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第三話 ゴールデンバディと金継ぎ縁
7.
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拝啓、お母さん。私はいま、修羅場に巻き込まれてしまいます。
思わず遠い目をする私をよそに、コン吉先輩と響紀さんの舌戦は続いていた。
「なんだ、ひびき。寺川に戻ってきたと思ったら呑気にフリーマーケットを物色って、いい身分だな。もしかしてお前、仕事がなくなって暇になったら戻ってきたんじゃないのか?」
「コン吉こそ、青空市に顔を出すなんて随分変わったな。前は人に紛れて浮かれ騒ぐ妖怪どもをバカにしていたのに、寺川に馴染んで性格が丸くなったんじゃないか?」
「ち、ちが! 俺はあるじの付き添いで来ただけだ!」
「じゃあ俺は、見回りで来ただけだ。遊びに来たわけではないぞ!」
「はい、ダウト―。必死になるのがあやしさマックスですー」
「それを言うなら、お前もな!」
「なにをぅ!」
――いや。口喧嘩の内容、大分くだらないな?
ちょっと前まで修羅場だなんだと怯えていた私は、あほらしくなって肩を落とした。
道行くひとからすれば、響紀さんの姿は見えても、口喧嘩相手のコン吉パイセンの姿は見えない。だから、宙に向かって罵る響紀さんを変な顔で眺めているけれども、この分ならしばらく放っておいても問題ないだろう。
私がそう判断したその時、狐月さんと目が合った。
その時、私はおや?と思った。なぜだろう。狐月さんの様子が、どことなくご機嫌斜めに見える。不思議に思っていると、狐月さんが口を開いた。
「奇遇だね。お店の外で、水無瀬さんと会うなんて」
「本当ですね。私も、まさか狐月さんと青空市で会うとは思いませんでした。ていうか、響紀さんといい、コン吉パイセンといい。縁結びカフェの関係者が大集合ですね!」
私が笑って答えると、なぜか狐月さんは表情を曇らせる。そして、聞き取れない小さな声で何かを呟いた。
「響紀は響紀さん。僕は狐月さん、か……」
「え? なんですか、狐月さん??」
「ううん。こっちの話」
私は聞き返すけど、狐月さんに首を振られてしまう。かわりに狐月さんは、何やら探るような表情で私をじっと見つめた。
「それで、こんなことを訊ねるのもあれなんだけど……。響紀とはどうしてここに? もしかして、僕はお邪魔をしてしまったかな」
「へ? お邪魔??」
言っている意味が分からず、私はきょとんと聞き返してしまう。けれども狐月さんを見返しているうちに、彼の言うお邪魔の意味合いに思い当たり、慌てて両手を振った。
「ち、ちがいます、ちがいます! 私が響紀さんと一緒にいたのは偶然です。ていうか、本当についさっき、ここで会ったばかりですから!」
「本当に? 僕の手前、誤魔化さなくても……」
「本当です! ほら! 見えますか! あそこにあるサークル・こみっとの出店! 私はあそこに所属している友達に頼まれて、お手伝いにきただけですから!」
「そうなの?」
私が指し示す先を見て、ようやく狐月さんも納得してくれたらしい。ぱちくりと瞬きをしながらこみっとのブースを眺めた狐月さんは、なぜかホッとしたように息を吐いた。
「なんだ。そうだったんだ」
「変な狐月さん。そんな勘違いをするなんて」
いつも穏やかで冷静な狐月さんらしくもない勘違いに、私も笑ってしまった。
狐月家は名家だという話だし、響紀さんはそこの当主だから、響紀さんに近づく女性は親族チェックが厳しいのだろうか。だとしたら、私みたいな一般大学生が周囲をウロウロしていたら、従兄弟として黙っていられなかったのかもしれない。
ひとり勝手に納得した私は、逆に狐月さんに問いかけた。
「狐月さんこそ、こんなところでどうしたんですか? 響紀さんみたいに、紛れ込んでいる妖怪がいないか見回りしているってわけでもないですよね?」
「うん。僕は普通にお買いものだよ」
さっきまでジトッと私を見つめていたのも、なんのその。狐月さんはにこにこ笑うと、持っていた紙袋から取り出したつつみをいそいそと開いた。
私が覗き込んで待っていると、つつみから現れたのはだるまの絵が描かれた可愛らしい豆皿だった。
「うわ! すっごく可愛い!」
「でしょ。さっき、公園に入ってすぐのお店で一目ぼれして買っちゃったんだ」
ほくほくと嬉しそうに、狐月さんは豆皿を見せてくる。
狐月さんは私と同じで、丸っこくて可愛いものが好きだ。食器棚に信楽焼のたぬきや招き猫だときどき紛れているのもその影響だし、最近はレジ横にちょこんと小さなだるまが置かれてもいる。この豆皿も、まるっとした絶妙なフォルムが気に入ったのだろう。
「青空市は、たまに掘り出しものが見つかるから、予定が合えば少しでも覗くようにしているんだ。今日も、都合よくキヨさんがお店に来てくれたからね。留守番をキヨさんにお願いして、コン吉とこっちにきちゃった」
「それ、店主としてはどうなんですかね」
狐月さんらしいといえば狐月さんらしいマイペース具合に、私は苦笑した。いまごろ縁結びカフェでは、今日も今日とて現役女子大生顔負けに可愛くおめかしをしたキヨさんが、ぶすっとした顔をしてカウンターに座っているに違いない。
思わず遠い目をする私をよそに、コン吉先輩と響紀さんの舌戦は続いていた。
「なんだ、ひびき。寺川に戻ってきたと思ったら呑気にフリーマーケットを物色って、いい身分だな。もしかしてお前、仕事がなくなって暇になったら戻ってきたんじゃないのか?」
「コン吉こそ、青空市に顔を出すなんて随分変わったな。前は人に紛れて浮かれ騒ぐ妖怪どもをバカにしていたのに、寺川に馴染んで性格が丸くなったんじゃないか?」
「ち、ちが! 俺はあるじの付き添いで来ただけだ!」
「じゃあ俺は、見回りで来ただけだ。遊びに来たわけではないぞ!」
「はい、ダウト―。必死になるのがあやしさマックスですー」
「それを言うなら、お前もな!」
「なにをぅ!」
――いや。口喧嘩の内容、大分くだらないな?
