平和の狂気

ふくまめ

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出会い②

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すでに数人の兵士がこちらに注目して集まってきてしまっている。どうすればいい。さっきの女性のように、私にはこの町に知り合いなどいない。嘘をついて、適当な人間に知り合いだと声をかけてくっついていくか。いや、さっきの小競り合いで皆一様に足早に町へと入ってしまっている。都合良く流されてくれる人間ならいいが、関係ないと突っぱねられてしまえば状況は悪化するだろう。単純に兵士たちを振り切って逃げるのは分が悪い…。
こうなったら、気が違ってしまった人間のふりでもするか。発狂寸前の人間の相手なんて、誰もしたがらないだろうし。

「…。」
「…ちっ。おい、聞いているのか。」
「えっ、ちょっと…!」
「お、可愛い声じゃないか。」

しまった。つい咄嗟に反応してしまった。これではまともな奴だと思われる。腕を掴んできた兵士のにやつき顔が深まるのが分かる。

「俺の言ったとおりだろ、女だって。」
「お嬢さん、少し話を聞くだけだから。ちょっとこっちに来てくれるかい。」
「最近また厳しく監視しろって上からのお達しでねぇ。俺たちも、仕事なんだよ。」

黙れ。さっきの無様な様子を晒しておいて、よくそんなことが言えるな。周りの人間に声をかけようにも、すでに数人の兵士に囲まれてしまってよく見えない。詰所の方に移動しようと腕を引く手が痛い。まずい。このままじゃ…。

「は、離して…!」
「んー?何だい、ちょっと話を聞くだけだっていうのに。何かやましいことでもあるっていうのか?じゃあ余計話を聞かないとだなぁ。」
「なっ…!」

私一人の取り調べにしては多い人数の兵士が、ゲラゲラと下品に笑いながらついてくる。嘘でもお前ら仕事しろ!だがこの状況は非常にまずい。こいつらの思惑とは違うが、私は取り調べられるわけにはいかないのだ。

「くっ、この…。」
「あー、兵士さんたち?ちょっとよろしいです?」
「あぁ?何だ、お前。」

何とか抜け出せないかと、腕を引いたり足を踏ん張ったり、ささやかながら抵抗していると、後ろの方から声をかけられる。知らない男の声だ。兵士たちも立ち止まり、振り返って声の主を確認しているが、様子から察するに知らない人間のようだ。

「いやー毎日毎日、平和維持のために頑張っていらっしゃる皆さんには頭が下がる思いでして!私は常々、何かお返しできないかなーと考えていたんです。」
「ほぉ…。」

声の主はやけに大荷物を背負った男だった。笑顔を振りまき、芝居がかったような身振り手振りで兵士たちを労い感謝している。その様子に兵士たちも満更でもないようだ。お前たち、どうせまともな仕事してなかっただろうに。

「そこで!やっといい考えが浮かんだところなんですよ。…これ、皆さんでどうぞ。」
「これはっ!…お前、なかなか分かっているなぁ。」
「いえいえ、いつもお世話になっている身ですから。」

男が兵士にさっと手渡した革袋。じゃらりと重みのある金属音が聞こえた。兵士も一瞬驚きの表情を取るが、すぐに真顔を取り繕っている。喜色が伺えるが。
…この男、賄賂か。

「ですが、自分も生活がある身。お渡しできる分にも限りがありまして、そのぉ…。」
「何だ、言ってみろ。」
「いやね。ここだけの話、新しい店を考えていましてねぇ。それには、女の子が必要なんですよぉ。わかります?可愛い女の子が、必要、なんです。ね?」
「ほぉ…なるほどなぁ。それは大変だ。」
「それで、ご相談なんですが…。そちらのお嬢さん、自分がお預かりしてもよろしいですか?もちろん、お礼の方もしっかりさせていただきますぅ!」

にこにことしながら男は革袋をもう1つ取り出して見せる。先ほどのものよりも大きいようだ。それを見た兵士たちは小さくどよめいている。

「おい、どうする。」
「どうするったって…。」
「さっきもらった分でも、街に帰って遊ぶ分には十分だ。この女は今日の分だろ。」
「お前、どこの奴かもわからない女と街でしっかりした店の女と遊ぶのと、どっちがいいってんだよ。わかりきってんだろ!」
「じゃあ…。」
「あぁ、そういうことだな。」

下世話な会議は早々に終わり、私の身柄は革袋と引き換えになった。革袋2つ持ってニヤニヤとしている兵士たちを冷ややかに見ながら、名も知らない男に連れられて町の外へと向かう。せっかくここまで来たというのに、私の旅もこれで終わりなのだろうか。
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