狐姫の弔い婚〜皇帝には愛されませんが呪いは祓わせていただきます

枢 呂紅

文字の大きさ
上 下
5 / 93
1章 呪われた皇帝

5.

しおりを挟む

“紫霄宮に戻るのはおすすめしません。さっきの怨霊が、戻ってくるかもしれませんから”

“えっ”

“怨霊を祓うには、色々と相手のことを知る必要があるのです。さっきは少々、陽の気をぶつけて脅かし、追い払ったにすぎません。今夜は気が立っていたようですし、ひとりで眠るのは危険ですよ”

(あんなことを言われて、部屋に戻れる奴があるか!)

 襖を血で真っ赤に染めあげ、本能的に死を感じさせるほど怨念をまき散らし、暴れまわるような怨霊だ。……襖自体は藍玉が怨霊を追い払った途端元に戻りはしたが、恐ろしいのには変わらない。あんなものが戻ってくるかもと考えたら、外になど出られるか!

(というか、本当に何者だ? あの娘は……)

 香藍玉。大貴族・香家の箱入り娘であり、天女のように美しく聡明で、皇帝の妃にふさわしい完璧な令嬢である。そんな高い評判は紅焔の元にも届いていたが、後宮入りする直前まで香家が治める北部の町に身を置いていたため、直接に言葉を交わしたことはなかった。

“なんだ、さっきの術は。君は、巫術師ふじゅつしの心得でもあるのか!?”

 昨晩、思わず素を出して詰め寄った紅焔に、藍玉は焦るでもなく首を傾げた。

“巫術……、まあ、似たようなものですね。似て非なるとも言えますけれど。とりあえず、あやしい術ではないので、大丈夫ですよ”

“あやしくない者が、自分からそんなことを言うか! どこでその術を学んだ? 香家は確かに古い家だが、術師の類とは関係がないだろう!”

“うまくお伝えできるかどうか……。ちょっと説明しきれる気がしないので詳細は省きますが、まあ、あやしい相手ではありませんよ”

“だから、あやしくない奴に対する表現じゃないぞ、それは!”

 そのあとも、答えになっていないような答えをノラクラと繰り出したあげく、「私が寝不足だと、部屋の結界が弱まるかもしれませんよ」と藍玉に言われ、渋々紅焔は床に入った。というか、結界ってなんだ。それも聞きたかった!

(まったく。嫌々、妃を一人迎え入れてみたら、さっそく謎ばかりだ!)

 朝の身支度や朝食を終え、政務室に移った紅焔は、侍従たちに整えてもらった髪を早速かき乱しながら、イライラと机を指先で叩いた。

 なんにせよ、藍玉がただの『箱入り娘』などではないことはわかった。

だが、彼女のあの奇妙な術のことは、香家も知っているのだろうか。特に、藍玉の叔父であり、丞相を勤める香俊然しゅうれんなどは、皇帝の妃に自分の親族を送り込むなら、もっと無難な・・・娘を選びそうなものだ。

(……もしや、丞相すらも、あの娘が術を使うことは知らないのか……?)

 昨晩は隠すことなく怨霊を追い払ってみせた藍玉だが、そんな力を持つ娘がいるというのは聞いたことがない。藍玉の名が出回るかは別にしても、外であの力を一度でも揮えば、ものすごい勢いで噂が広まるはずだ。

(身内にすら隠れて、藍玉はあの技を磨いた……。だが、そうなると、本格的に彼女は、どこで、誰からあの技を身に着けたんだ?)

 丞相である香俊然すら知らない秘密となると、表だって動くわけにはいかない。藍玉の謎を解くには、かなり骨が折れそうだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

三回目の人生も「君を愛することはない」と言われたので、今度は私も拒否します

冬野月子
恋愛
「君を愛することは、決してない」 結婚式を挙げたその夜、夫は私にそう告げた。 私には過去二回、別の人生を生きた記憶がある。 そうして毎回同じように言われてきた。 逃げた一回目、我慢した二回目。いずれも上手くいかなかった。 だから今回は。

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

夫が妹を第二夫人に迎えたので、英雄の妻の座を捨てます。

Nao*
恋愛
夫が英雄の称号を授かり、私は英雄の妻となった。 そして英雄は、何でも一つ願いを叶える事が出来る。 そんな夫が願ったのは、私の妹を第二夫人に迎えると言う信じられないものだった。 これまで夫の為に祈りを捧げて来たと言うのに、私は彼に手酷く裏切られたのだ──。 (1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります。)

側妃は捨てられましたので

なか
恋愛
「この国に側妃など要らないのではないか?」 現王、ランドルフが呟いた言葉。 周囲の人間は内心に怒りを抱きつつ、聞き耳を立てる。 ランドルフは、彼のために人生を捧げて王妃となったクリスティーナ妃を側妃に変え。 別の女性を正妃として迎え入れた。 裏切りに近い行為は彼女の心を確かに傷付け、癒えてもいない内に廃妃にすると宣言したのだ。 あまりの横暴、人道を無視した非道な行い。 だが、彼を止める事は誰にも出来ず。 廃妃となった事実を知らされたクリスティーナは、涙で瞳を潤ませながら「分かりました」とだけ答えた。 王妃として教育を受けて、側妃にされ 廃妃となった彼女。 その半生をランドルフのために捧げ、彼のために献身した事実さえも軽んじられる。 実の両親さえ……彼女を慰めてくれずに『捨てられた女性に価値はない』と非難した。 それらの行為に……彼女の心が吹っ切れた。 屋敷を飛び出し、一人で生きていく事を選択した。 ただコソコソと身を隠すつもりはない。 私を軽んじて。 捨てた彼らに自身の価値を示すため。 捨てられたのは、どちらか……。 後悔するのはどちらかを示すために。

もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

〈完結〉【書籍化・取り下げ予定】「他に愛するひとがいる」と言った旦那様が溺愛してくるのですが、そういうのは不要です

ごろごろみかん。
恋愛
「私には、他に愛するひとがいます」 「では、契約結婚といたしましょう」 そうして今の夫と結婚したシドローネ。 夫は、シドローネより四つも年下の若き騎士だ。 彼には愛するひとがいる。 それを理解した上で政略結婚を結んだはずだったのだが、だんだん夫の様子が変わり始めて……?

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】毒を飲めと言われたので飲みました。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃シャリゼは、稀代の毒婦、と呼ばれている。 国中から批判された嫌われ者の王妃が、やっと処刑された。 悪は倒れ、国には平和が戻る……はずだった。

処理中です...