上 下
23 / 90
2章 霊憑きの髪飾り

2-5

しおりを挟む

 千年前、楽江を治めていた大国、華ノ国。その末期を統べた皇帝・蘇芳スオウの妃に、阿美妃という絶世の美女がいた。

 その美しさは大陸一と謳われ、千年が過ぎた今でもなお、楽江の歴史に残る麗人として名を連ねている。

 だが彼女はその狂おしいほどの美貌で、蘇芳帝を後の世に「残虐王」と評価せしめるほどに堕落させて華ノ国を破滅に導いた稀代の悪女であり、死後もなお怨霊となって楽江の地に呪いをかけて、長きにわたる戦乱の世をもたらした歴史上最悪の大妖狐としても知られている。

 ――伝記によれば、阿美妃は大陸北部の険しい山々が連なる秘境、今でいう仙脈の最奥に住まう少数民族の生まれだ。

 彼女の一族はよほど密やかに暮らしていたらしく、ほかの記録には一切登場しない。伝記によれば、蘇芳帝は大陸地図の作成という一大事業のために各地に探索隊を送り込んでおり、そのうちの一派が、偶然、阿美妃の一族を見つけた。

 阿美妃の村は、一年中花咲き乱れる蝶が舞う、この世のものとは思えぬ美しい地だった。知らせを受けて仙脈を訪れた蘇芳帝は、一目で阿美妃に心を奪われた。都に戻るその足で、彼は阿美妃を城に連れて帰って妃にしたという。

 阿美妃を迎えてからというもの、蘇芳帝は彼女にのめり込み、おかしくなっていた。阿美妃を喜ばせるためならばと無尽蔵に浪費を繰り返し、足りない分は民からの税で巻き上げた。国を憂いる忠臣たちが王に諫言したが、蘇芳帝は彼らを片っ端から容赦なく処刑した。

 ついに民の悲鳴に応えた蘇芳帝の異母弟が帝に反旗を翻し、反乱軍を率いて都に登り、城に乗り込んだ。彼はまず蘇芳帝の命をとり、続いて阿美妃に兵を向けた。

 阿美妃は蘇芳帝の弟に捕らわれ、数日後に首を刎ねられる。しかし、阿美妃はそれで終わらなかった。

 なんと彼女の正体は、九つに割れた尾を持つ白狐の妖怪。絶世の美女に化け、蘇芳帝を妖術で堕落させ、人間の世が荒れるのを見て楽しんでいたのだ。

阿美妃の落とされた首からは、本来の姿である九尾の白狐が飛び出した。最期の力を振りしぼり、阿美妃は都を火の海に変え、さらには華ノ国全土を覆う大呪詛を撒き散らした。

蘇芳帝の弟とその臣下を含め、要職の者のほとんどは炎に撒かれて死んだ。都は完全に焼失し、他の町も流行病に大飢饉と、人々を次々に苦難が襲った。

そうやって多くの死者を出し、数年の間に華ノ国は呆気なく滅んだ。

 かろうじて生き延びた人々は厄災を鎮めるべく、都の鬼門となる東の岩山の依代としての社を建てた。呪術師らがその社に阿美妃の魂を封じたことで、一応は大厄災は鎮まった。

しかし呪いは完全には癒えず、そのために楽江では長く戦乱の世が続き、多くの血が流された――。






「……と、いう言い伝えは、当然君も知っているな」

 華ノ国の滅びに関する伝承をかいつまんで聞かせ、紅焔は相手の反応を窺う。けれども、紅焔の声ですら、蘭玉の耳に届いているか怪しい。

 なにせ彼女は、まるで宝物を与えられた幼子のような顔で、問題の簪が乗る漆の台座を掲げ持っている。

「すごい。ちゃんと・・・・、簪から霊の気配を感じます!」

「ちゃんと、ね……」

 普段のクールな印象もなんのその、キラキラと目を輝かせて簪を眺める藍玉に、紅焔は曖昧に笑った。

 時刻は穏やかに晴れた昼下がり。春陽宮には明るい陽の光が差し込んでおり、呪いだの怨霊だのの話をするのが場違いな空気である。

 さて。彼女が持つ台座にあるのが、霊がついていると噂の簪だ。繊細な銀の花に翡翠がちりばめられたそれは可愛らしく、とてもいわく品には見えない。しかしこれを持ってきた胡伯によれば、たしかにこの簪は霊に呪われているという。

「旦那さまは、これをどちらでお求めになったのですか?」

「胡伯という、宮中出入りの商人からだ。砂漠の道を根城に、異国の品を運んでくる有益な男でな。たまたま・・・・話の流れで・・・・・、霊憑きのいわく品にあてがないか聞いてみたら、これを持ってきた」

「その方は、なんて素敵な商人さんでしょう! 旦那さまも、素敵な贈り物をありがとうございます」

「っ! あ、ああ」

 無邪気に喜ぶ藍玉が不覚にも愛らしく見え、紅焔はどきりとした。動揺を隠すために視線を逸らしたが、すかさず気づいた藍玉の双子の従者たちがヒソヒソと囁きあう。

「見ましたか、宗。やっぱりこの人間ひと、ウブですよ」

「もちろんだよ、玉。しかもこの人間ひと、たまたまとか言ってるけど、絶対にわざわざ姫さまのために贈り物を探させたに違いないよ」

「健気ですね、宗」
「健気だね、玉」

(こいつら、聞こえてるんだけどなぁ……!)

 顔を赤らめて、紅焔は見えないところで拳を握りしめる。この双子、何歳なのかは知らないが、思ったことを口に出しすぎではないだろうか。ここで騒ぎ立てれば自身の護憲に関わるゆえ、敢えて聞こえないフリをしてやるが。

幸いといえばあれだが、藍玉は従者たちの言葉も耳に届いていない。咳払いをひとつして気持ちを切り替え、紅焔は再び藍玉に語りかける。

「商人によれば、その簪は行方不明となった阿美妃の一人娘、麓姫のものと言われているが……。麓姫の説明は、君には不要だろうな」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

生贄の花嫁~鬼の総領様と身代わり婚~

硝子町玻璃
キャラ文芸
旧題:化け猫姉妹の身代わり婚 多くの人々があやかしの血を引く現代。 猫又族の東條家の長女である霞は、妹の雅とともに平穏な日々を送っていた。 けれどある日、雅に縁談が舞い込む。 お相手は鬼族を統べる鬼灯家の次期当主である鬼灯蓮。 絶対的権力を持つ鬼灯家に逆らうことが出来ず、両親は了承。雅も縁談を受け入れることにしたが…… 「私が雅の代わりに鬼灯家に行く。私がお嫁に行くよ!」 妹を守るために自分が鬼灯家に嫁ぐと決心した霞。 しかしそんな彼女を待っていたのは、絶世の美青年だった。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

百合系サキュバス達に一目惚れされた

釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。 文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。 そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。 工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。 むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。 “特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。 工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。 兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。 工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。 スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。 二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。 零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。 かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。 ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?

せいめ
恋愛
 政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。  喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。  そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。  その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。  閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。  でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。  家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。  その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。    まずは亡くなったはずの旦那様との話から。      ご都合主義です。  設定は緩いです。  誤字脱字申し訳ありません。  主人公の名前を途中から間違えていました。  アメリアです。すみません。    

処理中です...