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2章 霊憑きの髪飾り
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しおりを挟む千年前、楽江を治めていた大国、華ノ国。その末期を統べた皇帝・蘇芳の妃に、阿美妃という絶世の美女がいた。
その美しさは大陸一と謳われ、千年が過ぎた今でもなお、楽江の歴史に残る麗人として名を連ねている。
だが彼女はその狂おしいほどの美貌で、蘇芳帝を後の世に「残虐王」と評価せしめるほどに堕落させて華ノ国を破滅に導いた稀代の悪女であり、死後もなお怨霊となって楽江の地に呪いをかけて、長きにわたる戦乱の世をもたらした歴史上最悪の大妖狐としても知られている。
――伝記によれば、阿美妃は大陸北部の険しい山々が連なる秘境、今でいう仙脈の最奥に住まう少数民族の生まれだ。
彼女の一族はよほど密やかに暮らしていたらしく、ほかの記録には一切登場しない。伝記によれば、蘇芳帝は大陸地図の作成という一大事業のために各地に探索隊を送り込んでおり、そのうちの一派が、偶然、阿美妃の一族を見つけた。
阿美妃の村は、一年中花咲き乱れる蝶が舞う、この世のものとは思えぬ美しい地だった。知らせを受けて仙脈を訪れた蘇芳帝は、一目で阿美妃に心を奪われた。都に戻るその足で、彼は阿美妃を城に連れて帰って妃にしたという。
阿美妃を迎えてからというもの、蘇芳帝は彼女にのめり込み、おかしくなっていた。阿美妃を喜ばせるためならばと無尽蔵に浪費を繰り返し、足りない分は民からの税で巻き上げた。国を憂いる忠臣たちが王に諫言したが、蘇芳帝は彼らを片っ端から容赦なく処刑した。
ついに民の悲鳴に応えた蘇芳帝の異母弟が帝に反旗を翻し、反乱軍を率いて都に登り、城に乗り込んだ。彼はまず蘇芳帝の命をとり、続いて阿美妃に兵を向けた。
阿美妃は蘇芳帝の弟に捕らわれ、数日後に首を刎ねられる。しかし、阿美妃はそれで終わらなかった。
なんと彼女の正体は、九つに割れた尾を持つ白狐の妖怪。絶世の美女に化け、蘇芳帝を妖術で堕落させ、人間の世が荒れるのを見て楽しんでいたのだ。
阿美妃の落とされた首からは、本来の姿である九尾の白狐が飛び出した。最期の力を振りしぼり、阿美妃は都を火の海に変え、さらには華ノ国全土を覆う大呪詛を撒き散らした。
蘇芳帝の弟とその臣下を含め、要職の者のほとんどは炎に撒かれて死んだ。都は完全に焼失し、他の町も流行病に大飢饉と、人々を次々に苦難が襲った。
そうやって多くの死者を出し、数年の間に華ノ国は呆気なく滅んだ。
かろうじて生き延びた人々は厄災を鎮めるべく、都の鬼門となる東の岩山の依代としての社を建てた。呪術師らがその社に阿美妃の魂を封じたことで、一応は大厄災は鎮まった。
しかし呪いは完全には癒えず、そのために楽江では長く戦乱の世が続き、多くの血が流された――。
「……と、いう言い伝えは、当然君も知っているな」
華ノ国の滅びに関する伝承をかいつまんで聞かせ、紅焔は相手の反応を窺う。けれども、紅焔の声ですら、蘭玉の耳に届いているか怪しい。
なにせ彼女は、まるで宝物を与えられた幼子のような顔で、問題の簪が乗る漆の台座を掲げ持っている。
「すごい。ちゃんと、簪から霊の気配を感じます!」
「ちゃんと、ね……」
普段のクールな印象もなんのその、キラキラと目を輝かせて簪を眺める藍玉に、紅焔は曖昧に笑った。
時刻は穏やかに晴れた昼下がり。春陽宮には明るい陽の光が差し込んでおり、呪いだの怨霊だのの話をするのが場違いな空気である。
さて。彼女が持つ台座にあるのが、霊がついていると噂の簪だ。繊細な銀の花に翡翠がちりばめられたそれは可愛らしく、とてもいわく品には見えない。しかしこれを持ってきた胡伯によれば、たしかにこの簪は霊に呪われているという。
「旦那さまは、これをどちらでお求めになったのですか?」
「胡伯という、宮中出入りの商人からだ。砂漠の道を根城に、異国の品を運んでくる有益な男でな。たまたま、話の流れで、霊憑きのいわく品にあてがないか聞いてみたら、これを持ってきた」
「その方は、なんて素敵な商人さんでしょう! 旦那さまも、素敵な贈り物をありがとうございます」
「っ! あ、ああ」
無邪気に喜ぶ藍玉が不覚にも愛らしく見え、紅焔はどきりとした。動揺を隠すために視線を逸らしたが、すかさず気づいた藍玉の双子の従者たちがヒソヒソと囁きあう。
「見ましたか、宗。やっぱりこの人間、ウブですよ」
「もちろんだよ、玉。しかもこの人間、たまたまとか言ってるけど、絶対にわざわざ姫さまのために贈り物を探させたに違いないよ」
「健気ですね、宗」
「健気だね、玉」
(こいつら、聞こえてるんだけどなぁ……!)
顔を赤らめて、紅焔は見えないところで拳を握りしめる。この双子、何歳なのかは知らないが、思ったことを口に出しすぎではないだろうか。ここで騒ぎ立てれば自身の護憲に関わるゆえ、敢えて聞こえないフリをしてやるが。
幸いといえばあれだが、藍玉は従者たちの言葉も耳に届いていない。咳払いをひとつして気持ちを切り替え、紅焔は再び藍玉に語りかける。
「商人によれば、その簪は行方不明となった阿美妃の一人娘、麓姫のものと言われているが……。麓姫の説明は、君には不要だろうな」
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