拝啓、隣の作者さま

枢 呂紅

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26.初詣にトキメキを

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 カタカタ。カタカタ。

 キーボードを叩く音が、作業用BGMの合間に軽やかに響く。

 朝昼兼用でレトルトのカレーを食べてから、すでに3時間ほど経過している。キリのいいところでポンとエンターキーを押した庭野は、ビーズクッションに身を預けて思い切り伸びをした。

「つっかれたー! もう頭回んないよー」

 大声で独り言を言ってしまうのも無理はない。実家に帰っていた三が日は別として、こちらに戻ってきてからの昨日今日はほぼ缶詰状態でパソコンと向き合ってきたのだ。いくら趣味の延長とはいえ、そろそろ疲れが滲む頃である。

「……けど。また『てんこい』を書くことが出来て、すっごく嬉しいな」

 目の前の「成果」を眺めながら、庭野は思わず笑み崩れてしまう。

 ――10月末の怒涛の末に提出した、てんこい第二巻のプロット。その後しばらく加賀からは連絡がなかったのだが、晴れて12月頭、加賀と庭野が一緒に美術館に出かけた翌々日、編集会議を経て正式に2巻刊行が決まったと連絡が入ったのである。

〝ですのでポニー先生には、2巻の原稿執筆をお願いしたいのです! いやー。私、いまから新作読めるの、すっごく楽しみにしてます!!〟

 GOサインが出てすぐに電話をかけてくれた加賀の声は、庭野に負けず劣らず弾んでいた。喜びと感動に大いに燃え上がった庭野は、さっそく原稿に取り掛かった。

 先に加賀と散々打ち合わせをしてプロットを練り上げていただけあって、筆はさくさく進んだ。編集会議の結果が出るまでの間にアレコレと考えていたアイディアも練り混ぜながら、庭野は夢中になって新作を書き続けた。

 そうこうしているうちにあっという間に日は流れ、クリスマスが終わり、正月も超えた。そして今、正月休みの最終日を迎えたところで、庭野はひとつの壁にぶち当たっている。

「……けど、まいったな。書いても書いても、なーんかしっくりこないんだよねえ」

 むやみに指を動かすつもりにもなれず、ローテーブルに頬杖を突く。庭野が睨むのは、終盤の山場の大事なシーンだ。

 先月頭からずっと書いてきただけあって、原稿はすでに架橋である。けれどもここにきて、なぜか一番の盛り上がりであるべきこのシーンの描写があっさりしすぎている気がしてきたのだ。

 なぜだろう。頭の中にはこのシーンの映像がドラマティックに、それはもうハリウッドの大作顔向けな迫力で浮かんでいるのに。このシーンで得られるカタルシスには、全米が涙してもおかしくないほど特大なはずなのに。

「わーん! 俺の語彙力―、表現力―! 頼むから仕事してよー!」

 頭を抱えて、庭野は天井に叫んだ。某ネコ型ロボットの秘密道具じゃないが、カパッと頭にかぶったら、空想通りにナイスなシーンを執筆してくれる道具があればいいのに。まあ、そんなものがあったら、小説家は軒並み職を失ってしまうかもしれないけれども。

「ううーん。なんかこう、ぱーっと空から降ってこないかなー。ぎゅっと胸を射抜かれちゃうような、イイ感じのセリフとか」

 うだうだと考えるが、いかんせん疲れているのである。座っていても眠くなるばかり。お気に入りのコンビニスイーツを食べるか、気分転換に散歩のひとつでもしないと、このまま寝てしまいそうである。

 そこまで考えたところで、ぱっと庭野は閃いた。

 そうだ、いっそ気分転換に出かけてしまえ。帰りにコンビニでお菓子を買って帰ればいい。両方を叶えられる、この時期にぴったりの出掛け先があるではないか。

「近所にお参り、まだ行ってなかったもんね!」





 さて。話はだいぶ変わるが、12月に一緒に美術館に出かけたあと。

 あれ以降、なぜか丹原とあまり話せていない。

 それも、庭野の思い違いでなければ、なんとなく避けられている気がしていた。

(先輩にSS渡したいのにな……)

 仕事納めに入るまでの期間、庭野は何度となく溜息を吐いた。

 てんこい1巻にファンレターをくれた読者限定で返送した、お礼の特別SS(ショートストーリー)。加賀の太鼓判をもらったこともあり、当初の予定通り、庭野は丹原にも一枚渡そうと思って用意をしていた。

 けれども残念ながら、SSはまだ庭野のカバンに入っている。

 もとはと言えば、美術館に出かけた日に渡すつもりだったのだ。改めて考えるとなんだか照れくさいので、夕飯の時にお酒の力を借りてさりげなく渡してしまえと思っていた。

 だが、あの日。イルミネーションに輝く大通りで、自分でもよくわからない感情に突き動かされて、何かを口走りそうになったあの時。

 以降、なんとなく小説に関する話題を出しづらくなってしまったのだ。

 そう思ったのはどうやら丹原も同じだったようで、飲みに行った焼き鳥屋では、ひたすら会社の話だとか最近見た映画の話だとか、小説と関係ない話ばかりを延々としていた。

 そうやって、若干のぎこちなさを残したままその日は終了した。そして週明け。どうにか平常心を取り戻した庭野がいつも通り声を掛けようとするも、なぜか丹原には逃げられてしまう始末。
 
(俺、何か先輩を怒らせるようなこと言っちゃったのかなーーー!?)

 髪をかきむしり、庭野は心の中で何度も叫んだ。

 自分で思っていた以上に、庭野の中で丹原の存在は大きくなっていたらしい。

 あんなに毎日かまってもらっていたのに、急にぱったり相手をしてもらえなくなった。それがあまりにショックで、初めて避けられた時はしばし呆然としてしまったほどだ。

 もしかして嫌われてしまったか。そう不安に思うものの、無理に絡みに行ってこれ以上嫌われたくもなくて、毎日そわそわと落ち着かない心地がしている。

 とはいえ、庭野は庭野で『てんこい』2巻の執筆が始まったこともあり、年末の忙しさも合わさってあまり余裕がなかった。そうこうしているうちに仕事納めを迎えてしまい、丹原の真意を確かめられないまま休みに突入してしまったのだが。

「に、庭野?」

「先輩……?」

 アパートから歩いて10分ほどのところにある、そこそこ大きな神社の入り口。そこで丹原とばったり出くわしてしまった庭野は、驚きのあまりあんぐりと口を開けた。

 同じく目を丸くする会社の先輩を見て、今更のように思い当たる。この神社はちょうど庭野のアパートと丹原のマンションの中間ぐらいにあって、大きさからみてもこのあたりの住民が初詣をするのにちょうどいい。

 だからといって、まさか同じ日、同じタイミングに、神社に行くとは思わないけれども。

〝俺がお前と会ったのも、きっと似たようなものだな〟

 あの日、輝く灯りの下で言われた言葉が、頭の中をリフレインする。

(やっぱ俺たち、ビンビンに運命で結ばれてませんーーーー!?)

 もう何度目になるかわからない『偶然』に、さすがの庭野も頭の中で悲鳴をあげたのだった。

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