平和の狂気

ふくまめ

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歴史的な日

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今日、たくさんの人が空を見上げていた。いや、正確には宙を舞う紙切れに目を奪われていた。
約80年の長い長い戦争によって、毎日俯いて歩くしかなかった私たちにとって、寝耳に水ともいえる大きな知らせが載せられていたから。

「号外!号外だよー!インブリズとアージルがついに停戦だ!この知らせを信じられない奴は、この号外を見てみろぃ!」

まだ年若い、少年といっても差し支えなさそうな人が、脇に紙の束を抱えて道を駆け抜けていく。走りながら器用に紙を空へと放っていく様はまるでおとぎ話に登場する旅芸人のようで、むしろそちらに気を取られそうになる。彼の騒々しさに一瞬呆気にとられるが、内容が内容なだけに周りの人は次々と号外へと手を伸ばす。私も道の端に落ちた号外を手に取ってみた。

『インブリズ国、アージル国停戦協定へ』
約80年に渡って繰り広げられた戦争が、停戦へと歩みだした。
両国とも新しい時代へと踏み出すべく、この忌まわしい行為に終止符を打つことを宣言された。
ただ、両国の痛みは深く根強い。国土は痛み、多くの者が死んでいった。過ぎ去った時間や失った人間は戻ってこない。
新しい時間を刻むため、停戦に先だって戦争に加担した者を処分し、両国ともに過去の非道な行いを清算なさることを宣誓された。

号外を掴んでいた手に力が入り、大々的に載せられていた両国代表が握手をしている写真がぐしゃりと歪む。
戦争に加担ですって?お前たちが始めた戦争に、私たち国民は巻き込まれただけだというのに。多くの若者が国のためにと死地に送られていったというのに!

「これ、本当かしら?」
「アージルが嘘流しているんじゃないか?」
「でも…もし本当だったとしたら、戦争はもう終わるんだよな。」
「この辛い時代は終わりよ!」
「もう怯えて生活しなくて済むんだな…!」

にわかに興奮し始めた国民たちの間を縫うようにして、裏道へと移動する。皆平和の代わりに差し出すことになる命があることは関係ないとでも言うのだろうか。とにかくこれを持って、早く両親に伝えなければ。号外の裏には、手始めに、と言わんばかりに処分されることになった戦時の英雄たちが、まるで犯罪者のように指名手配されていた。その中に、私の両親も名を連ねていた。このままでは、両親は殺されてしまう。

「お父さん、お母さん、大変!これ…って…!」

家に飛び込むようにしてドアを開けると、そこには目を疑うような光景が広がっていた。まるで強盗に入られたように部屋中が荒らされていたのだ。テーブルは倒れ、引き出しは悉くひっくり返したように中身が散らされ、母が大切に世話をしていた花まで毟られているという有様。もしかして、私は遅かったのだろうか。

「…先輩、何回確認するんです?誰もいなかったじゃないですか。」
「対象が見つかるまで何回でもだ。研究者夫妻は問題なく確保できたが、娘も捉えよとの仰せだ。」
「ひっ…。」

呆然と立ち尽くしていた私の耳に、近づいてくる話し声が聞こえる。咄嗟に奥の部屋のドアの陰に身を潜ませるが、こんなところに隠れても室内を探られれば、見つかるのは時間の問題だ。その事実を認識して心臓が早鐘を打つ。乱れる呼吸を少しでも抑えようと両手で口を覆う。幸い、家にやってきた兵士らしき2人は物陰にいる私に気づいてはいないようで、話を続けている。

「それにしても、急な話ですよね。この間まで英雄だって担いでいた人たちを捕まえるなんて。」
「…余計な事しゃべるな、どこで誰が聞いてるかわからんぞ。」
「そうは言っても…。オレ、ギルバート様に憧れてたんすよ。あんな風に強い男になりたいって!でも、今やお尋ね者ですからね…。」
「…偉いさんの考えることは、我々一般兵には考え及ばないことだ。」
「兵士なら当然憧れるし、国民からの人気だって高かったと思うんですけど。あーあ、これからどうなっちまうんだろ…。今まで国のために戦ってくれてた人たちを捕まえて。」
「…特に物が動かされた様子はなし。一度戻るぞ、他の部隊が対象を発見していないか確認しなければ。」
「了解です。」

2人の兵士は徹底して室内を確認する気はなかったらしく、ぐるりと見まわす程度で立ち去って行った。そのことに安堵するよりも先に、私を襲ったのは両親がすでに捕まってしまっていることへの絶望だった。兵士たちが家からすっかり離れてしまっても、私はへたり込んだまましばらく動けなかった。
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