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夢でありますように
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遂に各地域で戦いが始まった。
魔獣との戦いには昼も夜もなく、
ただでさえ長期戦が予想されるというのに俺たちの体力と気力は削られる一方だった。
少しでも消耗を減らすため、交代制で戦闘や警備を行うことになっているのだが、
万が一戦いが激化した場合は出撃しなけりゃいけないし、何より誰だって自分の命が惜しい。
かなりの緊張感の中で精神はすり減っていく。
「…おう、ウィル。生きてたようだな。」
「ザギルさん…。」
休んだ気のしない休憩が終わろうかという頃、警備を終えたと思われるザギルさんが天幕に入ってきた。
鎧に少し土汚れがついている、魔獣との戦闘があったのだろうか。
「何かあったんですか?」
「あー大したことはないが…。
この野営地の近くに戦闘で取りこぼした魔獣が来ていたみたいでな、そいつとちょっとな。
その魔獣自体は小さい個体だったから、特に問題なく倒せたんだが…。」
「だが?」
「…問題はこいつだよ。」
「…あ!」
どっこいしょと俺の近くに腰を下ろしたザギルさんは、この前昔から愛用していると話していた剣を抜いて見せる。
遠目に見るとその剣は、使い込まれた普通の剣のように見える。
しかしよく見てみると、剣の中心部分にヒビが走っている。
「これは…。よく折れませんでしたね。」
「あぁ、長年の相棒の意地ってやつかもなぁ。だが次はない。
今度戦いで抜いたとき、確実に真っ二つに折れちまう。」
「向こうで装備を支給してもらえますよ。近い形の武器を…。」
「そんな簡単にこの相棒に代わるやつが見つかったら、苦労はないんだがな。」
「…そうかもしれませんけど。」
ザギルさんの言い分は分かっているつもりだが、こんな状況下では妥協しなければいけないだろう。
それに、ここへ持ち込まれている物資には自信がある。
…俺が胸を張っておススメする資格なんてないけれど。
「まぁ、背に腹は代えられないよな。あとで覗いてみるさ。
それにしたって、この野営地はかなりの好待遇だよな。
雨風しのいで眠れる天蓋。無料で使える装備はあるしうまい飯だって食える。こんな環境経験したことないぞ。」
「…戦いやすいですか?」
「あぁ、段違いだね。お前さんはあまり経験がないって言ってたな。
実感ないだろうが、休める環境を作ってくれている。戦いで消耗する装備の心配もいらない。
こんなに援助してくれているんだったら、俺たちは捨て駒なんかじゃないって考えも改まるもんさ。」
数日前に冒険者の間で広まっていた噂話は、かなり下火になっていた。
要は現実としてどうなっているのか気になるというよりか、
自分たちの待遇への不満を晴らすために噂話が広まったということなのだろう。
あの時噂話をしていた冒険者たちも、もうその話題を口にすることはなくなっていた。
「…ま、それも時間の問題かもしれないがな。」
「え?」
「長期戦になればなるほど、物は消費しちまうし神経だってすり減ってくもんだ。
そのうち、今までちょっと気になる程度だった物事に死ぬほど腹が立ってくる。」
「…。」
「この作戦を考えたやつはきっとそれを分かってる。
だからこそ、ここまでの好待遇で全体の士気の低下を防ごうとしているのさ。」
メシでも食って寝るわ、と話を切り上げて食事をもらいに天蓋から出ようとするザギルさん。
疲れているだろうに、長話をしてしまったな。俺もそろそろ行かないと。
「全員起きろ!魔獣の群れだ!」
腰を上げたとたん、連絡役だと思われる兵士が野営地へと駆け込んできた。
他の天蓋からは、何が何だか分からず顔を覗かせている冒険者たちの姿も見える。
心臓の音がやけにうるさい。
