21 / 36
21.不思議と頭によぎるひと(前半)
しおりを挟む
「んんーーー! よく寝たー!」
とある休日の午後の暮れ。
庭野は自室のベッドの上で、思い切り伸びをした。
あとから振り返れば記憶も曖昧な激動の期間は、もう半月ほど前に過ぎ去る。いまは第二グループも平穏を取り戻し、WEB小説も順調に書き溜めも進んで余裕のある毎日を取り戻している。
そんな中、今日は遅い朝食をたっぷり食べてから執筆作業に勤しみ、一区切りついたところで買っておいた他のWEB作家さんの本を読み始めた。
そして気がつけば微睡、お昼寝タイム。目が覚めたら小一時間が過ぎていた。庭野にとって幸せで充実した休日だ。
「あー。そろそろ、ワイシャツにアイロンかけなきゃ」
誰に言うでもなく、こきこきと肩を鳴らしながら庭野はひとり呟く。今日は日曜で明日は会社だ。そろそろ翌日の準備としておかなくてはならない。
「ちぇー。会社なんか行かないで、ずっと小説書いてられたらいいのになー」
膝を抱えて庭野は唇を尖らせる。
仕事は好きだ。望んで入った会社だし、やりがいも感じてる。
だけどもそれはそれとして専業作家への憧れはある。一日中小説のことだけ考えて、小説家一本でやれたらいいのに。
(って、そんなの夢のまた夢なんだけど)
てへへとひとりで苦笑する。
SNSで色んな作家さんと繋がったが、兼業で作家をしている人がほとんどだ。
そもそも庭野はようやく一冊本を出せたばかり。ありがたいことに2巻を出さないかと声を掛けてもらってはいるものの、それだって出版社の編集会議の通過待ち。小説だけで食べていく目処なんかとても立ちそうにない。
「それに俺が会社辞めたら、先輩が寂しがっちゃうかもしれないし」
勝手な想像をしてくすくすと楽しむ。もっとも本物の丹原は、殊勝に寂しがってくれるどころか「はあ!?」と目を剥いて驚いてしまいそうだが。
と、丹原の顔が頭をよぎったその時、ふと庭野は先日感じた違和感を思い出した。
それは例の修羅場週間のラスト。第一グループが過去に担当した案件を調べに、丹原と資料をとりにいったときだ。
〝仕事もですけど小説絡みでもちょっと修羅場ってて、結構ダメージ溜まってたんですけど。先輩のおかげで、なんか頑張れる気がしてきました〟
〝小説絡み? お前更新休んでるだろ?〟
〝そうなんですけど。まだ公には言えないんですけどね、ちょっと嬉しい話が出てきたりしてて……〟
「やっぱ俺、WEBの更新止めてること、先輩に言ってないよな……」
何度考えてもさっぱりわからない。
前後の会話を思い出しても、それ以前の会話をさかのぼっても、庭野からはWEB小説の更新のことを丹原に話していない。そもそもあの数日間は本当に忙しくて、普段みたいに隙をみて丹原に絡みに行くことも出来なかったのだ。
(もしかして先輩、俺のSNS見つけたのかな?)
