上 下
20 / 90
2章 霊憑きの髪飾り

2.

しおりを挟む

「わかっていると思うが、国費も無尽蔵にあるわけじゃない。その男の口車に乗せられ、言われるままに財布のひもを緩めるのは無しだ」

「陛下ったら、なんてことを! この胡伯が、あなた様に無理に品を押し付けたことがございましたか? ええ、ええ。ご要望の品を、ご要望以上の状態で。そのような誠実なお取引しか、私は致しておりませんよ」

「だからその、ご要望・・・とやらを引き出す手口が、あまりに巧みだと言っている。そなたの口上を聞いていたら、たしかにすべてを買ってしまいそうだ」

「あら。もしかして私、褒められてます? 嫌ですよう、陛下。急に甘い言葉を囁かれたら、さすがの私も照れてしまいます」

 頬に手を当て、胡伯がもじもじと体を揺らす。別に褒めてはいないんだが。そう紅焔は突っ込みたくなったが、面倒くさくなって頬杖をついた。その隙に胡伯は、パンパンと乾いた音を立てて、配下の者たちを急かした。

「ささ、皆さん。紅焔陛下の前に、品々をお出しして。堂々と恭しく、丁寧に運ぶのですよ」

 胡伯の号令を受け、砂漠の商人らしく日焼けし鍛え上げられた男たちが、漆塗りの台座に乗せた財の数々を掲げて前に進み出る。次々に目の前に並べられていくそれらに、永倫と侍従長が「おおお!」と目を輝かせた。

 ――確かに、素晴らしい品々だ。楽江の地を統べる大国、瑞の王城を彩るにふさわしい。

 瑞の国は現在、周辺諸国から見極められている重要な時期だ。

大河に恵まれ、農耕に適したこの地は、長らく外からも狙われてきた。事実、千年の歴史において、異国の軍が楽江に攻め込んできたことは幾度となくあるし、紅焔自身、戦場に出るようになってから異国の兵と剣を交えることは多々あった。
 
 だが、皮肉にも、武力で異国の兵を退けてきた紅焔が皇帝となったことで、ようやく諸国も、瑞こそが楽江を統べる新たな支配者であると認めつつある。遊牧民族の長が。山岳地帯の王が。海の向こうの支配者たちが。瑞と関係を結ぼうと動き始めている。

 ゆえに、舐められてはならない。大国は大国らしく、堂々と。諸国が仰ぎ見るにふさわしい大国であると――その頭上に君臨する皇帝であると、知らしめる必要がある。そのためには、一件無駄遣いのように思える贅沢も、多少は必要だ。

(とはいえ、節度は必要だがな)

 きゃっきゃとはしゃぐ永倫と侍従長――いまは、紅焔の衣を仕立てるにふさわしい漆黒に金糸の刺繍が入った反物を広げて楽しんでいる――に、紅焔はひくりと口の端を引き攣らせた。

 見事だ。確かに、見事な織物に違いない。しかし、根本的には武人気質でモノ音痴な自覚のある紅焔ですら、その織物が目の玉が飛び出るほどの上物であるのがわかる。そんなものを選んでしまえば、さっそく今日の予算がパーだ。

「おい。お前たち、いい加減に……」

 家臣たちを止めようと身を乗り出した紅焔は、ふと、視界の隅に移った品々に意識を奪われた。瞬きをしてそちらに視線を移す麗しき皇帝に、目敏く気付いた胡伯が、嬉しそうに両手を合わせる。

「あはあ。気づいていただけましたか。そちらの品々は、恐れ多くも私から陛下にご用意させていただきました、ご結婚祝いにございます」

 食い入るように向けられた紅焔の視線の先には、指輪や首飾りといった女ものの装飾具や、異国情緒あふれる額に納められた鏡などがキラキラと並べられている。

 春の空を閉じ込めたような青の石は、おそらくトルコ石と呼ばれる宝石だろう。首飾りにも指輪にも、トルコ石が贅沢にふんだんに使われ、目も覚めるような空色の世界がそこに広がっている。あわせる絹の織物も天女の衣のように軽やかで、まるで春風そのもののようだ。