ちょっと前まで修羅場だなんだと怯えていた私は、あほらしくなって肩を落とした。
道行くひとからすれば、響紀さんの姿は見えても、口喧嘩相手のコン吉パイセンの姿は見えない。だから、宙に向かって罵る響紀さんを変な顔で眺めているけれども、この分ならしばらく放っておいても問題ないだろう。
私がそう判断したその時、狐月さんと目が合った。
その時、私はおや?と思った。なぜだろう。狐月さんの様子が、どことなくご機嫌斜めに見える。不思議に思っていると、狐月さんが口を開いた。
「奇遇だね。お店の外で、水無瀬さんと会うなんて」
「本当ですね。私も、まさか狐月さんと青空市で会うとは思いませんでした。ていうか、響紀さんといい、コン吉パイセンといい。縁結びカフェの関係者が大集合ですね!」
私が笑って答えると、なぜか狐月さんは表情を曇らせる。そして、聞き取れない小さな声で何かを呟いた。
「響紀は響紀さん。僕は狐月さん、か……」
「え? なんですか、狐月さん??」
「ううん。こっちの話」
私は聞き返すけど、狐月さんに首を振られてしまう。かわりに狐月さんは、何やら探るような表情で私をじっと見つめた。
「それで、こんなことを訊ねるのもあれなんだけど……。響紀とはどうしてここに? もしかして、僕はお邪魔をしてしまったかな」
「へ? お邪魔??」
言っている意味が分からず、私はきょとんと聞き返してしまう。けれども狐月さんを見返しているうちに、彼の言うお邪魔の意味合いに思い当たり、慌てて両手を振った。
「ち、ちがいます、ちがいます! 私が響紀さんと一緒にいたのは偶然です。ていうか、本当についさっき、ここで会ったばかりですから!」
「本当に? 僕の手前、誤魔化さなくても……」
「本当です! ほら! 見えますか! あそこにあるサークル・こみっとの出店! 私はあそこに所属している友達に頼まれて、お手伝いにきただけですから!」
「そうなの?」
私が指し示す先を見て、ようやく狐月さんも納得してくれたらしい。ぱちくりと瞬きをしながらこみっとのブースを眺めた狐月さんは、なぜかホッとしたように息を吐いた。
「なんだ。そうだったんだ」
「変な狐月さん。そんな勘違いをするなんて」
いつも穏やかで冷静な狐月さんらしくもない勘違いに、私も笑ってしまった。
狐月家は名家だという話だし、響紀さんはそこの当主だから、響紀さんに近づく女性は親族チェックが厳しいのだろうか。だとしたら、私みたいな一般大学生が周囲をウロウロしていたら、従兄弟として黙っていられなかったのかもしれない。
ひとり勝手に納得した私は、逆に狐月さんに問いかけた。
「狐月さんこそ、こんなところでどうしたんですか? 響紀さんみたいに、紛れ込んでいる妖怪がいないか見回りしているってわけでもないですよね?」
「うん。僕は普通にお買いものだよ」
さっきまでジトッと私を見つめていたのも、なんのその。狐月さんはにこにこ笑うと、持っていた紙袋から取り出したつつみをいそいそと開いた。
私が覗き込んで待っていると、つつみから現れたのはだるまの絵が描かれた可愛らしい豆皿だった。
「うわ! すっごく可愛い!」
「でしょ。さっき、公園に入ってすぐのお店で一目ぼれして買っちゃったんだ」
ほくほくと嬉しそうに、狐月さんは豆皿を見せてくる。
狐月さんは私と同じで、丸っこくて可愛いものが好きだ。食器棚に信楽焼のたぬきや招き猫だときどき紛れているのもその影響だし、最近はレジ横にちょこんと小さなだるまが置かれてもいる。この豆皿も、まるっとした絶妙なフォルムが気に入ったのだろう。
「青空市は、たまに掘り出しものが見つかるから、予定が合えば少しでも覗くようにしているんだ。今日も、都合よくキヨさんがお店に来てくれたからね。留守番をキヨさんにお願いして、コン吉とこっちにきちゃった」
「それ、店主としてはどうなんですかね」
狐月さんらしいといえば狐月さんらしいマイペース具合に、私は苦笑した。いまごろ縁結びカフェでは、今日も今日とて現役女子大生顔負けに可愛くおめかしをしたキヨさんが、ぶすっとした顔をしてカウンターに座っているに違いない。
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