思い当たる可能性はそのくらい。庭野はプライベートのアカウントとは別に、ペンネームであるポニー名義でSNSをやっている。
そのアカウントで、フォローしてくれている読者さん向けに、念のため更新が遅くなる旨を告知していたのだ。
丹原の姉である夏美は前から小説を読んでくれていたようなので、そちらの筋からアカウントを知り、丹原の目に留まったのかもしれない。
と、一応は説明がつく。つけられは、するのだが。
思い立って、庭野は部屋の一角に置いた箱を手に取る。100均で入手したそれは、庭野の宝箱だ。ぱかりと蓋を開けると、カラフルな封筒に入った手紙が数通。その一番上は、丹原がくれた薄水色の封書である。
丹原の手紙を取り出し、中から便箋を取り出す。何度となく繰り返し読んだので、先輩の字の癖も覚えてしまった。そんなことを思いながら、再び文章で目を追う。
主人公である聖女と、ヒーローである王子。すれ違いながらも少しずつ距離を詰める二人の関係がとてもよかった。端的に言えば、そんなことが書いてある。
「てんこい」の読者は、似たような感想を抱いてくれることが多い。
二人の両片想いにきゅんきゅんした。むずむずジレジレした関係に何度も身悶えした。二人のやり取りから目が離せなくて一気に読んでしまった。エトセトラ、エトセトラ。
つまり、丹原の感想は珍しいものではない。珍しくは、ないのだけれど。
「……先輩、まさか『あっきー』さんじゃないよね?」
なぜだか庭野の頭に浮かぶのは、かつて庭野がサイトに小説を上げ始めた頃、初めて感想をくれたひとりの読者のことだった。
とある休日の午後の暮れ。
庭野は自室のベッドの上で、思い切り伸びをした。
あとから振り返れば記憶も曖昧な激動の期間は、もう半月ほど前に過ぎ去る。いまは第二グループも平穏を取り戻し、WEB小説も順調に書き溜めも進んで余裕のある毎日を取り戻している。
そんな中、今日は遅い朝食をたっぷり食べてから執筆作業に勤しみ、一区切りついたところで買っておいた他のWEB作家さんの本を読み始めた。
そして気がつけば微睡、お昼寝タイム。目が覚めたら小一時間が過ぎていた。庭野にとって幸せで充実した休日だ。
「あー。そろそろ、ワイシャツにアイロンかけなきゃ」
誰に言うでもなく、こきこきと肩を鳴らしながら庭野はひとり呟く。今日は日曜で明日は会社だ。そろそろ翌日の準備としておかなくてはならない。
「ちぇー。会社なんか行かないで、ずっと小説書いてられたらいいのになー」
膝を抱えて庭野は唇を尖らせる。
仕事は好きだ。望んで入った会社だし、やりがいも感じてる。
だけどもそれはそれとして専業作家への憧れはある。一日中小説のことだけ考えて、小説家一本でやれたらいいのに。
(って、そんなの夢のまた夢なんだけど)
てへへとひとりで苦笑する。
SNSで色んな作家さんと繋がったが、兼業で作家をしている人がほとんどだ。
そもそも庭野はようやく一冊本を出せたばかり。ありがたいことに2巻を出さないかと声を掛けてもらってはいるものの、それだって出版社の編集会議の通過待ち。小説だけで食べていく目処なんかとても立ちそうにない。
「それに俺が会社辞めたら、先輩が寂しがっちゃうかもしれないし」
勝手な想像をしてくすくすと楽しむ。もっとも本物の丹原は、殊勝に寂しがってくれるどころか「はあ!?」と目を剥いて驚いてしまいそうだが。
と、丹原の顔が頭をよぎったその時、ふと庭野は先日感じた違和感を思い出した。
それは例の修羅場週間のラスト。第一グループが過去に担当した案件を調べに、丹原と資料をとりにいったときだ。
〝仕事もですけど小説絡みでもちょっと修羅場ってて、結構ダメージ溜まってたんですけど。先輩のおかげで、なんか頑張れる気がしてきました〟
〝小説絡み? お前更新休んでるだろ?〟
〝そうなんですけど。まだ公には言えないんですけどね、ちょっと嬉しい話が出てきたりしてて……〟
「やっぱ俺、WEBの更新止めてること、先輩に言ってないよな……」
何度考えてもさっぱりわからない。
前後の会話を思い出しても、それ以前の会話をさかのぼっても、庭野からはWEB小説の更新のことを丹原に話していない。そもそもあの数日間は本当に忙しくて、普段みたいに隙をみて丹原に絡みに行くことも出来なかったのだ。
(もしかして先輩、俺のSNS見つけたのかな?)
