拝啓、隣の作者さま

枢 呂紅

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27.落ち着かない謎の感情

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「なんで先輩がここに?」

 少女漫画のヒーローのようなイケメンフェイスいっぱいに、驚きの表情を浮かべる庭野。そんな後輩に、丹原は頭の中で叫んだ。

(それはこっちのセリフだーーーー!)




 ここひと月のことは、正直あまり思い出したくない。

 庭野と美術館に行った日、眩いばかりのイルミネーションの下、なんだかよくわからないむず痒い空気に呑まれたあと。

 気力と根性でどうにかその日は乗り切った丹原だったが、翌日からダメになってしまった。つまり具体的に言うならば、まともに庭野の顔を見れなくなってしまったのだ。

 別に明確な意図があって避けていたわけではない。ただ庭野を前にすると、勝手に足が回れ右して逃げてしまうだけで。

(何やってんだ、俺!?)

 庭野を撒いて隠れた物陰の隅で、丹原は何度となく自問自答した。どうして自分は、ぜえはあと息を切らしてまで、全力で庭野から逃げているんだと。

 だが、何度考えても理由はわからなかった。明白なのは、なぜか庭野を前にすると平常心を保てなくなってしまうということだけ。

 そんなこんなで庭野とはろくに会話もないまま仕事納めを迎え、そのまま休みに入ってしまった。

 おかげで『てんこい』の2巻はどうなったんだとか、ていうか最近WEB連載の更新が空きがちだけど何かあったのかとか、気になることは山積みだというのに何一つ本人に聞くことができなかった。

 そのせいで、どれだけ悶々とした一か月を過ごす羽目になったか!

(しかもなぜか、最近SNSにも顔を出さないし……!)

 本人に連絡を取れない代わりにSNSに張り付いた日々を思い出し、ぎりぎりと歯を噛みしめる。これじゃまるでストーカーじゃないかと、自分でも嫌になったのはここだけの秘密だ。

 ――と、まあ、フラストレーションを抱えてはいたわけだけど。

(だからってまさか、近所の神社こんな場所で謎のエンカウントしなくてもいいじゃないか!!)

 冷や汗をだらだらと流しながら、丹原は顔を引き攣らせる。なんていうか、色々と準備が整っていない。具体的に言えば、心の準備とか。

 それでも、ひくっと唇の端を震わせながら、どうにか笑みを浮かべようと頑張った。

「あ、ああ。偶然だなあ、庭野。元気だったか?」

「え? いや、まあ、元気でしたけど」

「おお、そーかそーか! そりゃ、よかった!」

「……あの、先輩?」

「お、悪いな。俺はもう帰るとこなんだ」

「はい??」

「じゃあな。ゆっくりしてけよ。お参りとか」

 初詣に「ゆっくりしてけよ」とは何事か。自分でもめちゃくちゃだと思うが、それどころじゃない。くるりと背中を向けて、丹原はすみやかに鳥居の前を立ち去ろうとする。

 ――けれども。

「ちあきー! おっまたせ―!」

(げっ、姉貴!)

 タイミング悪く手を振りながらやってきた姉の夏美に、丹原は顔を青ざめさせた。その間も、姉はコンビニの袋を片手にすたすたとやってくる」

「よかったよー。あそこのコンビニ、私の好きなカフェオレがラスイチでさー。って、庭野君じゃん! どしたの、こんなとこで」

「お久しぶりです、夏美さん」

 近づいてきて初めて気づいたらしい夏美に、庭野もぺこりと頭を下げる。

 すると夏美は、丹原の胸の内などお構いなしに無邪気にはしゃいだ。

「やっだー、すごい偶然! 私たちもね、これからお参りするところでね」

「あ、馬鹿!」

 慌てて止めるが、時すでに遅し。庭野は不思議そうな顔で、丹原と夏美の二人を交互に見つめている。

 まずい。嘘をついて帰ろうとしたのがバレてしまった。さっと顔を青ざめさせた丹原は、とっさに釈明しようとした。

 事情はなんにせよ、嘘をついてまでこの場を逃げ出そうとしたのだ。気心の知れた間柄といっても、さすがに許されないことをした自覚はある。

 けれども丹原が何か言い出す前に、庭野がにこりと、まるで営業先に見せるような完璧な笑みを浮かべた。

「俺もこれからお参りするところなんです。よかったらご一緒してもいいですか?」

「え!?」

「あらー、いいじゃない! 楽しそうよね、千秋?」

 ぎょっとして身を強張らせるが、夏美がそれに気づくことはない。恐る恐る前を見れば、相変わらずにっこりと満面の笑みを浮かべた庭野がいる。

 --庭野の視線や口ぶりに、丹原を責める色はない。けれどもなぜか、かえって強い圧を感じだ。

 これは断ったら、あとで無理やり家にまで押しかけてくるかもしれない。いや、絶対そうなる。

 そのように観念をして、丹原は嘆息した。

「……かまわない。ほら、行くぞ」

「やったー!」

 さっさと歩きだせば、庭野が嬉しそうについてくる。

 夏美と話しながら後ろを歩く庭野に、いつもと変わった様子は見られない。まるで何事もなかったような態度に戸惑いつつ、動揺したのは自分だけかとほんの少し悔しくなる。

 一方で、約ひと月ぶりにまともに見る庭野の姿に、そわそわしつつも浮かれている自分がいるのも確かで――。

(って、おかしいだろ!?)

 参道を歩きながら、丹原は頭を抱えた。

(いったい俺、どうしちまったんだよーーー!)


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