 じっと見つめる紅焔に、胡伯は楽しそうに続ける。

「陛下は最近、お妃さまをお一人、城に迎えられましたね。本当は、ご婚儀の折にご用意したかったのですが、あまり触れ回らずに内々で済まされてしまったでしょう? ですので、遅くなってしまいましたが、お妃様にぴったりの品々をご用意いたしました」

「藍玉に……」

「ええ、さようで! 香家の藍玉様は、空の色の瞳をした麗人と伺っております。こちらの装飾具は、お妃さまの空色の瞳にぴったりと映えましょう! 宝石彫刻師の技光る一級品でございますが、ご新婚の陛下への特別割引として、本日なら四分の一の値とさせていただきますよ」

「なんだ。普通にお金取るんじゃん」

 商魂たくましい胡伯に、さすがの永倫も苦笑する。――同時に永倫は、せっかくの宝石たちが無駄になるだろうと、残念な気持ちで装飾具たちを見つめた。


 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

生贄の花嫁~鬼の総領様と身代わり婚~

硝子町玻璃
キャラ文芸
旧題:化け猫姉妹の身代わり婚 多くの人々があやかしの血を引く現代。 猫又族の東條家の長女である霞は、妹の雅とともに平穏な日々を送っていた。 けれどある日、雅に縁談が舞い込む。 お相手は鬼族を統べる鬼灯家の次期当主である鬼灯蓮。 絶対的権力を持つ鬼灯家に逆らうことが出来ず、両親は了承。雅も縁談を受け入れることにしたが…… 「私が雅の代わりに鬼灯家に行く。私がお嫁に行くよ!」 妹を守るために自分が鬼灯家に嫁ぐと決心した霞。 しかしそんな彼女を待っていたのは、絶世の美青年だった。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?

せいめ
恋愛
 政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。  喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。  そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。  その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。  閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。  でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。  家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。  その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。    まずは亡くなったはずの旦那様との話から。      ご都合主義です。  設定は緩いです。  誤字脱字申し訳ありません。  主人公の名前を途中から間違えていました。  アメリアです。すみません。    

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

旦那の真実の愛の相手がやってきた。今まで邪魔をしてしまっていた妻はお祝いにリボンもおつけします

暖夢 由
恋愛
「キュリール様、私カダール様と心から愛し合っておりますの。 いつ子を身ごもってもおかしくはありません。いえ、お腹には既に育っているかもしれません。 子を身ごもってからでは遅いのです。 あんな素晴らしい男性、キュリール様が手放せないのも頷けますが、カダール様のことを想うならどうか潔く身を引いてカダール様の幸せを願ってあげてください」 伯爵家にいきなりやってきた女(ナリッタ)はそういった。 女は小説を読むかのように旦那とのなれそめから今までの話を話した。 妻であるキュリールは彼女の存在を今日まで知らなかった。 だから恥じた。 「こんなにもあの人のことを愛してくださる方がいるのにそれを阻んでいたなんて私はなんて野暮なのかしら。 本当に恥ずかしい… 私は潔く身を引くことにしますわ………」 そう言って女がサインした書類を神殿にもっていくことにする。 「私もあなたたちの真実の愛の前には敵いそうもないもの。 私は急ぎ神殿にこの書類を持っていくわ。 手続きが終わり次第、あの人にあなたの元へ向かうように伝えるわ。 そうだわ、私からお祝いとしていくつか宝石をプレゼントさせて頂きたいの。リボンもお付けしていいかしら。可愛らしいあなたととてもよく合うと思うの」 こうして一つの夫婦の姿が形を変えていく。 --------------------------------------------- ※架空のお話です。 ※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。 ※現実世界とは異なりますのでご理解ください。

処理中です...