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第二話 萩焼と文車恋煩い

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 文車妖姫。それは、かつて手紙や書物を運ぶのに使った道具から生まれた妖怪であり、長い年月を経て道具に魂が宿る付喪神の一種だという。

 一説には捨てられた古い恋文に宿る怨念が具現化して妖怪化したものであり、非常に恐ろしい、鬼のような形相をした姿をしているそうだ。

 ……なんて。付け焼き刃的にネットで調べてはみたけれど、私は納得できなくてスマホ画面と目の前のを交互に見比べてしまう。

「なんじゃ。人の子のくせに、わらわを不躾にじろじろと」

 可愛らしい眉を顰めてのたまう文車は、どう見ても今時のお洒落な女子大生だ。

 小さな作りの顔に施すのは素材を活かしたナチュラルメイクだし、髪も適度に抜け感のあるふんわり柔らかなストレートヘア。服装も今年のトレンドの全身白コーデで、とてもじゃないが「昔の道具から生まれた妖怪」には見えない。

「いや、おかしいでしょ! 現役大学生よりもよっぽどナウなファッションを押さえた妖怪とか、それもう妖怪じゃないわよ!」

 女子力の差に打ちのめされつつ、私はせめてもの抵抗で抗議する。けれども文車は、上向きまつげに縁取られた目を細めて、鼻で笑った。

「ぬかせ。男に胸焦がすあまたの女の情念が実体化したのがわらわという妖怪ぞ。その美意識が、恋のひとつも知らぬ小娘に負けるわけなかろう」

「う、たしかに……」

「ちなみにわらわは、いつの時代も最新のとれんどちぇっくに余念がないぞ。今日のめいくも、TokTikで予習したものじゃからな」

「美意識がナウい!」

 スマホ画面に映るメイク動画をきらんと見せつける文車に、完敗した私はカウンターに両手をついた。化粧は見よう見まねの自己流、恋人のいない年数=年齢の私に、勝てる要素などないのである。

 文車が「ざまあないな、小娘!」とはしゃいだその時、お店の奥からプレートを手に狐月さんが戻ってくる。私たちの声は裏にまで聞こえていたらしく、狐月さんは文車に苦笑した。

「そのへんにして、キヨさん。うちの新人を、あんまりいじめないでよ」

「やめろ、ソータ。わらわをその名で呼ぶなといつも言っておるじゃろう」

「キヨさんはキヨさんなんだから、しょうがないでしょ?」

「わらわはもっとナウい名前が欲しいんじゃ!」

 ぷいとそっぽを向いた文車あらためキヨさんは、狐月さんと随分親しげだ。私ははじめて会うけど、よく店に来る常連さんなのだろう。

 狐月さんはふふっと笑ってから、トレーごとキヨさんの前に置いた。

「アイスが溶けてしまう前にどうぞ。キヨさんお待ちかねの、抹茶フロートと抹茶シフォンケーキだよ」

「おぉっ!」

 ふて腐れた顔が一転、キヨさんはぱああと顔を輝かせる。横から覗き込むと、かなり大きめの薄紫色の湯呑みにたぷたぷに抹茶が注がれ、白いバニラアイスがこんもりと浮かんでいる。平皿も同色で、若草色の抹茶シフォンケーキと素晴らしくマッチしていた。

「これじゃ、これじゃ。わらわはこれを待っておったのじゃ」

 ご機嫌に声をはずませ、キヨさんはパフェスプーンを取り上げる。アイスを救い上げて口に運んだ彼女は、ほぅ……とうっとりと目を細めた。

「抹茶のほろ苦さと、バニラアイスの甘味の奇跡の会合……。ほんに、昔じゃあり得ぬ組み合わせじゃ。1000年長生きしてみるもんじゃな」

「1000年!? いま、1000年生きてるって言いました!?」

「文車は平安時代とかに使われていた道具だからなあ。文車妖姫っていったら、だいだいそんぐらい生きてる妖怪だろ」

 さも当然だと言わんばかりにコン吉先輩が言う。けれども、私はますます唖然として文車・キヨさんを見た。ちなみにキヨさんは、「そうじゃ、忘れておった」と言いながら、アンスタだかTokTikだかにアップする用の写真をパシャパシャとってる。

(この今時SNS映え系女子が、平安時代から生きてるって……)

 なんていうか、美魔女怖い。もはや妖怪の域。いや、比喩でも何でも無く妖怪だったわ。

「……おい、人の子。お主、何やら失礼なことを考えておるな?」

「いえ、まったく!」

 笑って誤魔化したその時、私はふと、キヨさんがスマホのカメラを向ける湯呑みに目に留まった。光の加減で表面がつるりと輝いた瞬間、私はとっさにキヨさんの手首を掴んでしまっていた。

「危ない!」

「な、なんじゃ?」

「店長! この湯呑み、ヒビが入ってます!」

「はあ?」と驚くキヨさんに、狐月さんもどれどれと身を乗り出す。軽く湯呑みを持ち上げて確認した彼は、けれどもすぐに柔らかく微笑んだ。

「大丈夫だよ、水無瀬さん。これは器が割れているんじゃない。貫入って言ってね、萩焼の特徴のひとつなんだ」

「貫入??」

「そう。窯で焼いたあとに熱が冷めていくとき、素地と釉薬の収縮率の差によって、表面の釉薬の部分にヒビが入る。このヒビが、器を使い込んでいくうちに色が染みて浮き上がり、味わいが増していく。それを、『萩の七化け』なんて言って楽しむんだよ」

「へえ……」

 改めてよく見て見ると、確かに湯呑みの表面のヒビは、周囲の薄紫色に対してうっすらと濃くなっている。まるで、ヒビそのものが模様みたいだ。

「言われてみれば、こやつもなかなかいい顔をするようになったなあ」

 私につられて、キヨさんも目を細めてフロート入りの湯呑みを眺めている。まるで旧知の友に向けるような視線に、思わず私は尋ねてしまった。

「キヨさんは、いつもその器で抹茶フロートを頼むんですか?」

「そうじゃな。かれこれ、もう10年くらいの付き合いになるかの」

「10年!? そんなに!」

「わらわにとっては、瞬きにも満たぬ一瞬の時間じゃがな。まだ店長が先代の時、尻の青い中坊だったソータが『このお客さんには、この器がぴったりだと思う』などと小生意気にもほざいてな。以来、この萩焼を愛用させてもらっておる」

 言葉とは裏腹に懐かしそうに話したキヨさんは、再びアイスと抹茶を救い上げて、ぱくりと幸せそうに口に運んだのだっだ。
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