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6.魔王、聖女のキスにおののく
しおりを挟む「……は? はぁあああああ!?」
一拍置いて意味を理解し、アリギュラは盛大に叫んだ。なんだ、それは。理不尽がすぎる。そのように目を剥くアリギュラに、メリフェトスは悲しげに首を振る。
「お気持ちは理解できますが、これが真実なのです。アリギュラ様はアーク・ゴルドから召喚された身。この世界に、魂が完全に根付いていないのです。魂を馴染ませる方法はただひとつ。『まほキス』のヒロインの役目を全ういただくよりほかに、道はないのでございます」
「横暴だ! 横暴にもほどがあるぞ、女神!」
「ごもっともです。私も、人間の男がアリギュラ様に触れ、あんなことやこんなことをするのを許すなど……。そもそもアリギュラ様は、外見と中身の乖離が激しい、とんでもない初心でいらっしゃるというのに……!」
「じゃかあしいわ! わ、わらわが初心かどうかなど、どうでもよかろう!?」
「いいえ。関係ございます。大ありなのです」
ずいと、メリフェトスが身を乗り出す。吸い込まれそうな青紫の瞳は、若干座っている。
「我が君。『まほキス』におえるハッピーエンドは、聖女がパートナーとなる攻略対象者と共にエルノア王国を救うことです。その際、聖女がパートナーにあることをして力を分け与えるのですが、それがナニかわかりますか?」
「い、いや。わからぬが」
「心してお聞きください、我が君」
メリフェトスの剣幕に、アリギュラはごくりと息を呑む。緊張するアリギュラに、メリフェトスは重々しく告げた。
「キスです。聖女の口付けにございます、アリギュラ様」
「…………き。きききき、きっ!?」
うわーう、と。頭の中で効果音が流れる。顔を真っ赤にし、アリギュラは卒倒しそうになった。
――実はこの魔王、恋愛方面の経験はからっきしである。元の姿はぼんきゅっぼんで迫力満点な美女のくせに、異性との交際経験はゼロ。魔剣を握った回数は数多とあれど、恋愛的な意味で異性の手は握ったことはない。当然ながら、キスやらハグやらの経験もゼロな、まるっきり初心な魔王である。
人形のように整った顔を沸騰させたまま、アリギュラはぷんすかと怒った。
「な、なななんて破廉恥なげえむなのだ、『まほキス』とやらは! 『おとゅめげえむ』とは皆そうなのか!? そんなものを女神は好むのか!?」
「破廉恥か破廉恥ではないかでいえば、『まほキス』はまだまだ序の口。なにせ全年齢対象ですから。だとしても、我が君にとって刺激が強すぎる事実は変わりません。なぜなら我が君は、異性と手を繋ぐことすら精一杯……」
「じゃかあしいわ!!!!」
ふうふうと荒く息を吐きつつ、アリギュラはぱっと両手で顔を覆う。
とはいえ、アリギュラに恋愛耐性がないのは変えようのない事実。150歳を超えているアリギュラだが、そもそも悪魔的年齢で考えればまたまだ若者だ。
加えてアリギュラは、青春全部を魔剣を手に戦場を駆けるのに費やした。そのせいで、恋人はおろか浮ついた話もまっまくもって無し。メリフェトスを初めとする四天王にさえ、「美貌の無駄遣い」「中身の伴わない色気」「逆にそそる」と散々軽口を叩かれる始末だったのだ。
(む、無理じゃ無理じゃ無理じゃ!! 連中にキッスをしようものなら、照れ隠しに首を刎ねてしまう……!)
生娘のように――実際、まごうことなき生娘である――恥じらう、世界を震撼させた破滅の王、魔王アリギュラ。
そんな彼女に、なぜかメリフェトスが逡巡するように瞳を泳がせる。それからメリフェトスは、こほんと小さく咳払いをした。
「……で、あるからして。アリギュラ様に、ひとつご提案がございます。これから申し上げることは、決して変な意味で捉えてほしくは無いのですが……」
「おい。なんだか外が、騒がしくはないか」
もごもごと続けるメリフェトスを制して、アリギュラは耳を澄ます。扉の奥で、ドタバタと何人もの人間が走り回る音がする。かと思えば、扉が力強くノックされる。
アリギュラが答えるより先に、がちゃりと勢いよく扉が開く。顔を見せたのは、攻略対象のひとりが判明したこの国の王子、ジークであった。
「聖女様! 早くこちらへ! 君を安全な場所に移す!」
よほどの緊急事態なのだろう。ジークの口調からは敬語が消え、青い瞳には焦りが滲む。
思わず背筋を正すアリギュラに、ジークは手を差し出した。
「魔獣の群れが迫っている! いますぐ避難が必要だ!」
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