上 下
43 / 50
第四話 百鬼夜行とあやかし縁結び

9.

しおりを挟む


 ドキドキしながら私は答えを待つ。

 狐月さんは呆れているかもしれない。阿呆な娘だと肩を竦めているかもしれない。だけどそれでも、私はあやかし縁日への好奇心を抑えきれなかった。

 すると、不意に頭の上をぽんぽんと撫でられて、優しい声が降ってきた。

「迷惑なんて思ってないよ」

「へ?」

「ごめん。僕が神経質になりすぎた」

 顔を上げた先にあった狐月さんの微笑みに、私の胸はドキッと跳ねた。狐月さんの柔らかくて温かいまなざしが、至近距離から私を見下ろしている。

(待って、待って。これ、なんて乙女ゲーム??)

 思わずそんな突っ込みが、頭の中を飛び交う。そのまま狐月さんに見惚れる私に、狐月さんはまっすぐに頷いた。

「安心して。水無瀬さんのことは、僕が守るから」

(はう!)

 ぽん!と顔が沸騰して、私は頭の中で、胸を押さえてのけぞった。だって、そうだろう。その顔で、そんな真剣な調子で、優しく頭に手を乗せたまま「君を守る」だなんて、私にはちょっと刺激が強すぎる!

(ほんとにこれ、なんて乙女ゲーム!?)

 ぽおーっと見上げる私に、狐塚さんが「大丈夫?」「水無瀬さん??」とおろおろと心配する。その肩の上で、ヌムヌムが手(前足)を叩いて喜んでいた。

「んー、夏ですな、ラヴいですなあ! 真夏の魔法がかかるのは、東の地も同じですなあ!」

「ちょっと、ヌムヌムさん!?」

「付喪神! 野暮なシーサーは口を閉じて黙っとれ! それよりスズ、こっちに来い!」

 ぺちっと、なにかの妖術でヌムヌムを黙らせてから、キヨさんが私をぎゅっと引っ張る。不思議そうに首を傾げる狐月さんに背中を向けて、キヨさんはこしょこしょ内緒話をささやいてきた。

「んで? スズは当然、めいっぱいめかし込んでくるんじゃろうなあ?」

「え!? え、いや。マイマイさん探しでたくさん歩き回るだろうし、歩きやすい格好で行くつもりだけど……」

「だめじゃ、だめじゃあ! せっかくの縁日なのに!」

 キヨさんは何やら、じたばたと地団駄を踏む。それから両手をわきわきさせて、私にずいと詰め寄った。

「よいか。来週の水曜までに、わらわがお主を磨き上げてやる。手始めに、明日の午前10時。駅前で集合じゃぞ??」

「明日? 明日は縁結びカフェのバイトが……」

「腕が鳴るなあ~?」

 目を爛々と輝かせ、メデューサよろしく亜麻色の髪をゆらゆらさせるキヨさんは、とてもじゃないが「結構です」とお断りできる雰囲気ではない。私はかなり気圧されながらも、とりあえず頷くことしかできなかった。





 そして、あっという間に、約束の水曜日がやってきた。

「キヨさん。これ、場違いだったりしないかな?」

 からころと。夏の日差しに茹だったアスファルトを、音を鳴らして歩きながら、私は隣を歩くキヨさんに眉尻を下げる。けれども、鼻歌交じりに後ろに手を回すキヨさんは、私の不安などどこ吹く風といった調子だ。

「縁日とは、古来よりこういう恰好をするのならわしだろうに? むしろ、祭りの場にTシャツ・ジーンズで行こうとしていたお主の方が、わらわには理解できぬわ」

「でもほら。あんまり気合入れすぎると、ものすごく楽しみにしていたみたいで、ちょっぴり恥ずかしいっていうか……」

「なーにが恥ずかしいものか! 祭りとは、そこに向かうまでの時間も含めて祭りなんじゃ。変な意地張らずに、胸張って目一杯楽しめばいいんじゃ」

 からん、と。木製の下駄が、縁結び神社の石階段を打ち鳴らす。

 軽く小走りに階段を駆け上がるキヨさんに、先に到着していた着流し姿のヌエさん、ニャン吾郎さんやトオノさんなどのお馴染みの常連妖怪たち、そして狐月さんが振り返る。

「やあ、時間通りだね――――」

 その時、不思議と時間が止まった気がした。

 夏の湿り気を帯びた風が、木漏れ日の落ちる神社の境内を駆け抜ける。

 ふわりと狐月さんのやや明るい色の髪が舞い、同じ風が私の浴衣のすそ野を揺らす。思わず髪を押さえて瞬きをすると、丸く見開かれた狐月さんの眼差しと視線が交わった。

(えっと……)

 ぽかんと私を見つめたまま何も言わない狐月さんに、私はもじ……と竹細工の籠を持つ右手を、反対の手で押さえた。

 ――やっぱり、おかしかっただろうか。途端に恥ずかしくなって、私は視線を逸らす。

 私が身に纏うのは、白地に赤紫色の撫子の花模様が入った浴衣だ。帯も竹の籠バッグも、すべてキヨさんが見立ててくれたもの。さすが女子力・平安貴族級のキヨさんだけあって、浴衣は可愛いし帯は上品だし、髪に差してくれたかんざしも含めてすごく素敵だ。

 問題は、それを私が着こなせているかどうかで。

(気合入りすぎって引かれたかな。それ以前に、似合ってなかったらどうしよう……!)

 ぎゅっと目を瞑ったその時、私の耳に「きゅう!」と元気な鳴き声が飛び込んできた。

「キュウ助!」

「きゅう、きゅう~~!」

 狐月さんの背後から、もふもふ毛玉のキュウ助が飛び出してくる。今日は朝から、キヨさんに美容フルコースで磨かれるのが確定していたので、キュウ助を縁結びカフェで預かってもらっていたのだ。

 ぴょーんと勢いよく飛んできたキュウ助は、やわらかな毛玉ボディをすりすりと私にこすりつけてきた。

「きゅう、きゅうっ」

「あはは、くすぐったいよ、キュウ助!」

「ほれ見ろ。毛玉倉ぼっこも、スズがいつにも増して可愛いと喜んでおるわ」

 私の隣で、これまた浴衣姿のキヨさんがえっへんと胸を張る。それが合図となったのか、縁結びカフェの常連妖怪さんたちが、わらわらと私の周りに集まってきた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

失恋少女と狐の見廻り

紺乃未色(こんのみいろ)
キャラ文芸
失恋中の高校生、彩羽(いろは)の前にあらわれたのは、神の遣いである「千影之狐(ちかげのきつね)」だった。「協力すれば恋の願いを神へ届ける」という約束のもと、彩羽はとある旅館にスタッフとして潜り込み、「魂を盗る、人ならざる者」の調査を手伝うことに。 人生初のアルバイトにあたふたしながらも、奮闘する彩羽。そんな彼女に対して「面白い」と興味を抱く千影之狐。 一人と一匹は無事に奇妙な事件を解決できるのか? 不可思議でどこか妖しい「失恋からはじまる和風ファンタジー」

大正警視庁正門前みたしや食堂

森原すみれ@薬膳おおかみ①②③刊行
キャラ文芸
時は大正。西洋文化が花開いた帝都。 警視庁中央部に赴任した若き警察官 龍彦は、正門前で食堂を営む女主人 満乃と出逢う。 満乃が作るのは、食に頓着しない龍彦をも惹きつける、ハイカラな西洋料理だった。 喧嘩っ早い龍彦と意思を曲げない満乃は、時にぶつかり、時に認めあいながら交流を深めていく。 そんな二人に、不穏な企みが襲い掛かり……。 「悪知恵働かせて搾取する野郎なんざ、荷車喰らって当然だろ」 「人の矜持を踏みつけにする無礼者に出すものはございません!」 ケンカップル(未満)なふたりの、じれじれ甘い恋物語です。 ※ノベマ!、魔法のiらんど、小説家になろうに同作掲載しております

鬼と私の約束~あやかしバーでバーメイド、はじめました~

さっぱろこ
キャラ文芸
本文の修正が終わりましたので、執筆を再開します。 第6回キャラ文芸大賞 奨励賞頂きました。 * * * 家族に疎まれ、友達もいない甘祢(あまね)は、明日から無職になる。 そんな夜に足を踏み入れた京都の路地で謎の男に襲われかけたところを不思議な少年、伊吹(いぶき)に助けられた。 人間とは少し違う不思議な匂いがすると言われ連れて行かれた先は、あやかしなどが住まう時空の京都租界を統べるアジトとなるバー「OROCHI」。伊吹は京都租界のボスだった。 OROCHIで女性バーテン、つまりバーメイドとして働くことになった甘祢は、人間界でモデルとしても働くバーテンの夜都賀(やつが)に仕事を教わることになる。 そうするうちになぜか徐々に敵対勢力との抗争に巻き込まれていき―― 初めての投稿です。色々と手探りですが楽しく書いていこうと思います。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

