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30.魔王、奪還作戦に乗り出す
しおりを挟む「きゃああああ!!」
「うわああああ!?」
突如走った、巨大な稲光。それに、キャロラインだけでなく、ルリアン、クリスといった攻略対象者たちも悲鳴を上げる。そんな中、アリギュラはひくひくと苛立ちを滲ませ、ぽきぽきと不穏に指を鳴らした。
「じゃが、わらわとタイマンを張りたいというその心意気だけは認めてやる。その命知らずぶりに敬意を表して、なぶり殺しではなく一撃で仕留めてやる」
「は? なぶり……?」
「仕留めるって何を!? 命!?」
耳を疑うルーカスと、ぎょっとして目を剥くアラン。それらを丸っと無視をして、アリギュラはばさりと黒髪を跳ね上げた。
「だいたい、メリフェトスもメリフェトスじゃ。仮にも四天王ともあろう者が、みすみす誘拐なんぞされおって。これで無事ですらなかったら、我が軍から除名してやるところだぞ」
「待ってくれ! ひとりでどこに行くつもりだ?」
すたすたと歩くアリギュラを、ジークが慌てて呼び止める。するとアリギュラは足を止め、腰に手を当てて鼻を鳴らした。
「メリフェトスを迎えに行く。時間を置く理由もないからな」
「は!?」
なんてこともなく返事をしたアリギュラに、攻略対象者たちは一様に息を呑む。信じられないといった表情で、ルリアンが勢いよく首を振った。
「無茶だよ! 君が強いのは知っているけど、相手は魔王だよ」
「おチビちゃんの言う通りだ。奴は聖女である君を始末するつもりだ。座標に向かうにしても、一度城に戻って作戦を練ってからじゃないと」
「必要ない」
アランを遮り、アリギュラは目を細めた。
「策を練ろうが練らまいが、最後に物を言うのは純粋な強さだ。だったら、正面きって殴り込みをしたほうが話が早いわ」
「だ、だけど。もしかしたら、彼はもう……」
反論しかけたクリスだが、なぜか途中で言いよどむ。何やら言いづらそうに口を開けたり閉じたりする魔術師に、ルーカスが嘆息をひとつ。それから、敢えてずばりと切り込んだ。
「メリフェトス殿が無事だという保証は? 預かり手を返してほしければ。確かに、メッセージにはそう書いてありましたよ。ですが、相手が約束を守る義理はどこにもない。むしろ、忌まわしい聖剣をうちに宿した彼を、早々に始末したと考えたほうが自然では……」
「メリフェトスは生きている!」
ルーカスを遮り、アリギュラはぴしゃりと告げた。決して叫んではいないのに、凛と通る強い声。ルーカスのみならず、ほかの攻略対象者たちも口をつぐむ。
艶やかな黒髪が、ふわりと風に揺れる。
アリギュラはまっすぐに彼らを見返し、繰り返した。
「メリフェトスは生きている。あやつはあれで、意外とタフでな。何度か死にかけたところを見てきたが、そのたびにしぶとく生き延びてきた。ああ、そうだ。わらわの右腕が、そんなに簡単にくたばってたまるものか!」
太陽の光が、さんさんと降り注ぐ。紅い瞳をきらきらと輝かせて、アリギュラは断言する。
あの時だってそうだ。勇者の放つ必殺技の中に、みすみす飛び込んできたメリフェトス。さっさと逃げればいいものを、ぼろぼろの身体を引き摺って、主を守ろうなどと最後まで馬鹿なことを考えて。
さすがのアリギュラも、あの時はもう終わりだと思った。けれどもメリフェトスは生き延びた。生き延びたどころか、異世界召喚についてくるというしぶとさだ。そんな執念深い男が、異界の魔王なんぞに負けるわけがない。
「先に町に戻っていろ。わらわはメリフェトスを連れて戻るゆえ」
そう言って、アリギュラは踵を返す。その背中を、キャロラインが引き留めた。
「待ってください。せめて……せめて、私たちも連れて行ってください!」
「……はあ?」
予想の斜め上すぎる言葉に、思わずアリギュラは振り返って首を傾げる。けれども怪訝な顔をするアリギュラをよそに、ジークたちも次々に声を上げる。
「そうだ。私たちも多少は戦える!」
「仔猫ちゃんには街を守ってもらったからね。その恩返しさせてもらわないと」
「アランと違って荒事は専門外だけど、頭ならいくらでも貸してあげられるよ」
「悪くないですね。魔王相手に、無様に逃げ惑う兄上の姿が見れるかもしれないし」
「魔法なら……結構自信あるよ」
「おぬしら……」
ぽかんと呆気に取られていると、キャロラインがアリギュラの手をぎゅっと摑む。ぱっちろとした大きな瞳でアリギュラを見据え、キャロラインは力強く微笑んだ。
「私も、皆さんも。アリギュラ様が大好きなんです。友達として、あなたと一緒に戦わせてください」
アリギュラは目を見開く。そしてキャロラインから順に、彼らに視線を移した。
エルノア国第一王子、ジーク。ジークの騎士、アラン。同じくジーク付の侍従、ルリアン。第二王子のルーカス。王宮魔術師、クリス。そして、異界の悪役令嬢、キャロライン。
初めは皆、どうでもよかった。異界の人間どもなど勝手に滅べばいいと思ったし、深かろうが浅かろうが、関わるなどまっぴらごめんだと思っていた。
けれども、いつの日からだろう。彼らにも、この世界にも、ほんの少しだけ愛着が芽生えてきた。彼らのために命を投げ出すかと聞かれれば、うんとは頷けない。しかし、目の前で傷つかれるのはごめんだと思うほどには、好ましく思っている。
(なるほど、そういうことか)
ふっと笑って、アリギュラは目を細めた。
(ここは第二の、我が故郷だ)
口元に笑みを浮かべつつ、アリギュラはつんとそっぽを向いた。
「悪いが遠慮しておくぞ。おぬしたちが一緒だと、『覇王の鉄槌』を思い切りブチ落とすことが出来ぬからな」
「そんな!」
「けど、ひとりで行くだなんて……」
「安心しろ。わらわを誰と心得る」
食い下がる『まほキス』のメンバーをぴしゃりと一括。そしてアリギュラは、満面の笑みで小さな胸を叩いた。
「我が名はアリギュラ。故郷アーク・ゴルドから召喚されし覇王。そして、この世界に君臨せし、最強の聖女じゃ!」
ふわりと、音もなくアリギュラの体が浮かぶ。黒髪をなびかせ、まるで天使のように両手を広げて浮かびながら、アリギュラはらんらんと目を輝かせて彼らに告げた。
「必ずメリフェトスを連れて帰る。おぬしらは城で、祝宴の準備をして待っておれ!」
その言葉を最後に、アリギュラは空を蹴った。
びゅんびゅんと耳元で風を切る音が響く。黒い水晶が映した座標は、しっかりと頭に刻み込んでいる。だからアリギュラは、流れる景色には目をくれず、まっすぐに目指す場所を見据えて空を駆ける。
(待っておれよ、メリフェトス! わらわが着くまで、死ぬのは許さぬからな!)
アリギュラはそのように、胸の中で強く念じたのであった。
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