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3章 ひとつ目の狐
14.
しおりを挟む「隠さずとも良い。その者は、先日城に来たゆえ知っている」
「へ、陛下!」
「陛下って……陛下!?」
紅焔が小屋から出ると、治安武官が慌てて両手を組んで頭を下げる。ほかの呪術師たちがぎょっとしたように目を丸くしてから治安武官に倣う中、尹嘉仁だけは驚きと不快感が入り混じる目でまじまじと紅焔を見た。
「なぜ、あなたがここに……」
「今宵は新月だろう。春明の言うひとつ目の狐とやらを、私もこの目で確かめに来た」
「陛下自らですか!?」
嘉仁の視線は紅焔に釘付けになっている。その隙に藍玉がこそりと小屋から出たのをそっと確認してから、紅焔は自分に注意を向けさせるために敢えて不遜に頷いてみせた。
「そうだ。私はこの国の王だ。王として、都を脅かす呪いを知る必要がある」
「知るって、そんなこと……」
「不満そうだな。そんなに嫌か、私が首を突っ込むのが」
冷たく言い放てば、ほかの呪術師たちが慌てたように目配せしあう。そんな中、嘉仁は一瞬舌打ちしそうな顔をしたが、恭しく頭を下げた。
「めっそうもございません。しかし、良策ではないと申し上げます」
「というと?」
「陛下が楽江の頂点におわす方であるのは間違いありません。しかし、怨霊や呪いは現世の外にあります。ゆえに我らがいるのです。民も王も関係なく穢す忌まわしき呪いからこの地を守るため、我らは日々研鑽をしているのです」
慎重に言葉は選んでいるが、つまりは「部外者は引っ込んでろ」と言いたいらしい。その証拠に、丁寧な言葉とは裏腹に、正直な目は忌々しげに紅焔を睨んでいる。
(やはりこの男は、鬼通院の呪術師であることにかなり誇りを持っているタイプだな)
実の兄を殺した血染めの夜叉王と恐れられる紅焔を前にしても、この態度だ。相手が楽江全土を治める皇帝であろうと、己が頭を垂れるべき相手は別にいると思っているのだろう。
彼が唯一敬うのは春明だ。先日、共に城に上がった時の様子から間違いない。春明がここにいない以上、説得は難しいが、といって紅焔も大人しく天宮城に戻るつもりはない。
(不敬だなんだと適当に話を切り上げることもできるが、さてどうするか)
そう紅焔が悩んだとき、背後から鈴の音のように凛とした声が響いた。
「その研鑽が単なる飾りではないと、力を示すべきはあなた方のほうでしょう」
(ばっ……!?)
声を出しそうになるのをどうにか堪えて、紅焔は背後を睨むにとどめた。だが、時すでに遅く、嘉仁は訝しげな視線を藍玉に向けている。そして藍玉もまた、長い髪を隠すための帽子の下から、挑戦的に嘉仁を見据えていた。
「お優しい陛下はひとつ目の狐を見定めに来たと仰いましたが、本当に見極める必要があるのは、あなた方が信用に足る力があるかどうかです。まだなんの実績も示してもないくせに、よくもそうグダグダと文句を垂れることができますね」
「も、文句だと!?」
「文句ですよ。それ以外になんと言えばいいんです? 陛下のお心が広いのをいいことに、嫌みたらしくネチネチ、ネチネチと。はっきり申し上げて、あなた何様なんですか?って感じで不快です」
「貴様ぁ……!」
「悔しかったら、まずは信頼を勝ち取ったらいかがですか。貴方が陛下とお話ができるのは、見事ひとつ目の狐を祓ったあとですよ」
男装した藍玉が言い放つと、嘉仁はぐぬぬと何かを堪えるように唇を噛んだ。しかし、藍玉のド正論に太刀打ちできなかったのか、荒々しく仲間の呪術師たちを振り返った。
「くそ、出るぞ!」
「か、嘉仁様? 死体は調べなくて良いのですか?」
「うっせえ! あとでまた来んだよ! 尊き御方がお調べ中だ!」
ドスドスと音を立てて、嘉仁が去っていく。仲間の呪術師たちは怯えるように紅焔(と、うしろの藍玉)に頭を下げてから、慌てて嘉仁を追いかけて行った。
やっちまったと額を押さえる紅焔に、顔なじみの治安武官がおそるおそる問いかける。
「あの、中の死体は、まだお調べになりますか……?」
「あ、大丈夫です。さっきまでで、十分確認できましたので」
「いや、でも、鬼通院の者たちが譲ってくれたんですが……」
「いいんじゃないですか? そのうち戻ってきますよ」
紅焔ではなく、藍玉がシレっと涼しい表情で答える。それを聞いた治安武官はますます困った顔をし、その横で紅焔も頭を抱えた。
二人の反応を見て、ようやく藍玉も「もしかして、やっちゃったかも?」と思ったらしい。ちょんちょんと紅焔の袖を引っ張り、彼女は不安そうに首を傾げた。
「……私、言い過ぎました?」
答える代わりに、紅焔はスッと手を上げる。嘉仁たちが去っていった方角を指差して、紅焔は一語一句厳かに告げた。
「謝ってきなさい。後ろで見ててあげるから」
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