化想操術師の日常

茶野森かのこ
キャラ文芸
たった一つの線で、世界が変わる。 化想操術師という仕事がある。 一般的には知られていないが、化想は誰にでも起きる可能性のある現象で、悲しみや苦しみが心に抱えきれなくなった時、人は無意識の内に化想と呼ばれるものを体の外に生み出してしまう。それは、空間や物や生き物と、その人の心を占めるものである為、様々だ。 化想操術師とは、頭の中に思い描いたものを、その指先を通して、現実に生み出す事が出来る力を持つ人達の事。本来なら無意識でしか出せない化想を、意識的に操る事が出来た。 クズミ化想社は、そんな化想に苦しむ人々に寄り添い、救う仕事をしている。 社長である九頭見志乃歩は、自身も化想を扱いながら、化想患者限定でカウンセラーをしている。 社員は自身を含めて四名。 九頭見野雪という少年は、化想を生み出す能力に長けていた。志乃歩の養子に入っている。 常に無表情であるが、それは感情を失わせるような過去があったからだ。それでも、志乃歩との出会いによって、その心はいつも誰かに寄り添おうとしている、優しい少年だ。 他に、志乃歩の秘書でもある黒兎、口は悪いが料理の腕前はピカイチの姫子、野雪が生み出した巨大な犬の化想のシロ。彼らは、山の中にある洋館で、賑やかに共同生活を送っていた。 その洋館に、新たな住人が加わった。 記憶を失った少女、たま子。化想が扱える彼女は、記憶が戻るまでの間、野雪達と共に過ごす事となった。 だが、記憶を失くしたたま子には、ある目的があった。 たま子はクズミ化想社の一人として、志乃歩や野雪と共に、化想を出してしまった人々の様々な思いに触れていく。 壊れた友情で海に閉じこもる少年、自分への後悔に復讐に走る女性、絵を描く度に化想を出してしまう少年。 化想操術の古い歴史を持つ、阿木之亥という家の人々、重ねた野雪の過去、初めて出来た好きなもの、焦がれた自由、犠牲にしても守らなきゃいけないもの。 野雪とたま子、化想を取り巻く彼らのお話です。

平凡令嬢の婚活事情〜あの人だけは、絶対ナイから!〜

本見りん
恋愛
「……だから、ミランダは無理だって!!」  王立学園に通う、ミランダ シュミット伯爵令嬢17歳。  偶然通りかかった学園の裏庭でミランダ本人がここにいるとも知らず噂しているのはこの学園の貴族令息たち。  ……彼らは、決して『高嶺の花ミランダ』として噂している訳ではない。  それは、ミランダが『平凡令嬢』だから。  いつからか『平凡令嬢』と噂されるようになっていたミランダ。『絶賛婚約者募集中』の彼女にはかなり不利な状況。  チラリと向こうを見てみれば、1人の女子生徒に3人の男子学生が。あちらも良くない噂の方々。  ……ミランダは、『あの人達だけはナイ!』と思っていだのだが……。 3万字少しの短編です。『完結保証』『ハッピーエンド』です!

あやかし雑草カフェ社員寮 ~社長、離婚してくださいっ!~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 令和のはじめ。  めでたいはずの10連休を目前に仕事をクビになった、のどか。  同期と呑んだくれていたのだが、目を覚ますと、そこは見知らぬ会社のロビーで。  酔った弾みで、イケメンだが、ちょっと苦手な取引先の社長、成瀬貴弘とうっかり婚姻届を出してしまっていた。  休み明けまでは正式に受理されないと聞いたのどかは、10連休中になんとか婚姻届を撤回してもらおうと頑張る。  職だけでなく、住む場所も失っていたのどかに、貴弘は住まいを提供してくれるが、そこは草ぼうぼうの庭がある一軒家で。  おまけにイケメンのあやかしまで住んでいた。  庭にあふれる雑草を使い、雑草カフェをやろうと思うのどかだったが――。

処理中です...