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50.センチメンタルな誕生日でして。(後半)
しおりを挟む「あのさ、フィアナ。……これ、なんだけど」
そう言ってマルスが差し出したものを見て、フィアナは目を丸くする。見覚えのあるそれを受け取って、フィアナは白い指でそっと表面を撫でる。皮特有の感触とともに、懐かしい思いが胸にこみあげてくる。
フィアナは首を傾げた。
「これ、エリアスさんの手帳だよね? どうしてマルスが?」
「あいつから預かった」
今の自分には、持っている資格がないから。そう、エリアスは話したのだという。
「あいつは俺に渡したけど、やっぱり、フィアナが持っているべきだと思うんだ」
人の手帳を勝手に開くのはマナー違反だ。そう思うのに、フィアナは紙をめくってしまう。彼らしい流麗で読みやすい文字が並ぶなか、ふと目についたページで、フィアナはまじまじとそれを覗き込んでしまった。
「これ、動物園に行った時の……?」
初めて一緒に出掛けた日。その前夜にでも、慌てて書いたのだろうか。動物園デートのプランが、見開き一ページ分びっしりと、細かい文字で書き連ねてあった。
〝ふれあいパーク、小動物多数。→うさぎ、など◎ おそらく好き〟
〝奥に売店在り。ひと休みに可。園内限定のジェラートが人気〟
〝パーク入口近くにカフェ。お昼など。→ここで、ボートに誘う?〟
「な、な、な……っ」
「な? 俺が持つにはちょっと荷が重いっていうか、色々とクるだろ? ずっしりと」
真っ赤になってぱくぱくと口を開くフィアナに、マルスがにやりと歯を見せて笑う。恥ずかしいやら、いたたまれないやらで、フィアナは手帳を隠しながらマルスを睨んだ。
「マルスも、これ見たの!?」
「見ても構わない。あいつが、そう言ったからな」
悪びれなく答えて、マルスが頬杖を突く。
「せっかくだし、もっと見てみろって。色々面白いぞ」
「~~~っ」
羞恥に悶えつつ、フィアナは仕方なく先をめくった。というか、エリアスがどんなことを書いて、どんなことをマルスに見られてしまったのか、確かめないことには心臓が持たない。
当然というか、その先も似たようなものだった。初めてのデートのプランはもちろん、ほかにも街で見つけた雑貨屋や、若い娘たちの間で人気のカフェ。夕日の綺麗な丘や、晴れた日の散歩に適した通りなど、『ふたりで』を意識したと思われるさまざまな情報が、所せましと書き連ねてある。
(こんなことまで書いてあるなんて……!)
〝アップルパイが人気! 絶対好き! 一緒に行く!〟
身を縮めながら、そんな一文が書かれたページをめくった時だった。
小さく息を呑んで、フィアナは指をとめた。その一番上には、〝〇月〇日 お誕生日〟と書かれていた。
朝、店に迎えに行き、馬車で移動。ルーマ坂を散策、雑貨屋等を案内。昼食、ル・ジルべにて。食後、公園へ。スイレンを眺めつつ、ボートにて休息。夕方、マダム・キュリオの仕立て屋へ。約束のものを用意。終わり次第、グレダの酒場に移動。皆でお祝い。
「……誕生日デートの最後は、この店で。おっさん、そう考えていたみたいだな」
言葉もなく文字を追うフィアナに、マルスはそう言って笑った。
「正直、驚いた。おっさんのことだから、誕生日は一日中お前を独占したいって、絶対思ったはずだから。けど、そういうプランにしなかった。それってたぶん、みんなの中で笑っているお前をみたかったから、じゃないかな」
最後まで行きついたとき、フィアナは目を瞠った。
〝世界中で一番、幸せな一日にする!〟
その一文が、二重丸でぐるぐると囲まれていた。
ぽたりと、気づいたら涙がこぼれていた。
「フィアナ……」
「ちょっと、フィアナちゃん!? どうしちゃったの、大丈夫?」
異変に気付いたキュリオたちも、驚いておろおろとフィアナに手を伸ばす。けれども、一度吹き出してしまった想いは、もう堰き止めることは出来ない。
手帳が濡れてしまわないように必死に涙を拭う。滲む視界のなかで、フィアナは二重丸で囲われた文字を、何度も何度もにらんだ。
世界で一番の幸せ。そんなワガママは言わない。願ったりしない。
だから、だから、お願いだから。
「……一緒に。一緒に笑っていてくださいよ、エリアスさん……っ」
零れてしまった嗚咽に交えて、そう、フィアナが吐露したときだった。
微かに軋んだ音を響かせて、店の扉が開く。からんと音が鳴るのと同時に、フィアナは顔を上げ――そこにいた人物に、目を見開いた。
「エリアス、さん……?」
「ええ!!」
「は!?」
フィアナが呟いた途端、驚いたキュリオとニースが弾かれたように振り返る。――マルスだけは、どこか予想をしていたようにゆっくりと振り返る。
入口に立つエリアスは、皆の視線を一身に受けて、居心地が悪そうに目を逸らす。そうして彼は、苦笑をしてこう言った。
「ここに来るべきじゃない。そう、思ったのですが……」
「何をバカなこと言っているの!」
フィアナより先に我に返ったのは、キュリオだった。彼は素早く立ち上がると、「ささ!」といつものカウンター席を指さした。
「こっちにいらっしゃい! よかったわ、来てくれて。ううん。今日だけはエリアスちゃんも来てくれるって、私、信じていたから……」
だが、キュリオの笑顔は、エリアスの後ろからひょこりと顔をのぞかせたもう一人を見た途端、ひくりと引き攣った。キュリオがわなわなと唇をわななかせるなか、その者は後ろで手を組みながら、悠然と店内を見回した。
「へえ? ここが、エリアスさまのお気に入りのお店、なんですね。なんだか小っちゃくて、すごく可愛らしいお店ですね」
「あ、あ、あなた!? エリアスちゃん!? 一体、あなた何考えて……!?」
「エリアスさまぁ」
キュリオが白目をむいて倒れそうになるのには目もくれず、その者――アリス・クウィニーはエリアスに腕を絡める。そうやって甘えるようにすり寄ってから、アリスはちらりとフィアナを見やり、くすりと意地悪く微笑んだ。
「せっかく来たんですもの。お席に座りましょう?」
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