拝啓、隣の作者さま

枢 呂紅

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21.不思議と頭によぎるひと(前半)

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「んんーーー! よく寝たー!」

 とある休日の午後の暮れ。

 庭野は自室のベッドの上で、思い切り伸びをした。

 あとから振り返れば記憶も曖昧な激動の期間は、もう半月ほど前に過ぎ去る。いまは第二グループも平穏を取り戻し、WEB小説も順調に書き溜めも進んで余裕のある毎日を取り戻している。

 そんな中、今日は遅い朝食をたっぷり食べてから執筆作業に勤しみ、一区切りついたところで買っておいた他のWEB作家さんの本を読み始めた。

 そして気がつけば微睡、お昼寝タイム。目が覚めたら小一時間が過ぎていた。庭野にとって幸せで充実した休日だ。

「あー。そろそろ、ワイシャツにアイロンかけなきゃ」

 誰に言うでもなく、こきこきと肩を鳴らしながら庭野はひとり呟く。今日は日曜で明日は会社だ。そろそろ翌日の準備としておかなくてはならない。

「ちぇー。会社なんか行かないで、ずっと小説書いてられたらいいのになー」

 膝を抱えて庭野は唇を尖らせる。

 仕事は好きだ。望んで入った会社だし、やりがいも感じてる。

 だけどもそれはそれとして専業作家への憧れはある。一日中小説のことだけ考えて、小説家一本でやれたらいいのに。

(って、そんなの夢のまた夢なんだけど)

 てへへとひとりで苦笑する。

 SNSで色んな作家さんと繋がったが、兼業で作家をしている人がほとんどだ。

 そもそも庭野はようやく一冊本を出せたばかり。ありがたいことに2巻を出さないかと声を掛けてもらってはいるものの、それだって出版社の編集会議の通過待ち。小説だけで食べていく目処なんかとても立ちそうにない。

「それに俺が会社辞めたら、先輩が寂しがっちゃうかもしれないし」

 勝手な想像をしてくすくすと楽しむ。もっとも本物の丹原は、殊勝に寂しがってくれるどころか「はあ!?」と目を剥いて驚いてしまいそうだが。

 と、丹原の顔が頭をよぎったその時、ふと庭野は先日感じた違和感を思い出した。

 それは例の修羅場週間のラスト。第一グループが過去に担当した案件を調べに、丹原と資料をとりにいったときだ。

〝仕事もですけど小説絡みでもちょっと修羅場ってて、結構ダメージ溜まってたんですけど。先輩のおかげで、なんか頑張れる気がしてきました〟

〝小説絡み? お前更新休んでるだろ?〟

〝そうなんですけど。まだ公には言えないんですけどね、ちょっと嬉しい話が出てきたりしてて……〟

「やっぱ俺、WEBの更新止めてること、先輩に言ってないよな……」

 何度考えてもさっぱりわからない。

 前後の会話を思い出しても、それ以前の会話をさかのぼっても、庭野からはWEB小説の更新のことを丹原に話していない。そもそもあの数日間は本当に忙しくて、普段みたいに隙をみて丹原に絡みに行くことも出来なかったのだ。

(もしかして先輩、俺のSNS見つけたのかな?)

 思い当たる可能性はそのくらい。庭野はプライベートのアカウントとは別に、ペンネームであるポニー名義でSNSをやっている。

 そのアカウントで、フォローしてくれている読者さん向けに、念のため更新が遅くなる旨を告知していたのだ。

 丹原の姉である夏美は前から小説を読んでくれていたようなので、そちらの筋からアカウントを知り、丹原の目に留まったのかもしれない。

 と、一応は説明がつく。つけられは、するのだが。

 思い立って、庭野は部屋の一角に置いた箱を手に取る。100均で入手したそれは、庭野の宝箱だ。ぱかりと蓋を開けると、カラフルな封筒に入った手紙が数通。その一番上は、丹原がくれた薄水色の封書である。

 丹原の手紙を取り出し、中から便箋を取り出す。何度となく繰り返し読んだので、先輩の字の癖も覚えてしまった。そんなことを思いながら、再び文章で目を追う。

 主人公である聖女と、ヒーローである王子。すれ違いながらも少しずつ距離を詰める二人の関係がとてもよかった。端的に言えば、そんなことが書いてある。

 「てんこい」の読者は、似たような感想を抱いてくれることが多い。

 二人の両片想いにきゅんきゅんした。むずむずジレジレした関係に何度も身悶えした。二人のやり取りから目が離せなくて一気に読んでしまった。エトセトラ、エトセトラ。

 つまり、丹原の感想は珍しいものではない。珍しくは、ないのだけれど。

「……先輩、まさか『あっきー』さんじゃないよね?」

 なぜだか庭野の頭に浮かぶのは、かつて庭野がサイトに小説を上げ始めた頃、初めて感想をくれたひとりの読者のことだった。

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