食事をとろうとしていたザギルさんを見ると、適当な武器をつかみ取って野営地を出ようとしていた。
慌てて俺もその後姿を追った。
「何だこの数!」
「今まで相手にしてきた群れかよ!」
既に交戦していた警備にあたっていた奴らに合流する。
倒した魔獣がそこかしこに転がっているが、それを上回る数の大群が押し寄せていた。
こちら側の負傷者も多いようで、じりじりと後退を余儀なくされている。
疲弊している彼らと入れ替わるように、ザギルさんと俺をはじめ、野営地から加勢に来た冒険者たちが前線に出る。
「怪我人を下げろ!何人か野営地まで護衛につけ!」
「これ以上戦線を下げるな!」
「手を貸してくれ!」
まさに戦場。怒号が一気に飛び交っている。
普段から訓練している兵士たちならいざ知らず、寄せ集めの冒険者たちに簡単に指示が通るはずがない。
興奮状態のまま、目の前に迫ってくる魔獣に無我夢中で武器を振るうことしかできない。
何とか冒険者連中に前線を任せ、兵士たちで負傷者の回収・援護といった形ができあがってきた頃、
魔獣の波も落ち着き始めたように感じられる。
高揚した気持ちを抑えながら、残った魔獣を確認しようと全体を見回した。
「…マジかよ。」
ハハッと乾いた笑いが口からこぼれた。
確かに魔獣の数は減っていた。じきに残りも片づけられそうだ。
その後方からより大きな個体の群れがこちらに向けて、土煙を上げながら走ってくる。
「よう、ウィルよ…。どんなもんだった。初めての戦場ってやつは?」
「…俺、怖いです、ザギルさん…。」
「そうか。それが普通さ。これに懲りたら、もう無茶なことすんじゃねぇぞ。
お前には、心配してくれる人や帰りを待ってくれている人がいるみたいだからな。
…ここから生き残れたらだがな。」
隣に立って話しかけてくるザギルさんを見ると、
野営地を出るときに持ってきたはずの武器はなく、これまで愛用してきた剣を抜いている。
俺の墓には、こいつを立ててもらうのが夢だったんだがなぁ、と悲しそうに話す。
彼の相棒は、真っ二つに折れていた。
魔獣との戦いには昼も夜もなく、
ただでさえ長期戦が予想されるというのに俺たちの体力と気力は削られる一方だった。
少しでも消耗を減らすため、交代制で戦闘や警備を行うことになっているのだが、
万が一戦いが激化した場合は出撃しなけりゃいけないし、何より誰だって自分の命が惜しい。
かなりの緊張感の中で精神はすり減っていく。
「…おう、ウィル。生きてたようだな。」
「ザギルさん…。」
休んだ気のしない休憩が終わろうかという頃、警備を終えたと思われるザギルさんが天幕に入ってきた。
鎧に少し土汚れがついている、魔獣との戦闘があったのだろうか。
「何かあったんですか?」
「あー大したことはないが…。
この野営地の近くに戦闘で取りこぼした魔獣が来ていたみたいでな、そいつとちょっとな。
その魔獣自体は小さい個体だったから、特に問題なく倒せたんだが…。」
「だが?」
「…問題はこいつだよ。」
「…あ!」
どっこいしょと俺の近くに腰を下ろしたザギルさんは、この前昔から愛用していると話していた剣を抜いて見せる。
遠目に見るとその剣は、使い込まれた普通の剣のように見える。
しかしよく見てみると、剣の中心部分にヒビが走っている。
「これは…。よく折れませんでしたね。」
「あぁ、長年の相棒の意地ってやつかもなぁ。だが次はない。
今度戦いで抜いたとき、確実に真っ二つに折れちまう。」
「向こうで装備を支給してもらえますよ。近い形の武器を…。」
「そんな簡単にこの相棒に代わるやつが見つかったら、苦労はないんだがな。」
「…そうかもしれませんけど。」
ザギルさんの言い分は分かっているつもりだが、こんな状況下では妥協しなければいけないだろう。
それに、ここへ持ち込まれている物資には自信がある。
…俺が胸を張っておススメする資格なんてないけれど。
「まぁ、背に腹は代えられないよな。あとで覗いてみるさ。
それにしたって、この野営地はかなりの好待遇だよな。
雨風しのいで眠れる天蓋。無料で使える装備はあるしうまい飯だって食える。こんな環境経験したことないぞ。」
「…戦いやすいですか?」
「あぁ、段違いだね。お前さんはあまり経験がないって言ってたな。
実感ないだろうが、休める環境を作ってくれている。戦いで消耗する装備の心配もいらない。
こんなに援助してくれているんだったら、俺たちは捨て駒なんかじゃないって考えも改まるもんさ。」
数日前に冒険者の間で広まっていた噂話は、かなり下火になっていた。
要は現実としてどうなっているのか気になるというよりか、
自分たちの待遇への不満を晴らすために噂話が広まったということなのだろう。
あの時噂話をしていた冒険者たちも、もうその話題を口にすることはなくなっていた。
「…ま、それも時間の問題かもしれないがな。」
「え?」
「長期戦になればなるほど、物は消費しちまうし神経だってすり減ってくもんだ。
そのうち、今までちょっと気になる程度だった物事に死ぬほど腹が立ってくる。」
「…。」
「この作戦を考えたやつはきっとそれを分かってる。
だからこそ、ここまでの好待遇で全体の士気の低下を防ごうとしているのさ。」
メシでも食って寝るわ、と話を切り上げて食事をもらいに天蓋から出ようとするザギルさん。
疲れているだろうに、長話をしてしまったな。俺もそろそろ行かないと。
「全員起きろ!魔獣の群れだ!」
腰を上げたとたん、連絡役だと思われる兵士が野営地へと駆け込んできた。
他の天蓋からは、何が何だか分からず顔を覗かせている冒険者たちの姿も見える。
心臓の音がやけにうるさい。
食事をとろうとしていたザギルさんを見ると、適当な武器をつかみ取って野営地を出ようとしていた。
慌てて俺もその後姿を追った。
「何だこの数!」
「今まで相手にしてきた群れかよ!」
既に交戦していた警備にあたっていた奴らに合流する。
倒した魔獣がそこかしこに転がっているが、それを上回る数の大群が押し寄せていた。
こちら側の負傷者も多いようで、じりじりと後退を余儀なくされている。
疲弊している彼らと入れ替わるように、ザギルさんと俺をはじめ、野営地から加勢に来た冒険者たちが前線に出る。
「怪我人を下げろ!何人か野営地まで護衛につけ!」
「これ以上戦線を下げるな!」
「手を貸してくれ!」
まさに戦場。怒号が一気に飛び交っている。
普段から訓練している兵士たちならいざ知らず、寄せ集めの冒険者たちに簡単に指示が通るはずがない。
興奮状態のまま、目の前に迫ってくる魔獣に無我夢中で武器を振るうことしかできない。
何とか冒険者連中に前線を任せ、兵士たちで負傷者の回収・援護といった形ができあがってきた頃、
魔獣の波も落ち着き始めたように感じられる。
高揚した気持ちを抑えながら、残った魔獣を確認しようと全体を見回した。
「…マジかよ。」
ハハッと乾いた笑いが口からこぼれた。
確かに魔獣の数は減っていた。じきに残りも片づけられそうだ。
その後方からより大きな個体の群れがこちらに向けて、土煙を上げながら走ってくる。
「よう、ウィルよ…。どんなもんだった。初めての戦場ってやつは?」
「…俺、怖いです、ザギルさん…。」
「そうか。それが普通さ。これに懲りたら、もう無茶なことすんじゃねぇぞ。
お前には、心配してくれる人や帰りを待ってくれている人がいるみたいだからな。
…ここから生き残れたらだがな。」
隣に立って話しかけてくるザギルさんを見ると、
野営地を出るときに持ってきたはずの武器はなく、これまで愛用してきた剣を抜いている。
俺の墓には、こいつを立ててもらうのが夢だったんだがなぁ、と悲しそうに話す。
彼の相棒は、真っ二つに折れていた。
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