拾った宰相閣下に溺愛されまして。~残念イケメンの執着が重すぎます!

枢 呂紅

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【クリスマス企画】宰相閣下は祝われまして。(後編)

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「ただいま戻りましたー!」

 セントクロスデー当日。エリアスは文字通り、城を飛び出して岐路についた。

 その日は、朝一から昼過ぎまで記念式典が聖堂で執り行われる。宰相という立場から式典には参列しなくてはならないが、その後の過ごし方は自由。例年ならシャルツに引き摺られてパーティに出席させられるところだが、今年は辞退させてもらった。

 なにせセントクロスデー当日は、街がひときわ賑わう。マーケットの飾り付けは華やぎ、限定のお菓子や飲みものが出店にならぶ。噴水広場では楽団の演奏やら大道芸人のショーなどもあるのだ。

 そんな中を愛しい妻と散策し、予約をしていた店でおしゃれなディナー。そのあとは妻と………、と、楽しい予定が目白押し。このひと月、今日という日を目標に頑張ってきたといっても過言ではない。

 早く愛しい妻を抱きしめ、聖なる夜を一緒に過ごしたい。その一心で、エリアスは仕事を高速で処理し、式典後先に家に帰ったフィアナを追いかけたのだ。

 声を聞きつけて屋敷の入り口に出てきてくれたフィアナに、エリアスは文字通り飛びついた。

「フィーアナさーん! セントクロスデーですねー、お祭りですねー!」

「わっぷ、エリアスさん苦しい、苦しい!」

 ぎゅむぎゅむと抱きしめると、腕の中でフィアナが暴れる。いけない、いけない。また愛しさが限界突破して、奥さんの目を回してしまうところだった。

 ぱっと彼女を解放し、エリアスはスキップ混じりに階段を駆け上がった。

「すぐに着替えてきますねっ。もう少々お待ちください!」

 自室に戻り、手早く着替える。特別な日にふさわしく、グレダの酒場に行くときよりも少しだけかっちりめに。既におめかし済みのフィアナの姿を思い浮かべ、色合いや雰囲気など、彼女の隣に立つバランスも忘れない。

 外套を着込み、この日のために用意したプレゼントを荷物の中に忍ばせる。すべての準備を整えた彼は、足取りも軽く階段を降りてフィアナのもとに戻った。

「お待たせしましたっ。私は準備バッチリです、フィアナさんもだいじょうぶでしたらお出かけしましょ?」

「あ、はい! 私も準備バッチリです!」

 嬉しそうに微笑んだフィアナに、エリアスは心臓を射抜かれる。――というか、今日も今日とて、自分の妻はなんと可愛らしいのだろう。外を歩き回ることを考えてか、彼女はふわふわの飾りが襟や裾野についた外套を身につけている。それがなんともまあ、冬の妖精のようで愛らしいのだ。

(お出かけ、やっぱり遅らせてもいいでしょうか)

 天使で女神なマイスウィートハニーを抱きしめ、あたたかい部屋の中で二人きりしっぽり過ごしたい欲に駆られる。

 けれども瞬間的に沸いた思いを、エリアスはすぐに傍によける。

 自分もそうだが、フィアナも前々からセントクロスマーケットでデートするのを楽しみにしていた。もちろん、エリアスの下調べもばっちり。愛しい妻の笑顔を見るためなら、ここは一時の欲に流されてはならないのである!

