10 / 50
第二話 萩焼と文車恋煩い
3.
しおりを挟む文車妖姫。それは、かつて手紙や書物を運ぶのに使った道具から生まれた妖怪であり、長い年月を経て道具に魂が宿る付喪神の一種だという。
一説には捨てられた古い恋文に宿る怨念が具現化して妖怪化したものであり、非常に恐ろしい、鬼のような形相をした姿をしているそうだ。
……なんて。付け焼き刃的にネットで調べてはみたけれど、私は納得できなくてスマホ画面と目の前の現物を交互に見比べてしまう。
「なんじゃ。人の子のくせに、わらわを不躾にじろじろと」
可愛らしい眉を顰めてのたまう文車は、どう見ても今時のお洒落な女子大生だ。
小さな作りの顔に施すのは素材を活かしたナチュラルメイクだし、髪も適度に抜け感のあるふんわり柔らかなストレートヘア。服装も今年のトレンドの全身白コーデで、とてもじゃないが「昔の道具から生まれた妖怪」には見えない。
「いや、おかしいでしょ! 現役大学生よりもよっぽどナウなファッションを押さえた妖怪とか、それもう妖怪じゃないわよ!」
女子力の差に打ちのめされつつ、私はせめてもの抵抗で抗議する。けれども文車は、上向きまつげに縁取られた目を細めて、鼻で笑った。
「ぬかせ。男に胸焦がすあまたの女の情念が実体化したのがわらわという妖怪ぞ。その美意識が、恋のひとつも知らぬ小娘に負けるわけなかろう」
「う、たしかに……」
「ちなみにわらわは、いつの時代も最新のとれんどちぇっくに余念がないぞ。今日のめいくも、TokTikで予習したものじゃからな」
「美意識がナウい!」
スマホ画面に映るメイク動画をきらんと見せつける文車に、完敗した私はカウンターに両手をついた。化粧は見よう見まねの自己流、恋人のいない年数=年齢の私に、勝てる要素などないのである。
文車が「ざまあないな、小娘!」とはしゃいだその時、お店の奥からプレートを手に狐月さんが戻ってくる。私たちの声は裏にまで聞こえていたらしく、狐月さんは文車に苦笑した。
「そのへんにして、キヨさん。うちの新人を、あんまりいじめないでよ」
「やめろ、ソータ。わらわをその名で呼ぶなといつも言っておるじゃろう」
「キヨさんはキヨさんなんだから、しょうがないでしょ?」
「わらわはもっとナウい名前が欲しいんじゃ!」
ぷいとそっぽを向いた文車あらためキヨさんは、狐月さんと随分親しげだ。私ははじめて会うけど、よく店に来る常連さんなのだろう。
狐月さんはふふっと笑ってから、トレーごとキヨさんの前に置いた。
「アイスが溶けてしまう前にどうぞ。キヨさんお待ちかねの、抹茶フロートと抹茶シフォンケーキだよ」
「おぉっ!」
ふて腐れた顔が一転、キヨさんはぱああと顔を輝かせる。横から覗き込むと、かなり大きめの薄紫色の湯呑みにたぷたぷに抹茶が注がれ、白いバニラアイスがこんもりと浮かんでいる。平皿も同色で、若草色の抹茶シフォンケーキと素晴らしくマッチしていた。
「これじゃ、これじゃ。わらわはこれを待っておったのじゃ」
ご機嫌に声をはずませ、キヨさんはパフェスプーンを取り上げる。アイスを救い上げて口に運んだ彼女は、ほぅ……とうっとりと目を細めた。
「抹茶のほろ苦さと、バニラアイスの甘味の奇跡の会合……。ほんに、昔じゃあり得ぬ組み合わせじゃ。1000年長生きしてみるもんじゃな」
「1000年!? いま、1000年生きてるって言いました!?」
「文車は平安時代とかに使われていた道具だからなあ。文車妖姫っていったら、だいだいそんぐらい生きてる妖怪だろ」
さも当然だと言わんばかりにコン吉先輩が言う。けれども、私はますます唖然として文車・キヨさんを見た。ちなみにキヨさんは、「そうじゃ、忘れておった」と言いながら、アンスタだかTokTikだかにアップする用の写真をパシャパシャとってる。
(この今時SNS映え系女子が、平安時代から生きてるって……)
なんていうか、美魔女怖い。もはや妖怪の域。いや、比喩でも何でも無く妖怪だったわ。
「……おい、人の子。お主、何やら失礼なことを考えておるな?」
「いえ、まったく!」
笑って誤魔化したその時、私はふと、キヨさんがスマホのカメラを向ける湯呑みに目に留まった。光の加減で表面がつるりと輝いた瞬間、私はとっさにキヨさんの手首を掴んでしまっていた。
「危ない!」
「な、なんじゃ?」
「店長! この湯呑み、ヒビが入ってます!」
「はあ?」と驚くキヨさんに、狐月さんもどれどれと身を乗り出す。軽く湯呑みを持ち上げて確認した彼は、けれどもすぐに柔らかく微笑んだ。
「大丈夫だよ、水無瀬さん。これは器が割れているんじゃない。貫入って言ってね、萩焼の特徴のひとつなんだ」
「貫入??」
「そう。窯で焼いたあとに熱が冷めていくとき、素地と釉薬の収縮率の差によって、表面の釉薬の部分にヒビが入る。このヒビが、器を使い込んでいくうちに色が染みて浮き上がり、味わいが増していく。それを、『萩の七化け』なんて言って楽しむんだよ」
「へえ……」
改めてよく見て見ると、確かに湯呑みの表面のヒビは、周囲の薄紫色に対してうっすらと濃くなっている。まるで、ヒビそのものが模様みたいだ。
「言われてみれば、こやつもなかなかいい顔をするようになったなあ」
私につられて、キヨさんも目を細めてフロート入りの湯呑みを眺めている。まるで旧知の友に向けるような視線に、思わず私は尋ねてしまった。
「キヨさんは、いつもその器で抹茶フロートを頼むんですか?」
「そうじゃな。かれこれ、もう10年くらいの付き合いになるかの」
「10年!? そんなに!」
「わらわにとっては、瞬きにも満たぬ一瞬の時間じゃがな。まだ店長が先代の時、尻の青い中坊だったソータが『このお客さんには、この器がぴったりだと思う』などと小生意気にもほざいてな。以来、この萩焼を愛用させてもらっておる」
言葉とは裏腹に懐かしそうに話したキヨさんは、再びアイスと抹茶を救い上げて、ぱくりと幸せそうに口に運んだのだっだ。
0
あなたにおすすめの小説
後宮なりきり夫婦録
石田空
キャラ文芸
「月鈴、ちょっと嫁に来るか?」
「はあ……?」
雲仙国では、皇帝が三代続いて謎の昏睡状態に陥る事態が続いていた。
あまりにも不可解なために、新しい皇帝を立てる訳にもいかない国は、急遽皇帝の「影武者」として跡継ぎ騒動を防ぐために寺院に入れられていた皇子の空燕を呼び戻すことに決める。
空燕の国の声に応える条件は、同じく寺院で方士修行をしていた方士の月鈴を妃として後宮に入れること。
かくしてふたりは片や皇帝の影武者として、片や皇帝の偽りの愛妃として、後宮と言う名の魔窟に潜入捜査をすることとなった。
影武者夫婦は、後宮内で起こる事件の謎を解けるのか。そしてふたりの想いの行方はいったい。
サイトより転載になります。
結婚して5年、冷たい夫に離縁を申し立てたらみんなに止められています。
真田どんぐり
恋愛
ー5年前、ストレイ伯爵家の美しい令嬢、アルヴィラ・ストレイはアレンベル侯爵家の侯爵、ダリウス・アレンベルと結婚してアルヴィラ・アレンベルへとなった。
親同士に決められた政略結婚だったが、アルヴィラは旦那様とちゃんと愛し合ってやっていこうと決意していたのに……。
そんな決意を打ち砕くかのように旦那様の態度はずっと冷たかった。
(しかも私にだけ!!)
社交界に行っても、使用人の前でもどんな時でも冷たい態度を取られた私は周りの噂の恰好の的。
最初こそ我慢していたが、ある日、偶然旦那様とその幼馴染の不倫疑惑を耳にする。
(((こんな仕打ち、あんまりよーー!!)))
旦那様の態度にとうとう耐えられなくなった私は、ついに離縁を決意したーーーー。
侯爵夫人のハズですが、完全に無視されています
猫枕
恋愛
伯爵令嬢のシンディーは学園を卒業と同時にキャッシュ侯爵家に嫁がされた。
しかし婚姻から4年、旦那様に会ったのは一度きり、大きなお屋敷の端っこにある離れに住むように言われ、勝手な外出も禁じられている。
本宅にはシンディーの偽物が奥様と呼ばれて暮らしているらしい。
盛大な結婚式が行われたというがシンディーは出席していないし、今年3才になる息子がいるというが、もちろん産んだ覚えもない。
後宮の偽花妃 国を追われた巫女見習いは宦官になる
gari@七柚カリン
キャラ文芸
旧題:国を追われた巫女見習いは、隣国の後宮で二重に花開く
☆4月上旬に書籍発売です。たくさんの応援をありがとうございました!☆ 植物を慈しむ巫女見習いの凛月には、二つの秘密がある。それは、『植物の心がわかること』『見目が変化すること』。
そんな凛月は、次期巫女を侮辱した罪を着せられ国外追放されてしまう。
心機一転、紹介状を手に向かったのは隣国の都。そこで偶然知り合ったのは、高官の峰風だった。
峰風の取次ぎで紹介先の人物との対面を果たすが、提案されたのは後宮内での二つの仕事。ある時は引きこもり後宮妃(欣怡)として巫女の務めを果たし、またある時は、少年宦官(子墨)として庭園管理の仕事をする、忙しくも楽しい二重生活が始まった。
仕事中に秘密の能力を活かし活躍したことで、子墨は女嫌いの峰風の助手に抜擢される。女であること・巫女であることを隠しつつ助手の仕事に邁進するが、これがきっかけとなり、宮廷内の様々な騒動に巻き込まれていく。
王宮メイドは今日も夫を「観察」する
kujinoji
恋愛
「はぁぁ〜!今日も働くヴィクター様が尊すぎる……!」
王宮メイドのミネリは、今日も愛しの夫ヴィクターを「観察」していた。
ヴィクターが好きすぎるあまり、あますところなく彼を見つめていたいミネリ。内緒で王宮メイドになり、文官である夫のもとに通うことに。
だけどある日、ヴィクターとある女性の、とんでもない場面を目撃してしまって……?
※同じものを他サイトにて、別名義で公開しています。
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜
百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。
「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」
ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!?
ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……?
サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います!
※他サイト様にも掲載
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる