平和の狂気

ふくまめ

文字の大きさ
上 下
21 / 33

愛してる⑧

しおりを挟む
兵士がこの集落に訪れていると聞いてから、私たちはすぐにこの場を離れるという方針で固まった。兵士の目的がはっきりしないとはいえ、お尋ね者の私たちが遭遇するようなリスクは避けたい。
正直、エリザもルイズも置いていくことになってしまうことが心残りではあるが。ここから連れ出しても、お尋ね者として追われる立場になってしまう。これは最善とは言えないだろう。

「…よし、忘れ物はないな?もしあっても取りに帰ってこれないし、送ってもらうこともできないからなー。」
「なんて呑気な。」
「そもそも俺たちは旅をしているんだから、送り先がないだろう。」
「そういうことじゃないんですよ、ギルさん。」

荷物を再確認して、問題なし。いつでも出発できる状態にはしたが、危機感のないロランさんの声掛けやギルさんの返事に緊張感が緩んでしまいそうだ。
いかんいかん、これは逃走劇なわけなのだから。気を引き締めていかないと。

「…お姉さんたち、行っちゃうの?」
「えぇと…。」

エリザがおずおず、といった様子で話しかけてくる。この状況、私たちの立場から察する部分があるのだろう。「ここにいて」とか「連れて行って」とかは言い出さなかったが、こちらを見つめる二つの両目からはそういった感情が感じ取れるような、そんな印象を持ってしまう。これは私の勝手な想像なのだろうか。
どう返事をするべきなのか、分からない。

「…えっと、あのね…。」
「うし、こっちも荷造り完了!じゃあな二人とも、元気でな!」
「気をつけてな。」
「え、え?」

何とか返事をしなければ、その考えを遮るようにロランさんとギルさんはさっさと宿を出てしまった。そのあまりの潔さに慌てて追いかける。一拍遅れるようにして、エリザとルイズもついてきた。

「ちょ、ちょっと、二人とも!いいんですか!?」
「いいんですか、とは…どういうことだ?何か問題があったか?」
「あの子たちをこのまま置いて行っていいんですか?何かあったら…。」
「メアリちゃんの言いたいことはまぁ分かるが…俺様達の状況を考えると、これ以上できることは何もない。最後まで責任を持つことができないなら、最初からするべきじゃないよ。」
「…でも。」

ここ数日間を過ごした仲だというのに、あまりにあっさりとした別れのように思えて二人の行動に戸惑いを覚える。私たちは追われる身。そんな人間とこの子たちが一緒の行動すれば、厳しい生活になることは間違いない。でも、だからと言って…。

「…いいよ、お姉さんたちに良くしてもらって、あたしたち本当に嬉しかった。感謝してる。」
「いろんなことも教えてもらったし。」
「おうガキンチョ、感謝しろよ?お前がもしまかり間違って身を立てることができたら、この俺様の部下として『幼少の頃にお世話になりました』と身を粉にして働くことができる権利を与えよう。」
「どんな権利だよ!…まぁ、もし機会があったら…。」
「…本当にいいのね。」
「うん。」
「あたしたち、二人でやっていける。ここまでだって、二人だから頑張れたんだから。」
「…。」
「思うところがあるのは分かるが、ロランの言い分が現実的だ。俺たちの旅に巻き込むのは勧められない。」
「…はい、分かりました…。」
「納得してないって顔だなぁ、メアリちゃん。そんな優しいところもいいんだけど!」

後ろ髪を引かれながらも、エリザとルイズと別れようとしていると、少し離れた建物の影から現れた人影がキョロキョロと辺りを見回しているのが見えた。
まずい。

「…そこのお前たち、」
「んじゃーお二人さん、そういうことで!行くぞーお前たちぃ!」
「え、え?」
「…達者でな。」
「お兄さんたちも。」
「元気でね、お姉さん。」
「…。」

こちらに気がついたらしい人影が、何かを口走りながら向かってくる。それに気がつかないふりをしながら、ロランさんは足早にこの場を後にする。それにギルさんも続く。双子たちに小さく声をかけるが、返事も控えめだし目線も合わせようとしない。ここで私は、この双子と私たちが親密な関係にあることを悟られないよう配慮しているのだと気がついた。
私はつくづく、穏やかなところで生活していたんだと思い知らされる。エリザとルイズは即座に対応していたし、こういった修羅場を潜り抜けた経験があるのだろう。私よりも、随分若いだろう二人なのに。

「おい待て!貴様ら…!!」
「タスケテー、オニイサン!」
「あたしたち、あの人たちにキョーヨーされてたの!」
「え?あ、こら…!」
「コワカッター、コワカッタヨー!」
「タスカッター!」

急いで離れる私たちの背後で、追いかけてこようとした何者かに縋るエリザとルイズの声が聞こえる。
まるで足止めをするかのように。

「…まったく、相手に自分がどう見えてるのか考えて行動しろって教えたのに、あの演技じゃあなぁ。ま、及第点ってとこか。」

集落の影が見えなくなり始めた頃、ロランさんが小さくつぶやいた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

処理中です...