「では、参りましょうか」

 微笑んで、エリアスは手を差し出す。けれどもフィアナは、なぜか急に目を泳がせた。

「--……あー」

「? フィアナさん?」

 首を傾げ、エリアスはフィアナを見下ろす。つい今しがたまで、天上の天使の如く目をキラキラとさせていたというのに、一体彼女はどうしてしまったのだろう。

 不思議に思って見つめるエリアスだが、フィアナはさらに、差し出したエリアスの腕の服の裾を掴んで引っ張った。

「背、かがんでもらっていいですか?」

「こうですか?」

 言われた通り、エリアスは膝を曲げてフィアナと目線を合わせる。--うっかり、そのままキスしたくなったのは内緒だ。

 するとフィアナは後ろに回していた手を戻し、何やらエリアスの首にかけた。

ふんわりと、柔らかく温かな肌触りのものが、優しく首を包み込む。ぱちくりとエリアスが瞬きをしていると、フィアナが照れ臭そうに笑った。

「渡すタイミング、少し早いかなーっとも悩んだんですけど。やっぱり、これを身につけて一緒にお出かけしてほしくて」

 エリアスは視線を落とし、首に回されたそれを確かめる。軽くて、滑らかな肌触り。そして、ふっくらとした温かさ。柔らかなそれは、マフラーだ。

「私とお揃いなんです」

 はにかみながらフィアナも自身の首にマフラーを巻く。たしかに裾に、エリアスのと同じマークが入っている。

 感激してエリアスは目を輝かせた。喜び勇んでお礼を言おうとしたところで--ふと気付いた。

 フィアナのマフラーは、雪のような美しい銀白色。そして自分がもらったのは、オレンジがかった明るい茶色。

 確かめるためにフィアナに目線を戻せば、彼女が照れ笑いとともに小首を傾げる。その明るいグリーンの瞳の上で、くるりとくせのある茶髪が元気に揺れた。

 趣旨を完璧に理解したエリアスは、ぶわりと目に涙を浮かべた。

「フィアナさん、これ……っ!」

「そうなんです! 実は、お互いをイメージしたカラーというか……って、泣いたぁ!?」

 夫の様子に気づいたフィアナが、仰天して目を丸くする。

 驚かせてしまったが、仕方がない。お揃いのものを身につけて出掛けたいと思ってくれたことも。自分に、彼女の色を身につける権利をくれたことも。本当の本当に、涙が出るほど嬉しかったのだから。

まつ毛に浮かんだ涙を指で拭い、エリアスは精一杯微笑んだ。

「ありがとうございます、フィアナさん。家宝にします……!」

「飾ってないで使ってください。せっかくお揃いにした意味、なくなっちゃうじゃないですか」

 まあ、泣くほど喜んでもらえたならよかったですけど、と。だいぶエリアスの扱いに慣れてきたらしいフィアナが、ほんの少し得意げに苦笑する。

 その明るい眼差しに、幸せそうな表情に。エリアスは我慢がしきれず、もう一度身を屈める。

 --ちゅ、と。控えめな音とともに、ふたりの唇が軽く合わさる。

 ゆっくりと身を起こすと、フィアナはほんの少し頬を赤くしつつ、小さな手を差し出してくれた。

「というわけで。お出かけしますよ、マイダーリンっ」

「喜んで、マイスウィートハニー」

 手を重ね、包み込む。

 一歩外に出れば、ちらちらと細かい雪が夜空に舞う。きんと冷える夜も、二人分のぬくもりがあればちっとも寒くない。

 エリアスとフィアナ、ふたりは顔を見合わせて笑いあってから、暖かく幸せな夜へと足を踏み出したのであった。
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みんなの感想(28件)

星詩 ゆと
2025.01.06 星詩 ゆと

楽しんで読むことができました!!!
激アマのエリアスがときどき真剣な雰囲気を漂わせるのがドキッとして大好きです!
エリアスとフィアナのテンポも毎度読むのがとても楽しいです!
こんな素晴らしい作品を書いてくださってありがとうございます!!!

解除
luka0807
2021.01.08 luka0807

大変おもしろく、一気に拝読いたしました。
テンポが絶妙ですね。掛け合いを楽しみながら、最後まであっという間でした。
各タイトルについて質問なのですが、一足違いましてという回ですが、一足違いの要素ってあの回のどのあたりなのでしょうか?

枢 呂紅
2021.01.08 枢 呂紅

楽しんでいただけ嬉しいです!!最後までお付き合いいただきありがとうございますっっ
そして、そちら大変失礼いたしました!!「一味違いまして」の間違いです💦至急修正させていただきます。。
ご指摘ありがとうございました!

解除
かえ
2020.12.26 かえ

感動そのままに熱い夜を過ごされたと思われる。
抱き潰されコース…ち〜んですなʅ(◞‿◟)ʃ

枢 呂紅
2021.01.08 枢 呂紅

感想をありがとうございます!
そのあたりはトップシークレットですねっ😇
フィアナは真っ赤になって教えてくれないでしょうので笑

解除

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