上 下
57 / 89

54.終わりよければ、でして。

しおりを挟む

「いつから見てたの!?」

「ちょっと前……いや、たった今からだよ!!」

 真っ赤になって取り乱すフィアナと、同じく赤面して目を逸らすマルス。

 来たばかり。それならいいだろうか。一瞬そう考えたが、ちっとも良くない。さっきだろうが今だろうが、いちゃいちゃしてるのはバッチリ見られてしまっている。

 幼馴染二人が互いに慌てる中、エリアスだけは平常運転で唇を尖らせる。

「駄目ですよ、マルスくん。フィアナさんの可愛いキス顔を堪能していいのは私だけです。横から盗み見るなど言語道断ですよ」

「あんたは(エリアスさんは)ちょっとは恥じらえ!」

 フィアナとマルスは、息ぴったりに同時に突っ込みを入れた。




「みんなには俺から簡単に事情を話しといたから。けど、おっさんからも説明しろよ」

「痛み入ります」

 店に戻る傍、マルスがふんと鼻を鳴らしてそんなことを言う。さも当たり前のように繰り広げられる二人のやりとりに、フィアナは首を傾げた。

「マルスはエリアスさんの記憶が戻ってること知ってたの?」

「まあな。って、睨むなって! 俺が聞いたのもつい最近だよ!」

むすりと顔をしかめたフィアナを見て、途端にマルスが慌てる。しかし、最近というのが昨日だろうが今朝だろうが、フィアナより先にマルスが知らされていたのなら同じである。

「ふーん。私には言ってくれなくても、マルスにはいうんですね」

 じとりとフィアナがエリアスに視線を移せば、エリアスはあからさまにびくりと肩を震わせて小さくなる。そんな彼を見かねたのであろう。やれやれと顔をしかめたマルスは、珍しくエリアスの肩を持った。

「お前のためだよ、フィアナ。おっさんはいざというときお前を守らせたくて、俺にネタばらしをしたんだ」

「いざというとき?」

 じぃっとフィアナは、エリアスは強く見つめる。エリアスは観念したようにちらりとマルスを見てから、口を開いた。

「先ほどもお話しした通り、私とフィアナさんの溝を深めるため、アリスさんは再びメディックの男たちに店を襲わせる可能性がありました。その時、記憶喪失である私が、フィアナさんの傍に必ずいられるとも限らなかった。

 ですので保険として、マルス君にはすべてをお話ししたんです。マルス君ならフィアナさんの近くにいても不自然ではありませんし、必ず貴女を守ってくれる。そう信頼できる方ですから」

 エリアスは警備隊を使い、アリスやメディックを監視する。彼らに不穏な動きがあれば密かにマルスに連絡を取り、フィアナに危険がないよう、マルスが店で待ち構える。そんな手筈になっていたそうだ。実際、今夜アリスたちに動きがあることも、日中のうちにマルスに知らせていたらしい。

 そこまで話したところで、エリアスは不意に苦笑した。

「とまあ、メインの理由は以上ですが。……もう一つ、私自身が限界だったんです。マルス君なら秘密を守ってくれるでしょうし、私が血迷ってフィアナさんに全てをぶちまけようとしたら、きっと止めてくれる。そんな期待もしてました」

「ったく。人をうまく使いやがって。手帳を渡してきた時点で、そんなとこだろうと思ったよ」

 やれやれと肩を竦めるマルスの隣で、フィアナは口をへの字にした。つまり、ここにいる三人の中で、フィアナのひとりだけが蚊帳の外ではないか。

 むすりと頬を膨らませるフィアナを、エリアスがおろおろと覗き込んだ。

「あの、フィアナさん? 怒ってます?? 私また、何かやらかしました?」

「やらかしてますよ。おおやらかしです」

 ふんと鼻を鳴らし、フィアナはエリアスを睨んだ。

「私を守ろうとした。その気持ちは嬉しいです。けど、次からはひとりで抱え込むの禁止です。ふたりの問題は、ふたりで解決しましょう」

 フィアナの指摘が意外だったのだろう。エリアスがぽかんと口を開けて、まじまじとフィアナを見る。そんな顔すらも憎らしいほど美しく、ますますフィアナは顔をしかめる。

 ――そうだ。エリアスは、自分の事情にフィアナたちを巻き込んでしまったなどと話していたが、その認識自体が大間違い。悪いのはすべてアリスである。

 それなのにひとりで全てをしょい込んで、記憶が戻らないなど嘘までついて。大事に大事にフィアナを問題から遠ざけておきながら、マルスにはうっかり打ち明けてしまうほど弱り切って傷ついたりして。

 そんな自己犠牲、ちっとも望んでいない。

「信じて、一緒に飛び込んで欲しい。エリアスさんがそう言ってくれたから、今の私たちがあるんです。おんなじセリフを、そっくりそのままお返ししますよ」

 まっすぐそう告げると、エリアスの切れ長の目が大きく見開かれた。

 ――頼ってくれ、とは言えない。エリアスの方が伝手もあるし、能もある。街の酒場の娘に、出来ることなど限られている。

 けれども支えあうことなら。共に背負い、前を目指すことなら。

「……まあ。エリアスさんから見たら、私なんて頼りないの極みでしょうけど」

「それは違います。私の天使さま」

 ぷいとそっぽを向いたフィアナの手を、エリアスが包み込む。彼は、そこにフィアナがいるのを確かめるように指を絡めると、そっと唇を添えた。

「貴女は私の太陽です。貴女がいないと私は、凍り付き、息をすることすらままなりません。そのことを、私は深く思い知りました。……約束します、フィアナさん。二度と貴女を遠ざけません。どんなときも共に歩むと、今度こそ貴女に誓います」

 穏やかなアイスブルーの瞳が、まっすぐにフィアナを見下ろす。家の灯りがきらきらと反射する瞳はまるで小さな夜空のようで、はっとするほど美しい。

「貴女が今、ここにいる。それだけで、世界に色が咲くんです」

 魔法にかけられたように動けずにいるフィアナに、エリアスが呟き、身を屈めた――。

 だが、しかし。

「おい。俺、いるんだけど」

「みぎゃっ!」

 咳払いと共に、不機嫌そうにマルスが一言。我に返ったフィアナは慌ててエリアスから離れようと、それよりも早く、素早くエリアスがフィアナを長い腕に閉じ込める。そうやって拘束しておきながら、エリアスは不服そうに唇を尖らせた。

「一か月振りのふれあいなんです。彼女のいないマルス君が嫉妬するのも無理ありませんが、大目に見てくれてもいいじゃありませんか」

「……いうじゃねえか。なんなら、もっかい記憶なくさせてやろうか?」

「遠慮します。悪しからず」

 ばちばちと、なぜか二人の視線がぶつかり合う。フィアナが戸惑いつつ静観していると、ふいに何かを思い出したようにエリアスがぽんと手を打った。

「そうです、手帳! 預かっていただきありがとうございました。マルス君、今日持っていますか? フィアナさん誕生日プランのリベンジのため、お持ちであれば受け取りたいのですが」

 ――その時、マルスは夜闇に紛れて、ニヤリと笑った。それには気づかず、フィアナはいそいそとスカートのポケットから手帳を取り出し、エリアスに差し出す。

「どうぞ、エリアスさん。手帳って、これのことですよね?」

「……あ、れ?」

 鳩が豆鉄砲をくらったような顔。まさしくそんな表情を、エリアスは麗しく整った顔いっぱいに浮かべていた。

 何やら不穏な流れにフィアナがぱちくりと瞬きをするなか、エリアスはふるふると肩を震わせながら、知らんぷりを決め込むマルスに恐る恐る尋ねた。

「あの、マルスくん……? なぜ、フィアナさんが私の手帳をお持ちで……?」

「ああ。それな。さっきフィアナに預けた」

「預けた!?!?」

 悲鳴のような声をあげて、ぐりんとエリアスが勢いよくフィアナを向く。彼はさっきよりも激しく、かたかたと震えながら、真っ青な顔でフィアナの手を両手で掴んだ。

「ふぃ、フィアナさん、これは持っていただけですよね……? まさか中身なんて、見ちゃったりしてないですよね……?」

「見たよな、フィアナ。ゆっくり、じっくりと」

 フィアナが答えるより先に、なんてことのないような口ぶりでマルスが言う。

 すると、夜の闇のなかでもはっきりとわかってしまうくらい、エリアスの白い肌がみるみる羞恥に染まっていく。耳まで真っ赤になった彼は、見たこともないほど取り乱してマルスに詰め寄った。

「マルスくん!! これはどういうことですか!?」

「何慌ててるんだよ。俺には中身を見ても構わないって言っただろ?」

「マルスくんは、です! フィアナさんに見られてしまうなんて……! ああ、もう! 恥ずかしくて死ねる!! 墓はどこですか!?」

 両手で顔を隠して悶えるエリアスを、フィアナは呆気に取られて眺めた。どうにも羞恥心に欠けた彼であるが、愛情たっぷりの作戦ノートを本人にじっくり読まれることは、さすがの彼も耐えられなかったらしい。

(いつももっと、こっぱずかしいことたくさんしているくせに)

 悪いと思いつつ、フィアナはくすりと笑った。これまでになく慌てる彼を見ていたら、ここ一か月分の溜飲が下がる心地がするから不思議だ。

 なにより、また、こんな騒がしい日々が戻ってきた。そのことが嬉しく、幸福感に包まれてフィアナはエリアスの服の裾を摘まんだ。

「エリアスさん、エリアスさん」

「……なんですか?」

 指の隙間からちらりとフィアナを見下ろし、消え入りそうな声でエリアスが答える。そんな彼に、フィアナは小悪魔のように微笑んだ。

「エリアスさんが帰ってきて、今日の私は、『世界で一番幸せ』です」

「~~~~っ」

 ぐるぐると二重丸で囲まれて書かれていたフレーズをそらんじてみせれば、エリアスは声にならない悲鳴を上げる。ややあって彼は、天を仰いだまま呟いた。

「貴女が幸せなら、私も幸せですよ」





 そのあとも、店に戻った三人を両親たちが出迎えてくれたり。ニースの作ってくれたアップルパイにクリームを添えて、即興でフィアナの誕生日会を開催してくれたりと色々あったのだが。

 なんにせよ。終わり良ければ総て良し。そんな言葉の通り、ちょっぴりセンチメタルな誕生日は、溢れる笑顔で塗り替えられたのだった。
しおりを挟む
感想 27

あなたにおすすめの小説

【完】嫁き遅れの伯爵令嬢は逃げられ公爵に熱愛される

えとう蜜夏☆コミカライズ中
恋愛
 リリエラは母を亡くし弟の養育や領地の執務の手伝いをしていて貴族令嬢としての適齢期をやや逃してしまっていた。ところが弟の成人と婚約を機に家を追い出されることになり、住み込みの働き口を探していたところ教会のシスターから公爵との契約婚を勧められた。  お相手は公爵家当主となったばかりで、さらに彼は婚約者に立て続けに逃げられるといういわくつきの物件だったのだ。  少し辛辣なところがあるもののお人好しでお節介なリリエラに公爵も心惹かれていて……。  22.4.7女性向けホットランキングに入っておりました。ありがとうございます 22.4.9.9位,4.10.5位,4.11.3位,4.12.2位  Unauthorized duplication is a violation of applicable laws.  ⓒえとう蜜夏(無断転載等はご遠慮ください)

【完結】神から貰ったスキルが強すぎなので、異世界で楽しく生活します!

桜もふ
恋愛
神の『ある行動』のせいで死んだらしい。私の人生を奪った神様に便利なスキルを貰い、転生した異世界で使えるチートの魔法が強すぎて楽しくて便利なの。でもね、ここは異世界。地球のように安全で自由な世界ではない、魔物やモンスターが襲って来る危険な世界……。 「生きたければ魔物やモンスターを倒せ!!」倒さなければ自分が死ぬ世界だからだ。 異世界で過ごす中で仲間ができ、時には可愛がられながら魔物を倒し、食料確保をし、この世界での生活を楽しく生き抜いて行こうと思います。 初めはファンタジー要素が多いが、中盤あたりから恋愛に入ります!!

面倒くさがりやの異世界人〜微妙な美醜逆転世界で〜

波間柏
恋愛
 仕事帰り電車で寝ていた雅は、目が覚めたら満天の夜空が広がる場所にいた。目の前には、やたら美形な青年が騒いでいる。どうしたもんか。面倒くさいが口癖の主人公の異世界生活。 短編ではありませんが短めです。 別視点あり

【完結】ペンギンの着ぐるみ姿で召喚されたら、可愛いもの好きな氷の王子様に溺愛されてます。

櫻野くるみ
恋愛
笠原由美は、総務部で働くごく普通の会社員だった。 ある日、会社のゆるキャラ、ペンギンのペンタンの着ぐるみが納品され、たまたま小柄な由美が試着したタイミングで棚が倒れ、下敷きになってしまう。 気付けば豪華な広間。 着飾る人々の中、ペンタンの着ぐるみ姿の由美。 どうやら、ペンギンの着ぐるみを着たまま、異世界に召喚されてしまったらしい。 え?この状況って、シュール過ぎない? 戸惑う由美だが、更に自分が王子の結婚相手として召喚されたことを知る。 現れた王子はイケメンだったが、冷たい雰囲気で、氷の王子様と呼ばれているらしい。 そんな怖そうな人の相手なんて無理!と思う由美だったが、王子はペンタンを着ている由美を見るなりメロメロになり!? 実は可愛いものに目がない王子様に溺愛されてしまうお話です。 完結しました。

【完結】うっかり異世界召喚されましたが騎士様が過保護すぎます!

雨宮羽那
恋愛
 いきなり神子様と呼ばれるようになってしまった女子高生×過保護気味な騎士のラブストーリー。 ◇◇◇◇  私、立花葵(たちばなあおい)は普通の高校二年生。  元気よく始業式に向かっていたはずなのに、うっかり神様とぶつかってしまったらしく、異世界へ飛ばされてしまいました!  気がつくと神殿にいた私を『神子様』と呼んで出迎えてくれたのは、爽やかなイケメン騎士様!?  元の世界に戻れるまで騎士様が守ってくれることになったけど……。この騎士様、過保護すぎます!  だけどこの騎士様、何やら秘密があるようで――。 ◇◇◇◇ ※過去に同名タイトルで途中まで連載していましたが、連載再開にあたり設定に大幅変更があったため、加筆どころか書き直してます。 ※アルファポリス先行公開。 ※表紙はAIにより作成したものです。

逃げて、追われて、捕まって

あみにあ
恋愛
平民に生まれた私には、なぜか生まれる前の記憶があった。 この世界で王妃として生きてきた記憶。 過去の私は貴族社会の頂点に立ち、さながら悪役令嬢のような存在だった。 人を蹴落とし、気に食わない女を断罪し、今思えばひどい令嬢だったと思うわ。 だから今度は平民としての幸せをつかみたい、そう願っていたはずなのに、一体全体どうしてこんな事になってしまたのかしら……。 2020年1月5日より 番外編:続編随時アップ 2020年1月28日より 続編となります第二章スタートです。 **********お知らせ*********** 2020年 1月末 レジーナブックス 様より書籍化します。 それに伴い短編で掲載している以外の話をレンタルと致します。 ご理解ご了承の程、宜しくお願い致します。

婚約破棄から始まる恋~捕獲された地味令嬢は王子様に溺愛されています

きさらぎ
恋愛
テンネル侯爵家の嫡男エドガーに真実の愛を見つけたと言われ、ブルーバーグ侯爵家の令嬢フローラは婚約破棄された。フローラにはとても良い結婚条件だったのだが……しかし、これを機に結婚よりも大好きな研究に打ち込もうと思っていたら、ガーデンパーティーで新たな出会いが待っていた。一方、テンネル侯爵家はエドガー達のやらかしが重なり、気づいた時には―。 ※『婚約破棄された地味令嬢は、あっという間に王子様に捕獲されました。』(現在は非公開です)をタイトルを変更して改稿をしています。  お気に入り登録・しおり等読んで頂いている皆様申し訳ございません。こちらの方を読んで頂ければと思います。

助けてください!エリート年下上司が、地味な私への溺愛を隠してくれません

和泉杏咲
恋愛
両片思いの2人。「年下上司なんてありえない!」 「できない年上部下なんてまっぴらだ」そんな2人は、どうやって結ばれる? 「年下上司なんてありえない!」 「こっちこそ、できない年上の部下なんてまっぴらだ」 思えば、私とあいつは初対面から相性最悪だった! 人材業界へと転職した高井綾香。 そこで彼女を待ち受けていたのは、エリート街道まっしぐらの上司、加藤涼介からの厳しい言葉の数々。 綾香は年下の涼介に対し、常に反発を繰り返していた。 ところが、ある時自分のミスを助けてくれた涼介が気になるように……? 「あの……私なんで、壁ドンされてるんですか?」 「ほら、やってみなよ、体で俺を誘惑するんだよね?」 「はあ!?誘惑!?」 「取引先を陥落させた技、僕にやってみなよ」

処理中です...