平和の狂気

ふくまめ

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人類の進歩⑧

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「いやーやってもやっても、キリがないぜ…。おいギル、お前のご自慢の剣の腕でズバッといけたりしないもんかねぇ?」
「できるか。第一、俺が得意なのは剣術じゃなく槍術だ。」
「どうだっていいんだよそんなことはぁ!俺様はさっさとこの草に埋もれる状態を何とかしたいのぉ!」
「分かったから、落ち着け…。…どうかしたか?」

外から二人が戻ってくる気配がするが、私は項垂れたまま返事もできずにいた。

「え?…ちょっとちょっと、どうしたのよメアリちゃん。何かあったの?」
「…これ…。」
「これ…ってノート?埃かぶってるみたいだけど…、これがどうかしたの?」
「…これ、おばさんの物みたいなんです。さっき、それらしい部屋を見つけて。」
「夫人の?…しかしそれがどうしたんだ。この家に住んでいたんだから、夫人の所有物が出てくるのは不思議じゃないだろう。実際、趣味だったという食器もたくさん出てきているし。」
「…思えば、変だったんです。」
「変?何が?」
「この家が。おばさんがいないから荒れてしまったって、いつからこの状態なんです?手入れができていないとはいえ、今も人が住んでいる家が、短期間でこんなにも荒れますか?」
「…。」
「…どういうこと?」
「おばさんはかなり前に亡くなっていた。でも、そうだとしたら、どうして私たちは知らなかったの…?私たちに知らせることができない、何か事情があるはず…なんて、興味本位でこのおばさんの日記を見てしまって、そこに書かれていた内容から考えてしまっただけなんですけど…。」
「…それ、俺様たちも読んでも?」
「…どうぞ。」

ここにお世話になって感じた、おじさんへの寂しさと違和感。それに目を向けないようにしてしまっていたのかもしれないが、少しずつ歪な部分がはっきりしてくるようだった。荒れ過ぎた館、亡き奥方に無関心な夫、私たちに言えない事情、国からの処分を免れている研究。
おばさんに申し訳ないと思いながらも、単純な興味で日記を手に取りページをめくったのは本当だ。だけど、もしかしたらこの日記に、このもやもやをはっきりさせる何かが残されているかもしれない。そういう気持ちがなかったわけでもない。そう話すと二人も何か思い当たることがあるのか、静かに埃を払ったソファへと腰を落ち着けた。呼吸を一つ、気持ち沈めるとロランさんが差し出した手に、おばさんの日記を乗せた。

『――この世の地獄がやってこようとしている。
長年戦争を続けているこの国に、これ以上の地獄があろうかと思っていたが…。まだ私の知らない世界もあったということだ。…知らずに済めば、どれだけよかったか。
この国の奴らは、私たちの研究を欲しがっている。私たちは、この研究が平和のために使われると、役に立てると思ってやってきたというのに、奴らはそんなこと考えもしていなかった!
私たちの研究、こんなことのために使われるはずじゃないのに…!』

おばさんも、おじさんほどではないにしろ共同研究者としてともに研究に携わっていたはず。そんな彼らの研究、私の記憶でもお偉いさんが訪ねてくるほど価値があるはずなのだ。この文面からすると、本人たちの意思とは無関係に平和利用されないであろうことが推察できてしまうが。
徐々に険しい表情になっていくロランさんは、静かにページを進めた。
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