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第三話 ゴールデンバディと金継ぎ縁

9.

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「戻ってきたか、ソータ! ……と。スズも一緒だったのか!」

「こんにちは、キヨさん」

 縁結びカフェの扉を開けると、ぶすりとふて腐れた顔でキヨさんが振り返る。けれども、私を見た途端ぱああと顔を明るくしたキヨさんに、私はぺこりと頭を下げた。

 並んで店に入った私と狐月さんに、キヨさんは面白いものを見つけたみたいに破顔した。

「なんじゃ、なんじゃ~? お主ら、仲良く一緒に店に戻ってきおって。もしかして、でえとか~? ついにお主ら、くっつく気になったか~?」

「違いますよ。って、今日はその手に話題ばかりですね」

 ついさっきも狐月さん相手に「響紀さんと一緒にいたのは偶然であってデートではない」と否定したばかりなのを思い出す。

どうしてだろう、縁結びカフェ界隈では恋愛トークが流行っているのだろうか。そんな疑問を抱きつつ、私は背中を指し示した。

「狐月さんと一緒なのは、外で偶然会ったからですよ。それにほら、後ろにコン吉パイセンと響紀さんもいますよ!」

「な? コン吉はともかく、ひびきとな??」

 目を丸くしたキヨさんが背伸びをする。それとほぼ同時に、耳をしゅんとさせて項垂れるコン吉先輩と、同じく申し訳なさそうに背中を丸める響紀さんとが、おずおずと縁結びカフェに入ってきた。

「よお、キヨさん……」

「ひさしぶりだな……」

「おい、スズ? なんじゃ、こやつら。揃いも揃ってしおれおって。外で何があった?」

 ひそひそと耳打ちしてくるキヨさんに、私は苦笑した。そりゃ、いきなりこんな状態のふたりを前にしたら驚くだろう。

「それが、二人の口喧嘩が原因で、狐月さんのおニューの豆皿が割れちゃって」

「ふはっ!? 割った!? そりゃあ、ざまあないわ!! お主ら、ここしばらくはどこであろうと、ぎゃーぎゃーぎゃーぎゃーうるさかったものな!!」

 ふき出したキヨさんは、指をさして二人を笑う。ひどい煽りようだけれども、コン吉先輩も響紀さんもぐうの音も出ないらしく、どんよりと黙ったままだ。

 やがてキヨさんは気が済んだのか、亜麻色の髪をさらりと揺らして帰っていった。コン吉先輩と響紀さんが揃っていると、優美に抹茶フロートを楽しむ時間がとれなそうだ、だそうだ。

 そうしていま、カウンター席には叱られた子供みたいな顔をして、コン吉先輩と響紀さんが座る。キュウ助が二人の前をちょこちょこと飛び回るけれども、それにさえも反応しない。完全にお通夜モードのふたりに、私は笑わないようにするのが必至だ。

 そうやってしばらく待っていると、狐月さんが裏から荷物をごそごそ携えて戻ってきた。

「よかった。たしか店にも道具を置いておいたと思ったけど、やっと見つけたよ」

「おお~っ」

 反応しない元バディふたりに代わって、私が狐月さんの手元を覗き込む。紙袋のなかには思ったよりも多種多様に富んだ――ラップやゴム手袋、細筆といった見ればわかるようなものから、チューブに入った見慣れない接着剤のようなものまでいろいろあった。

「前にもお気に入りの器が欠けてしまったことが何度かあってね。それで金継ぎ用の道具を揃えてあるんだ。今日二人にやってもらうのは、欠けた部分を埋めてから、漆と金粉を乗せる作業だよ。さ。さっそく始めよう」

 そう言って狐月さんが二人の前に差し出したのは、先ほどの欠けてしまった豆皿と、粘土みたいに見える合成樹脂の接着剤だ。

「伝統的な手法だと全行程漆を使うんだけど、初心者にはいささか難しいからね。接着材だけ合成樹脂を使う、現代の知恵と伝統手法の合わせ技で今回は行くよ」

 狐月さんの指示で、まずはコン吉先輩が接着剤を適量取り出し、こねこねと練る。そうしてますます粘土みたいになった接着剤を、欠けてしまった豆皿の隙間に押し込むみたいにして埋める。

「むむ。あるじ、ちょっと量が多かったぞ……?」

「大丈夫。あとで乾いたら削って形を整えるから、盛り上がってるくらいでちょうどいいよ。それより、元のお皿と同じ出来栄えになるようにうまく整えてね」

「う、うん」

 樹脂を練る込んだ部分にラップをまいて、コン吉先輩は器用に形を整えている。それによって、多少は不自然さが残るものの、欠ける前の姿に大分近づけたように思える。

 そのまま一時間ほど乾かしてから、今度は響紀さんの出番となった。

「使うのは、彫刻刀と防水仕様の紙やすり。接着剤が盛り上がってる部分をおおまかに彫刻刀で削って、表面に紙やすりをかけて整えるんだ」

「うむ」

 神妙に頷いて、響紀さんは彫刻刀を手にする。まわりを傷つけないよう慎重な手つきで、少しづつ丁寧に接着剤を削っていく。

 ある程度形を整えたところで、今度は道具を紙やすりに持ちかえる。そうして響紀さんは、青みがかった瞳でじっと器を覗き込みながら、無心になってやすりをかけていく。

 すると、形だけでいえば、欠ける前とまったく変わらない元の豆皿の姿が戻ってきた。

「すごい! まるで元通りですね!」

「ここにもうひと工夫加えるのが、金継ぎのいいといいとだよ」

 にこっと微笑んだ狐月さんが用意したのは、チューブに入った漆だ。ビニール手袋をしてから、それを適量絞り出し、細い筆を浸す。

「そしたら、漆を塗るのは……響紀っ」

「了解した」

 大分興が乗ってきたのか、響紀さんが同じく手袋をはめた手に細筆を持ち、やすりをかけて平になった接着剤の上に漆を塗っていく。もしかしたら響紀さんは、もともとこういう細かい作業が嫌いじゃないのかもしれない。

 時間を置いて漆が乾き始めたところで、今度はコン吉先輩が、漆の上に金粉を塗っていく。

 初めは大目に掬い、筆でささっと余分な金粉を落とす。それを何度かくりかえし、かけた部分にむらなく金粉がついたところで終了だ。

 出来上がった豆皿を眺めつつ、響紀さんが心配そうに顔をしかめた。

「これでいいのか? このままだと、あちこちに金粉が飛んでいて汚いぞ」

「これで漆が固まるまで一週間置くんだ。そうすると漆を塗ったところだけ金粉が定着する。あとは水で洗い流せば、ここだけが綺麗に金色になるって寸法だよ」

「ほお……?」

「きゅう、きゅう!」

 ぴょんぴょんと豆皿の周りを飛び回り、キュウ助が喜ぶ。それを覗き込みながら、コン吉先輩が頬杖をついた。
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