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1.完璧超人のお楽しみ
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ビルが立ち並ぶ、都内のとある一角。
オンラインを中心とした宣伝・マーケティングを請け負う会社の、営業部が入る白を基調とした真新しいオフィスにて。
件のやり取りは、大勢に見守られながら執り行われていた。
「ええ。……ええ。はい。もちろん、仰る通りです」
ごくりと。緊張に唾を呑みこんだのは誰だっただろうか。
『第一グループ』と札のかかる列のとある席で、男が一人、スマートフォンで通話をしている。
男が話しているのは、第一グループが新規に開拓した取引先の重役だ。最近、営業努力が実って仕事を受注できたのだが、メインで窓口をしていた若手がミスをしてしまったのだ。
相手は完全におかんむり。朝一で急ぎ謝罪に伺ったものの、とりつく島もないと言った状況の中。満を持して、この男が火消しに投入されたわけだが--。
固唾を呑んで皆が見守る中、男は冷静に、涼しげな切れ長の目でゆっくり瞬きをする。
「はい、ぜひ。お忙しい中、大変恐縮ですが……。っ、本当ですか。ありがとうございます。では月曜11時に」
タンっと画面を叩き、通話を終える。
それから男は、はらはらと見守る同僚たちを振り返った。
「問題ない。ONDフーズ、部長が会ってくださるそうだ」
「ま、マジですか!!」
「丹原さん、さっすがー!」
わっと歓声が上がる中、一人の社員が半泣きで縋りついた。今回の件で、ミスをしてしまった若手だ。
「丹原さん~! すみません、俺、俺……!」
申し訳なさと感謝の気持ちで、半泣きの社員は声を詰まらせる。けれども丹原と呼ばれた男は、軽く手で制した。
「誰にでもミスはある。大事なのはどう挽回するかだ。ここから期待しているぞ」
「っ! は、はい!」
声を詰まらせ、後輩社員はきらきらと尊敬の目を丹原に向ける。
颯爽と次の仕事にうつる丹原に、少し離れた場所にいる同僚たちは感心した。
「相変わらずだねー……。丹原さん、今日もキレキレ」
「はちゃめちゃ仕事できて、取引先の信頼も高くて。後輩の面倒見もいいし、上の受けも抜群! 加えてあの美形でしょ。ほんと隙がないっていうか、無敵っていうか」
「この間も得意先の社長からお見合いの誘いが入ったって。本人がやんわり断ったみたいだけども」
「受けちゃえばいいのに! どう考えても勝ち組じゃん」
「うまく行かなかった時に遺恨が出来ちゃうのが嫌なんだって。律義だよねえ」
「あー……。すっごい丹原さんっぽい、それ」
やー、でも、と。噂話に花を咲かせていたふたりは顔を見合わせる。そして、同時に肩をすくめて笑い合った。
「あの人、仕事以外になにか楽しみあるのかね?」
さて。
そんな風に同僚に話のネタにされているなど露知らず。
それから小一時間ほど経った昼休憩。
社内のカフェにひとり現れた丹原は、お決まりの窓際の席を陣取る。手に持つのは通勤途中に買ってきたサンドイッチと、カフェで購入したホットコーヒー。
すらりと長い足を組んで、椅子に背を預ける。コーヒーを片手にスマートフォンの画面を眺める涼しげな目は真剣そのもの。
株価でもチェックしているのでは。世の中の情勢を調べているに違いない。クロスワードパズルをしているのかも。実はネットでお悩み相談でも受けてるのでは……。
好き勝手に予測しつつ、周囲の共通認識は「昼休憩中の丹原に声をかけるべからず」。それほど彼が熱心に画面を眺めているからだ。
――だから、同僚たちは思いもよらなかった。
クールな仮面の下で丹原が思い切り動揺していることを。マグカップを持つ左手が小刻みに震えていることを。
「うっ……」
小さく呻いて、顔の下半分をぱっと手で覆い隠す。ごろごろと転げ回りたい衝動を必死に押し込めながら、丹原は内心で叫んでいた。
(ポニーさん、今回の更新も神展開すぎるだろう……!)
