜した分少し休まないと。」
「ふふ、ありがとう。あ!でも私が休んでいる間に片づけをしようとしないでね?あなた研究以外の部分は不器用なんだから。」
「わ、分かっているよ…。自分の使っているスペース以外には手を出さない。これでいいかい?」
「えぇ。…ねぇ、私とっても幸せだわ。」
「…あぁ。」
穏やかな日常だ。何十年も戦争し続けているとは思えないような、幸福に満ちた日々。こんな日が続いてくれればいいと心から願っている。
だからこそ、私たちは研究を続けている。
あぁ、またやってしまった。
そう思うと同時にドアをノックする音が聞こえ、返事をする。その声が自分が思った以上にかすれていて驚く。辛うじて返すことができた応答が聞こえたのか、部屋に入ってきた人物は私の姿を見て苦笑する。
「また徹夜したみたいだね、ルナ。」
「えぇ…そのつもりはなかったんだけど。」
私の夫、ロロが差し出してくれたコーヒーを一口。知らず知らずのうちに体が緊張していたのか、身をよじるだけでバキバキと体が悲鳴を上げ始める。
もう私も無理できない歳なのね、認めたくないけれど。
私の発言を聞いて、ロロはわざとらしく肩をすくめてやれやれとため息をつく。
「まったく…。君はついこの間、私に同じような説教をしたばかりじゃないか。そんな君が、こんな様子じゃあね。」
「ふふ…そうね、ごめんなさい。気をつけます。」
「ぜひそうしてくれると嬉しいよ。」
お互い研究を行っている身として、実験の状況によっては中断することも、その場を離れることもできない場合があることは理解しているつもりだ。だがそれを許容し続けていては身が持たない。私たちは人間なのだから、限度というものがある。こうして無理をしてしまった日は、互いに注意しあうことも見慣れた光景だ。
私たち、本当に似たもの夫婦なのね。
「明日はお客さんがたくさん来るんだ。体調管理はしっかりしないと。」
「そうね。なんてったって、愛しのメアリちゃんが来てくれるんですもの!」
「私たちの研究を見に来る役人のことを忘れないでやってくれよ?」
「もちろん。でも、そっちはあなたが対応してくれればいいじゃない。私はメアリちゃんに会えることの方が楽しみよ!」
「やれやれ…本当にあの子が大好きだな。」
「えぇ!この間完成したばかりの絵を自慢するの!」
「た、頼むから内密にな…!あれはその、少し恥ずかしいんだ…!」
焦ったように私をなだめにかかるロロに、思わず笑いがこみ上げてしまう。完成したばかりの絵というのは、私の長年の憧れ、夫婦の肖像画のことだ。お金持ちの家って、エントランスに入ってすぐの正面に家族の肖像画を飾っているようなイメージがあるじゃない?昔からそういったシチュエーションに憧れがあったのだ。なんていうか、幸せな家族、みたいな。この気持ちは夫にはなかなか理解できなかったようだけど、最終的には『君がそうしたいなら』って折れてくれた。ただし、エントランスに飾るのだけは勘弁してくれって条件付きだったけど。恥ずかしがり屋なのよね。
もちろん、私も見せびらかしたいわけじゃなくて、家族が寄り添っている絵を描いてほしいという思いだったから、その条件には抵抗しなかった。…でも、誰かには自慢したいから今度来てくれるメアリちゃんに聞いてもらおうっと!
「明日が楽しみね。…今日はゆっくりして、明日に備えましょうか。」
「あぁ、そうしようか。片づけなんかは午後からにしよう。君は徹夜した分少し休まないと。」
「ふふ、ありがとう。あ!でも私が休んでいる間に片づけをしようとしないでね?あなた研究以外の部分は不器用なんだから。」
「わ、分かっているよ…。自分の使っているスペース以外には手を出さない。これでいいかい?」
「えぇ。…ねぇ、私とっても幸せだわ。」
「…あぁ。」
穏やかな日常だ。何十年も戦争し続けているとは思えないような、幸福に満ちた日々。こんな日が続いてくれればいいと心から願っている。
だからこそ、私たちは研究を続けている。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。



もう死んでしまった私へ
ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。
幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか?
今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!!
ゆるゆる設定です。

ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる