平和の狂気

ふくまめ

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愛してる②

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「失礼しました、押しかけてしまいまして…。」

恐る恐る対応に向かったロランさんは、ほどなくして声の主であろうを少女を連れて戻ってきた。
大きなカバンを抱えたその子供は、ニコと名乗った。

「それで、ニコちゃんは旅人相手に商売してるってこと?」
「そうなんです。…といっても、薬草や花を売っているだけなんですけど。」
「いやいや、それだって…結構大変でしょ…。」
「あ、あはは…。」

ニコは苦笑しているが、話を聞いているロランさんの表情は暗い。
ニコはボロボロだった。体のあちこちに巻かれた、薄汚れたよれよれの包帯が痛々しい。

「あたし、まだ子供だからできる仕事ってあまりなくて。それで、この仕事をしてみたんですけど…。」
「…一人か?」
「…双子の弟と、その、お世話になっている人が。」
「…そうか。」
「でも、今弟はケガしてて…だからあたしが頑張らないと!」
「弟君かぁ、それは心配だよな、ニコちゃん。…よかったら、その商品見せてくれるかい?」
「はい!もちろんです!」

ニコはカバンの中身を出しながらロランさんと商談をしている。ギルさんはしばらくニコを観察するように見ていたが、今は壁の隙間から外を確認しているようだ。

「…ギルさん。」
「外に人の気配はなさそうだ。本当に一人で来たんだろう。…姉弟を世話してるらしい人間が、少し気になるところだが。」
「…そうですか。」

相手が子供とはいえ、簡単には警戒を解かないところを見るに何かを感じ取っているのだろうか。

「…これで全部?」
「えっと…そうです…。ここ最近、あまり準備ができなくて…。」
「私も見ていいですか?少し薬草の知識があって。」
「え、あ、はい…。」

ニコが並べた商品をロランさんを眺める。抱えていたカバンの大きさから、それなりの量の薬草を取り扱っているのかとも思ったが…。量より前に質が悪い。どの薬草も変色してしまっていたり枯れてしまっていたり。中には薬草でも何でもない草が混ざっている。正確な知識がないのだろう。考えてみれば、自分よりも幼く見えるこの少女が正しい知識を持ち合わせているようには思えない。

「…あ、でもこの押し花。可愛いかも。」

かろうじて使うことができそうな薬草を探っていると、その中から短冊状に加工された押し花が出てきた。栞だろうか。この商品たちの中では、丁寧に処理されているように見える。この商品が一番価値のあるものだろう。

「これ、商品?」
「あっ、それはその、お姉さんには…!」
「え?」
「…これは商品じゃないんじゃないかな、メアリちゃん。役に立ちそうなものはあった?これからの旅も長いし、準備できるに越したことはないけど。」
「あ、お兄さんたちは、別に…。」
「俺様、こう見えて商人やってんの。残念だけど、ここで仕入れさせてもらうような商品はないかな。ごめんね。」
「…そうですか…。」

桃色の小さな花が散らされたような押し花を差し出してニコに確認すると、慌てたように奪われてしまった。てっきり商品なのだと思っていたが、ニコの様子からしてロランさんの言うように売り物ではなかったのかもしれない。
それにしては、ロランさんだったら購入できそうだというような口ぶりではあったが。
とにかく、一通り商品を確認させてはもらったが、購入に至るような質のものはなかった。せっかく来てくれたところ申し訳なくも感じるが、私たちも決して余裕のある旅ではないのだ。

「…ねぇ、ニコ。もしよかったらこのあたりの暮らしや様子を聞かせてくれない?」
「え、ここの暮らし、ですか?」
「うん、もちろんお礼はする。」
「それは、もちろんいいですけど…。」
「旅人相手に商売してるって言ってたっでしょ?だったらいろんなことを見聞きしていいるんじゃないかと思って。それこそ、私たちが行ったことのないところの話とか。」
「…そうだなぁ。俺様としては、最近の売れ筋なんかが知れたらいいんだが。」

私たちにとって非常に重要な情報、それは指名手配犯の捜索がどうなっているかだ。世間一般にどれだけ認知されているのかは分からないが、捜索のために配置されている兵士だけでなく、一般人まで躍起になって探し回っているようであれば、ここに滞在するのは非常に危険だ。そのあたりの意図を汲んでくれたのか、ロランさんも大きくうなずいてニコに話を促した。

「でも、大した話なんかできないですよ?」
「それでもいいの。代わりにそうね…そのケガの手当てをしてあげる。」
「え?」
「自分でやったの?その包帯。結構気になってて。手持ちの傷薬塗って、巻きなおすくらいだけど…。」
「そ、そんな薬なんて…!そこまでしてもらうような…!」
「いいのいいの。その代わり、俺様達にしっかり話を聞かせてくれたらいいからさ。それで?このあたりって地図には全く載ってないと思ってたんだけど、最近できたのかな?」
「は、はい…確かにここはもとは何もなかったそうですけど、とある商人が馬に逃げられてしまったことから始まったそうです。」
「馬に?何でまた。」
「それがですね…。」

少し戸惑っていた様子だったニコも、お客さんの相手を多くこなしてきたであろうロランさんの会話に自然と言葉を続けている。この様子だと、私は基本的にニコの手当てをしながら耳を傾けているだけで良さそうだ。
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