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1章 呪われた皇帝
5.
しおりを挟む“紫霄宮に戻るのはおすすめしません。さっきの怨霊が、戻ってくるかもしれませんから”
“えっ”
“怨霊を祓うには、色々と相手のことを知る必要があるのです。さっきは少々、陽の気をぶつけて脅かし、追い払ったにすぎません。今夜は気が立っていたようですし、ひとりで眠るのは危険ですよ”
(あんなことを言われて、部屋に戻れる奴があるか!)
襖を血で真っ赤に染めあげ、本能的に死を感じさせるほど怨念をまき散らし、暴れまわるような怨霊だ。……襖自体は藍玉が怨霊を追い払った途端元に戻りはしたが、恐ろしいのには変わらない。あんなものが戻ってくるかもと考えたら、外になど出られるか!
(というか、本当に何者だ? あの娘は……)
香藍玉。大貴族・香家の箱入り娘であり、天女のように美しく聡明で、皇帝の妃にふさわしい完璧な令嬢である。そんな高い評判は紅焔の元にも届いていたが、後宮入りする直前まで香家が治める北部の町に身を置いていたため、直接に言葉を交わしたことはなかった。
“なんだ、さっきの術は。君は、巫術師の心得でもあるのか!?”
昨晩、思わず素を出して詰め寄った紅焔に、藍玉は焦るでもなく首を傾げた。
“巫術……、まあ、似たようなものですね。似て非なるとも言えますけれど。とりあえず、あやしい術ではないので、大丈夫ですよ”
“あやしくない者が、自分からそんなことを言うか! どこでその術を学んだ? 香家は確かに古い家だが、術師の類とは関係がないだろう!”
“うまくお伝えできるかどうか……。ちょっと説明しきれる気がしないので詳細は省きますが、まあ、あやしい相手ではありませんよ”
“だから、あやしくない奴に対する表現じゃないぞ、それは!”
そのあとも、答えになっていないような答えをノラクラと繰り出したあげく、「私が寝不足だと、部屋の結界が弱まるかもしれませんよ」と藍玉に言われ、渋々紅焔は床に入った。というか、結界ってなんだ。それも聞きたかった!
(まったく。嫌々、妃を一人迎え入れてみたら、さっそく謎ばかりだ!)
朝の身支度や朝食を終え、政務室に移った紅焔は、侍従たちに整えてもらった髪を早速かき乱しながら、イライラと机を指先で叩いた。
なんにせよ、藍玉がただの『箱入り娘』などではないことはわかった。
だが、彼女のあの奇妙な術のことは、香家も知っているのだろうか。特に、藍玉の叔父であり、丞相を勤める香俊然などは、皇帝の妃に自分の親族を送り込むなら、もっと無難な娘を選びそうなものだ。
(……もしや、丞相すらも、あの娘が術を使うことは知らないのか……?)
昨晩は隠すことなく怨霊を追い払ってみせた藍玉だが、そんな力を持つ娘がいるというのは聞いたことがない。藍玉の名が出回るかは別にしても、外であの力を一度でも揮えば、ものすごい勢いで噂が広まるはずだ。
(身内にすら隠れて、藍玉はあの技を磨いた……。だが、そうなると、本格的に彼女は、どこで、誰からあの技を身に着けたんだ?)
丞相である香俊然すら知らない秘密となると、表だって動くわけにはいかない。藍玉の謎を解くには、かなり骨が折れそうだ。
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