思い当たる可能性はそのくらい。庭野はプライベートのアカウントとは別に、ペンネームであるポニー名義でSNSをやっている。
そのアカウントで、フォローしてくれている読者さん向けに、念のため更新が遅くなる旨を告知していたのだ。
丹原の姉である夏美は前から小説を読んでくれていたようなので、そちらの筋からアカウントを知り、丹原の目に留まったのかもしれない。
と、一応は説明がつく。つけられは、するのだが。
思い立って、庭野は部屋の一角に置いた箱を手に取る。100均で入手したそれは、庭野の宝箱だ。ぱかりと蓋を開けると、カラフルな封筒に入った手紙が数通。その一番上は、丹原がくれた薄水色の封書である。
丹原の手紙を取り出し、中から便箋を取り出す。何度となく繰り返し読んだので、先輩の字の癖も覚えてしまった。そんなことを思いながら、再び文章で目を追う。
主人公である聖女と、ヒーローである王子。すれ違いながらも少しずつ距離を詰める二人の関係がとてもよかった。端的に言えば、そんなことが書いてある。
「てんこい」の読者は、似たような感想を抱いてくれることが多い。
二人の両片想いにきゅんきゅんした。むずむずジレジレした関係に何度も身悶えした。二人のやり取りから目が離せなくて一気に読んでしまった。エトセトラ、エトセトラ。
つまり、丹原の感想は珍しいものではない。珍しくは、ないのだけれど。
「……先輩、まさか『あっきー』さんじゃないよね?」
なぜだか庭野の頭に浮かぶのは、かつて庭野がサイトに小説を上げ始めた頃、初めて感想をくれたひとりの読者のことだった。
0
お気に入りに追加
26
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私の入る余地なんてないことはわかってる。だけど……。
さくしゃ
恋愛
キャロルは知っていた。
許嫁であるリオンと、親友のサンが互いを想い合っていることを。
幼い頃からずっと想ってきたリオン、失いたくない大切な親友であるサン。キャロルは苦悩の末に、リオンへの想いを封じ、身を引くと決めていた——はずだった。
(ああ、もう、)
やり過ごせると思ってた。でも、そんなことを言われたら。
(ずるいよ……)
リオンはサンのことだけを見ていると思っていた。けれど——違った。
こんな私なんかのことを。
友情と恋情の狭間で揺れ動くキャロル、リオン、サンの想い。
彼らが最後に選ぶ答えとは——?

『 ゆりかご 』 ◉諸事情で非公開予定ですが読んでくださる方がいらっしゃるのでもう少しこのままにしておきます。
設樂理沙
ライト文芸
皆さま、ご訪問いただきありがとうございます。
最初2/10に非公開の予告文を書いていたのですが読んで
くださる方が増えましたので2/20頃に変更しました。
古い作品ですが、有難いことです。😇
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
" 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始
の加筆修正有版になります。
2022.7.30 再掲載
・・・・・・・・・・・
夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・
その後で私に残されたものは・・。
・・・・・・・・・・
💛イラストはAI生成画像自作
【完結・BL】胃袋と掴まれただけでなく、心も身体も掴まれそうなんだが!?【弁当屋×サラリーマン】
彩華
BL
俺の名前は水野圭。年は25。
自慢じゃないが、年齢=彼女いない歴。まだ魔法使いになるまでには、余裕がある年。人並の人生を歩んでいるが、これといった楽しみが無い。ただ食べることは好きなので、せめて夕食くらいは……と美味しい弁当を買ったりしているつもりだが!(結局弁当なのかというのは、お愛嬌ということで)
だがそんなある日。いつものスーパーで弁当を買えなかった俺はワンチャンいつもと違う店に寄ってみたが……────。
凄い! 美味そうな弁当が並んでいる!
凄い! 店員もイケメン!
と、実は穴場? な店を見つけたわけで。
(今度からこの店で弁当を買おう)
浮かれていた俺は、夕飯は美味い弁当を食べれてハッピ~! な日々。店員さんにも顔を覚えられ、名前を聞かれ……?
「胃袋掴みたいなぁ」
その一言が、どんな意味があったなんて、俺は知る由もなかった。
******
そんな感じの健全なBLを緩く、短く出来ればいいなと思っています
お気軽にコメント頂けると嬉しいです
■表紙お借りしました
イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。
すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。
そこで私は一人の男の人と出会う。
「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」
そんな言葉をかけてきた彼。
でも私には秘密があった。
「キミ・・・目が・・?」
「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」
ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。
「お願いだから俺を好きになって・・・。」
その言葉を聞いてお付き合いが始まる。
「やぁぁっ・・!」
「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」
激しくなっていく夜の生活。
私の身はもつの!?
※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
では、お楽しみください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる