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第一話 とびかんなとハグレ倉ぼっこ
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縁結びというと、一般には「恋愛のご縁」を思い浮かべるだろう。
けれどもご縁というのは、恋愛に限った話じゃない。仕事の縁。友人の縁。学業の縁。さまざまなご縁が、私たちの日常にはぐるぐると絡み付いている。
大学裏の縁結び神社も、そういうマルチな意味での「縁結び」神社だ。
よくあるのは、単位ギリギリの学生が最後の望みの綱として、試験前日にお参りをするらしい。ご利益のほどは不明だが、文字通りの神頼みというやつだ。
私自身も縁結び神社に祈ったのは、恋愛以外のご縁である。
(なのに悪いご縁に憑かれてるって、どういうこと!?)
あとでちゃんと説明するから。そう話したイケメンさんを信じて、カウンター越しにイケメンさんを眺めつつヤキモキしていた。
ちなみにあの後、私はイケメンさんに「よかったら、少し話さない?」と誘われ、神社の隣の小さなカフェに入った。
そこは、少し不思議な店だった。
大正レトロというやつだろうか。色の濃い木目の扉をくぐり抜けた先は、情緒あふれるクラシックな内装が広がり、どこかで聞いたことのあるメロディが緩やかに流れている。
印象的なのは、奥手にあるカウンターだ。その向こうには食器棚いっぱいにカップとソーサーがずらりとならび、圧巻の眺めになっている。合間合間に、さりげなく招き猫や信楽焼のたぬきが飾られているのも可愛い。
昔懐かしいという言葉が似合う、おしゃれな喫茶店。突然連れてこられた私でさえ、一瞬で虜になってしまう。
(こんなお店、神社の隣にあったんだ)
神社に来るのは初めてじゃないのに、お店のことは全然知らなかった。レモンの香りがするお冷やを飲みながら、私はキョロキョロと店内を観察する。
壁の振り子時計が示す時刻は午後3時。ちょうどカフェタイムだというのに、店内にいるのは私だけ。国見大生どころか、寺川マダムの姿もない。
こんなに素敵なお店なのに、流行っていないのだろうか。たしかに立地はいいとは言えないが、神社の真隣だから場所は覚えやすい。
レトロ好きの学生が、本を読んだり勉強したりするときに愛用してもおかしくないのに。
(もしかして、この店。めちゃくちゃお高いとかじゃ……)
財布の中が心許ない私は、途端にむずむずと居心地の悪さを覚える。カウンター席でそわそわしていると、カウンターの向こうのお兄さんが笑った。
「落ち着かなそうだね。取って食いやしないから安心しなよ」
「で、でも。実は……手持ちが、少なくて」
恥ずかしくて、最後はほぼ囁き声になってしまった。
お兄さんはキョトンとしてから、意味を理解して吹き出した。
「ごめん、ごめん。心配しなくていいよ。今日は僕の奢り。僕が誘って、店に来てもらったんだから」
そう言ってお兄さんはドリップポッドを掲げてみせた。
どうやらお兄さんは、この喫茶店の店員さんらしい。エプロン姿で神社にいたのも納得――はしないけど、一応謎は解けた。
お兄さんは慣れた手つきで、ポッドの先を緩やかに回してお湯を落としていく。爽やかイケメンの彼がコーヒーを淹れる姿はすごく絵になって、ドラマの一場面を見ているみたいだ。
ある程度したところで、お兄さんはドリッパーをポッドの上に置いた。くるりと背後を振り返った彼は、カップとソーサーの並ぶ食器棚を見上げてふむと考え込んだ。
私の位置からだと背中しか見えないが、食器棚を眺めるお兄さんが真剣だということはわかった。しばらく吟味してから、お兄さんは「うん、この子にする」と頷いた。
「お待たせしました。当店オリジナル、縁結びブレンドです」
ことりと、お兄さんがソーサーに乗ったコーヒーカップを置いてくれる。淹れたてのコーヒーのほろ苦くも甘い香りが、ふわりと立ち上る。
けれども中身より、私はお兄さんが熟考の末に選んだ「この子」に目を奪われた。
「かわいい器……」
呟いて、思わず手に取ってしまった。それは、ちょっと渋みもある素朴で可愛らしいコーヒーカップだ。黄色味がかった土の肌に小さな削り模様がぐるりと入っていて、シンプルなのにすごく味わいがある。受け皿も同様の模様で、統一感があって素敵だった。
しげしげと器を眺めていると、お兄さんの目がきらんと光った。
「いい表情だね。もしかして、君も焼き物が好きなの?」
「はい! といっても、最近ひとり暮らしを始めたので、ちょっと興味が出てきたぐらいですけど。お兄さんは、器がものすごく好きなんですね」
「あれ、わかっちゃった? あはは、照れちゃうな」
(見ればわかるって)
頭の後ろに手を当てて照れるお兄さんに、私は心の中で突っ込んだ。ていうか、自分でも「君も」と言ったではないか。そういう言い方をする人間は、相当のオタクだと相場が決まっている。
とはいえ、お兄さんほどではないにせよ、食器に興味が出てきたのは本当だ。最近は大学通りにあるインテリアショップをちょこちょこ覗いて、かわいいコップやカトラリーを買い足している最中である。
いいなあ。こういう食器、どこに売ってるのかな。そんなことを考えていると、お兄さんが微笑んだ。
「器との出会いも人と同じ、一期一会のご縁だよ。同じ絵柄や技法でも、焼いた日の温度や職人の手技ひとつで表情が変わる。――ちなみに、その器は小鹿田焼でね。飛び鉋で掘られた模様が有名で、僕もそこを気に入って買ったんだ」
「なんだか優しくて、安心する模様ですね」
器としては本当にシンプルだ。くるくると内から外に向かって、絶妙なバランスで削り模様が掘られている。たったそれだけなのに、リズムカルでなんだか可愛い。
すると、お兄さんの顔がぱあっと明るくなった。
「小鹿田焼はね、民芸運動で一気に広がった焼き物なんだ。日常の暮らしの中で使われていた手仕事の中に『美』を見出したのが民芸運動なんだけど、これもそのひとつでね。懐かしくて、温かい。当たり前にそばにいて、いつもそっと寄り添ってくれる。――君が、そういう器を好きでよかった」
爽やかイケメンの嬉しそうな表情に、私は「ひゅっ」と小さく息を呑んでしまう。ちなみに私は中高共に女子校で、異性への耐性はほとんどゼロ。今更のようにドキドキしてきて、私は慌てて話題を変えた。
「そ、それより。そろそろ教えてくれませんか。さっき私に、悪い縁が憑いているっていいましたよね。あれ、どういう意味ですか」
「言葉通りの意味だよ」
笑顔をたたえて、お兄さんは涼しい声で答える。神社で話したときと同じ、なんでもないことを話す口ぶりだ。
「君は悪い縁に憑かれている。それも、とびっきり質の悪いタイプの」
「へーえ? 具体的には、どういうものです?」
「貧乏神。平たくいうと、そんなところ」
さらりと告げたお兄さんに、挑発するように身を乗り出していた私はぽかんと呆けた。
(貧乏神? いま、そう言った?)
たとえ話か何かだろうか。それとも何かの隠語? ひとつはっきりしているのは、お兄さんが冗談を言っているわけではなさそうだということだけである。
「……えーっと。お兄さんって宗教勧誘のひとだったりします? それか、マルチ商法の営業マンとか?」
「君は面白い子だね。仮にそうだとしたら、素直に『はい、そうです』なんて答えないと思うよ」
それはまあ、そうかもしれない。お兄さんの正論に口をへの字にしていると、お兄さんは愉快そうに身を乗り出した。
「それに君は、僕を胡散臭いと思いながらも、大人しくここまで来てくれた。それって、僕がいう『悪いご縁』に思い当たる節があるからじゃない?」
細い切れ長の目の奥で、何もかも見透かしたような瞳がこちらを眺めている。
うっと言葉を詰まらせて、私は目を逸らした。
――お兄さんが言うことは正しい。
神社で「悪い縁に憑かれている」と言われたとき、私は「ああ、なるほど」と思ってしまった。
あんなことも、こんなことも。全部ぜんぶ悪い縁のせいだと思えば説明がつく。だから私は、イケメンとはいえ、怪しいお兄さんについてきてしまったのだ。
「よかったら話を聞かせてよ。ほら。コーヒーを一口、喉を潤してから」
顔をしかめて悩む私に、お兄さんはそう言って微笑んだ。
けれどもご縁というのは、恋愛に限った話じゃない。仕事の縁。友人の縁。学業の縁。さまざまなご縁が、私たちの日常にはぐるぐると絡み付いている。
大学裏の縁結び神社も、そういうマルチな意味での「縁結び」神社だ。
よくあるのは、単位ギリギリの学生が最後の望みの綱として、試験前日にお参りをするらしい。ご利益のほどは不明だが、文字通りの神頼みというやつだ。
私自身も縁結び神社に祈ったのは、恋愛以外のご縁である。
(なのに悪いご縁に憑かれてるって、どういうこと!?)
あとでちゃんと説明するから。そう話したイケメンさんを信じて、カウンター越しにイケメンさんを眺めつつヤキモキしていた。
ちなみにあの後、私はイケメンさんに「よかったら、少し話さない?」と誘われ、神社の隣の小さなカフェに入った。
そこは、少し不思議な店だった。
大正レトロというやつだろうか。色の濃い木目の扉をくぐり抜けた先は、情緒あふれるクラシックな内装が広がり、どこかで聞いたことのあるメロディが緩やかに流れている。
印象的なのは、奥手にあるカウンターだ。その向こうには食器棚いっぱいにカップとソーサーがずらりとならび、圧巻の眺めになっている。合間合間に、さりげなく招き猫や信楽焼のたぬきが飾られているのも可愛い。
昔懐かしいという言葉が似合う、おしゃれな喫茶店。突然連れてこられた私でさえ、一瞬で虜になってしまう。
(こんなお店、神社の隣にあったんだ)
神社に来るのは初めてじゃないのに、お店のことは全然知らなかった。レモンの香りがするお冷やを飲みながら、私はキョロキョロと店内を観察する。
壁の振り子時計が示す時刻は午後3時。ちょうどカフェタイムだというのに、店内にいるのは私だけ。国見大生どころか、寺川マダムの姿もない。
こんなに素敵なお店なのに、流行っていないのだろうか。たしかに立地はいいとは言えないが、神社の真隣だから場所は覚えやすい。
レトロ好きの学生が、本を読んだり勉強したりするときに愛用してもおかしくないのに。
(もしかして、この店。めちゃくちゃお高いとかじゃ……)
財布の中が心許ない私は、途端にむずむずと居心地の悪さを覚える。カウンター席でそわそわしていると、カウンターの向こうのお兄さんが笑った。
「落ち着かなそうだね。取って食いやしないから安心しなよ」
「で、でも。実は……手持ちが、少なくて」
恥ずかしくて、最後はほぼ囁き声になってしまった。
お兄さんはキョトンとしてから、意味を理解して吹き出した。
「ごめん、ごめん。心配しなくていいよ。今日は僕の奢り。僕が誘って、店に来てもらったんだから」
そう言ってお兄さんはドリップポッドを掲げてみせた。
どうやらお兄さんは、この喫茶店の店員さんらしい。エプロン姿で神社にいたのも納得――はしないけど、一応謎は解けた。
お兄さんは慣れた手つきで、ポッドの先を緩やかに回してお湯を落としていく。爽やかイケメンの彼がコーヒーを淹れる姿はすごく絵になって、ドラマの一場面を見ているみたいだ。
ある程度したところで、お兄さんはドリッパーをポッドの上に置いた。くるりと背後を振り返った彼は、カップとソーサーの並ぶ食器棚を見上げてふむと考え込んだ。
私の位置からだと背中しか見えないが、食器棚を眺めるお兄さんが真剣だということはわかった。しばらく吟味してから、お兄さんは「うん、この子にする」と頷いた。
「お待たせしました。当店オリジナル、縁結びブレンドです」
ことりと、お兄さんがソーサーに乗ったコーヒーカップを置いてくれる。淹れたてのコーヒーのほろ苦くも甘い香りが、ふわりと立ち上る。
けれども中身より、私はお兄さんが熟考の末に選んだ「この子」に目を奪われた。
「かわいい器……」
呟いて、思わず手に取ってしまった。それは、ちょっと渋みもある素朴で可愛らしいコーヒーカップだ。黄色味がかった土の肌に小さな削り模様がぐるりと入っていて、シンプルなのにすごく味わいがある。受け皿も同様の模様で、統一感があって素敵だった。
しげしげと器を眺めていると、お兄さんの目がきらんと光った。
「いい表情だね。もしかして、君も焼き物が好きなの?」
「はい! といっても、最近ひとり暮らしを始めたので、ちょっと興味が出てきたぐらいですけど。お兄さんは、器がものすごく好きなんですね」
「あれ、わかっちゃった? あはは、照れちゃうな」
(見ればわかるって)
頭の後ろに手を当てて照れるお兄さんに、私は心の中で突っ込んだ。ていうか、自分でも「君も」と言ったではないか。そういう言い方をする人間は、相当のオタクだと相場が決まっている。
とはいえ、お兄さんほどではないにせよ、食器に興味が出てきたのは本当だ。最近は大学通りにあるインテリアショップをちょこちょこ覗いて、かわいいコップやカトラリーを買い足している最中である。
いいなあ。こういう食器、どこに売ってるのかな。そんなことを考えていると、お兄さんが微笑んだ。
「器との出会いも人と同じ、一期一会のご縁だよ。同じ絵柄や技法でも、焼いた日の温度や職人の手技ひとつで表情が変わる。――ちなみに、その器は小鹿田焼でね。飛び鉋で掘られた模様が有名で、僕もそこを気に入って買ったんだ」
「なんだか優しくて、安心する模様ですね」
器としては本当にシンプルだ。くるくると内から外に向かって、絶妙なバランスで削り模様が掘られている。たったそれだけなのに、リズムカルでなんだか可愛い。
すると、お兄さんの顔がぱあっと明るくなった。
「小鹿田焼はね、民芸運動で一気に広がった焼き物なんだ。日常の暮らしの中で使われていた手仕事の中に『美』を見出したのが民芸運動なんだけど、これもそのひとつでね。懐かしくて、温かい。当たり前にそばにいて、いつもそっと寄り添ってくれる。――君が、そういう器を好きでよかった」
爽やかイケメンの嬉しそうな表情に、私は「ひゅっ」と小さく息を呑んでしまう。ちなみに私は中高共に女子校で、異性への耐性はほとんどゼロ。今更のようにドキドキしてきて、私は慌てて話題を変えた。
「そ、それより。そろそろ教えてくれませんか。さっき私に、悪い縁が憑いているっていいましたよね。あれ、どういう意味ですか」
「言葉通りの意味だよ」
笑顔をたたえて、お兄さんは涼しい声で答える。神社で話したときと同じ、なんでもないことを話す口ぶりだ。
「君は悪い縁に憑かれている。それも、とびっきり質の悪いタイプの」
「へーえ? 具体的には、どういうものです?」
「貧乏神。平たくいうと、そんなところ」
さらりと告げたお兄さんに、挑発するように身を乗り出していた私はぽかんと呆けた。
(貧乏神? いま、そう言った?)
たとえ話か何かだろうか。それとも何かの隠語? ひとつはっきりしているのは、お兄さんが冗談を言っているわけではなさそうだということだけである。
「……えーっと。お兄さんって宗教勧誘のひとだったりします? それか、マルチ商法の営業マンとか?」
「君は面白い子だね。仮にそうだとしたら、素直に『はい、そうです』なんて答えないと思うよ」
それはまあ、そうかもしれない。お兄さんの正論に口をへの字にしていると、お兄さんは愉快そうに身を乗り出した。
「それに君は、僕を胡散臭いと思いながらも、大人しくここまで来てくれた。それって、僕がいう『悪いご縁』に思い当たる節があるからじゃない?」
細い切れ長の目の奥で、何もかも見透かしたような瞳がこちらを眺めている。
うっと言葉を詰まらせて、私は目を逸らした。
――お兄さんが言うことは正しい。
神社で「悪い縁に憑かれている」と言われたとき、私は「ああ、なるほど」と思ってしまった。
あんなことも、こんなことも。全部ぜんぶ悪い縁のせいだと思えば説明がつく。だから私は、イケメンとはいえ、怪しいお兄さんについてきてしまったのだ。
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