オンラインを中心とした宣伝・マーケティングを請け負う会社の、営業部が入る白を基調とした真新しいオフィスにて。
件のやり取りは、大勢に見守られながら執り行われていた。
「ええ。……ええ。はい。もちろん、仰る通りです」
ごくりと。緊張に唾を呑みこんだのは誰だっただろうか。
『第一グループ』と札のかかる列のとある席で、男が一人、スマートフォンで通話をしている。
男が話しているのは、第一グループが新規に開拓した取引先の重役だ。最近、営業努力が実って仕事を受注できたのだが、メインで窓口をしていた若手がミスをしてしまったのだ。
相手は完全におかんむり。朝一で急ぎ謝罪に伺ったものの、とりつく島もないと言った状況の中。満を持して、この男が火消しに投入されたわけだが--。
固唾を呑んで皆が見守る中、男は冷静に、涼しげな切れ長の目でゆっくり瞬きをする。
「はい、ぜひ。お忙しい中、大変恐縮ですが……。っ、本当ですか。ありがとうございます。では月曜11時に」
タンっと画面を叩き、通話を終える。
それから男は、はらはらと見守る同僚たちを振り返った。
「問題ない。ONDフーズ、部長が会ってくださるそうだ」
「ま、マジですか!!」
「丹原さん、さっすがー!」
わっと歓声が上がる中、一人の社員が半泣きで縋りついた。今回の件で、ミスをしてしまった若手だ。
「丹原さん~! すみません、俺、俺……!」
申し訳なさと感謝の気持ちで、半泣きの社員は声を詰まらせる。けれども丹原と呼ばれた男は、軽く手で制した。
「誰にでもミスはある。大事なのはどう挽回するかだ。ここから期待しているぞ」
「っ! は、はい!」
声を詰まらせ、後輩社員はきらきらと尊敬の目を丹原に向ける。
颯爽と次の仕事にうつる丹原に、少し離れた場所にいる同僚たちは感心した。
「相変わらずだねー……。丹原さん、今日もキレキレ」
「はちゃめちゃ仕事できて、取引先の信頼も高くて。後輩の面倒見もいいし、上の受けも抜群! 加えてあの美形でしょ。ほんと隙がないっていうか、無敵っていうか」
「この間も得意先の社長からお見合いの誘いが入ったって。本人がやんわり断ったみたいだけども」
「受けちゃえばいいのに! どう考えても勝ち組じゃん」
「うまく行かなかった時に遺恨が出来ちゃうのが嫌なんだって。律義だよねえ」
「あー……。すっごい丹原さんっぽい、それ」
やー、でも、と。噂話に花を咲かせていたふたりは顔を見合わせる。そして、同時に肩をすくめて笑い合った。
「あの人、仕事以外になにか楽しみあるのかね?」
さて。
そんな風に同僚に話のネタにされているなど露知らず。
それから小一時間ほど経った昼休憩。
社内のカフェにひとり現れた丹原は、お決まりの窓際の席を陣取る。手に持つのは通勤途中に買ってきたサンドイッチと、カフェで購入したホットコーヒー。
すらりと長い足を組んで、椅子に背を預ける。コーヒーを片手にスマートフォンの画面を眺める涼しげな目は真剣そのもの。
株価でもチェックしているのでは。世の中の情勢を調べているに違いない。クロスワードパズルをしているのかも。実はネットでお悩み相談でも受けてるのでは……。
好き勝手に予測しつつ、周囲の共通認識は「昼休憩中の丹原に声をかけるべからず」。それほど彼が熱心に画面を眺めているからだ。
――だから、同僚たちは思いもよらなかった。
クールな仮面の下で丹原が思い切り動揺していることを。マグカップを持つ左手が小刻みに震えていることを。
「うっ……」
小さく呻いて、顔の下半分をぱっと手で覆い隠す。ごろごろと転げ回りたい衝動を必死に押し込めながら、丹原は内心で叫んでいた。
(ポニーさん、今回の更新も神展開すぎるだろう……!)
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