43 / 89
40.宰相閣下は風邪をひきまして。
しおりを挟む
「よーっす、子猫ちゃん」
とある昼下がり。そのように、再びシャルツ王はグレダの酒場に姿を見せた。まるで、近所のお兄さんがふらっと訪れたような気軽さでひらひらと手を振る一国の王に、フィアナはもはや驚きすらしなかった。
「…………いらっしゃいませ?」
「はいよ。オムライスひとつ」
にしっと笑って、シャルツは当たり前のように注文をする。その嬉しそうな顔に、フィアナは嘆息をした。
「すみません。ランチのオムライスは日替わりでして。今日はないんですよ」
「えー、そんな! 俺、楽しみにしていたのに。なんで日替わりなのさ。毎日やった方がいいよ。売れるって絶対」
「そう言われましても」
「い、いいよ、フィアナ。作るよ。材料ならあるからさ」
厨房の中から、おろおろとベクターが宥める。フィアナから聞いて、この『警備隊所属の気さくなあんちゃん』を装った男の正体が、この国の王だと知っているのだ。
「ほんとか? やりぃ! 悪いな親父さん、ありがとよ」
厨房の中にウィンクを飛ばしつつ、シャルツはカウンターに座る。ちなみに、この日以降、グレダの酒場の常設ランチメニューにオムライスが加わったというのは、完全なる余談だろう。
さて、前回と同じくカウンターの左端に座ったシャルツに、フィアナは出来上がったオムライスを運んでやる。嬉しそうに、ふわふわ卵にさっそくスプーンをいれるシャルツに、フィアナは腕を組んで尋ねた。
「それで、今日は何かあったんですか?」
「飯を食いに来たんだよ。近くに用があったからさ」
平然と答えつつ、ぱくぱくとシャルツはオムライスを食べすすめる。閉口して、フィアナは彼を睨む。その「近くの用」のほうを、詳しく知りたいのだ。
そんなフィアナの様子に気づいたのか、こんもりとスプーンにオムライスをよそった姿で、シャルツはけらけら笑った。
「そんなに身構えないでよ。今日はいきなり城に連れてったりしないからさ。まあでも、このあと付き合ってもらいたいのは同じかな」
「今度はどこに行くんです?」
「ん。エリアスの家」
思いもかけなかった場所に、フィアナはきょとんと目を丸くする。けれども、本当に驚くべきはそのあとだった。
「あいつ、今朝、熱出したんだ。体調不良で休むなんてよっぽどだし、一応上司として、どうしているか様子を見に行ってやろうと思ってさ」
「ええ!?」
フィアナは仰天し、続いて手の平で額を覆った。
ピクニックから帰ったあと。やはり最初に冷えてしまったのがよくなかったのだろう。エリアスは風邪をひいてしまっていた。とはいえ、念のため店に来る頻度も下げていたが、症状はごくごく軽いもの。エリアス自身も雨に降られたことをネタにしつつ、苦笑していたぐらいだったのだが。
「昨日ちょっとトラブルが起きちゃってさ。そのせいで昨日は遅くまで粘っていたんだよ。おかげでトラブルはなんとかなったんだけど、体のほうがダウンしたんだな」
「……無理しちゃだめですよって言ったのに」
溜息をついて、フィアナは肩を落とした。そうは言っても、エリアスが対応しなければならないレベルのトラブルなら致し方ない。フィアナの前ではデレデレの大型ワンコなエリアスだが、表の顔はこの国に欠かせない大切な宰相様なのだから。
そういうわけで、ランチがひと段落したところで、フィアナはシャルツに連れられてエリアスのお見舞いへと繰り出した。
エリアスの屋敷は、グレダの酒場からそう離れていなかった。今回は馬車に揺られて向かったので正確にはわからないが、おそらく歩いたとしても30分ほど。お金持ちは郊外に大きなお屋敷を持っているイメージがあったので、少々意外だった。
「ここは、いわば仮住まいだからさ」
フィアナが疑問を口にすると、シャルツはそのように教えてくれた。
「この屋敷は前の王――つまり父上がルーヴェルト家に貸し与えたものなんだ。ルーヴェルト家の本筋は東部のローウェルにあるんだけど、サンルースからはちと遠いだろ。それで、父上があいつの両親を呼び寄せたときに、屋敷も与えたんだ」
「ご両親をですか?」
エリアスの母はシャルツ王の乳母を務めた婦人だ。けれども両親揃ってということは、エリアスの父も頻繁に登城が求められるような職についていたのだろうか。
「そっか。フィアナちゃんは子供だったから知らないか。あいつの親父さんは、前の宰相だよ」
「そうなんですか!」
全然知らなかった。
「その両親も、今はローウェルの屋敷に戻って、二人でしょっちゅう旅行に出ているそうだ。せっかく自由になったし、第二の人生を謳歌しているんだろうな。そんなわけで、今ここに住んでいるのはあいつだけだよ」
「……それは、少し寂しいですね」
屋敷を見上げて、フィアナは呟く。おそらくエリアスの屋敷は、ほかのお屋敷の中ではそんなに大きなほうではない。けれども、一人で住むには大きすぎる。
そう思ったのだが、シャルツは首を傾げた。
「どうかな。あいつは慣れているんじゃないかな。ここに一人でいるのは、昔からだし」
「え?」
「さ。行こ、行こ。入口はこっちだよ」
玄関扉を指さして、シャルツが歩き出す。それを追いかけながら、今しがた彼が話した言葉の意味を、フィアナは考えたのだった。
とある昼下がり。そのように、再びシャルツ王はグレダの酒場に姿を見せた。まるで、近所のお兄さんがふらっと訪れたような気軽さでひらひらと手を振る一国の王に、フィアナはもはや驚きすらしなかった。
「…………いらっしゃいませ?」
「はいよ。オムライスひとつ」
にしっと笑って、シャルツは当たり前のように注文をする。その嬉しそうな顔に、フィアナは嘆息をした。
「すみません。ランチのオムライスは日替わりでして。今日はないんですよ」
「えー、そんな! 俺、楽しみにしていたのに。なんで日替わりなのさ。毎日やった方がいいよ。売れるって絶対」
「そう言われましても」
「い、いいよ、フィアナ。作るよ。材料ならあるからさ」
厨房の中から、おろおろとベクターが宥める。フィアナから聞いて、この『警備隊所属の気さくなあんちゃん』を装った男の正体が、この国の王だと知っているのだ。
「ほんとか? やりぃ! 悪いな親父さん、ありがとよ」
厨房の中にウィンクを飛ばしつつ、シャルツはカウンターに座る。ちなみに、この日以降、グレダの酒場の常設ランチメニューにオムライスが加わったというのは、完全なる余談だろう。
さて、前回と同じくカウンターの左端に座ったシャルツに、フィアナは出来上がったオムライスを運んでやる。嬉しそうに、ふわふわ卵にさっそくスプーンをいれるシャルツに、フィアナは腕を組んで尋ねた。
「それで、今日は何かあったんですか?」
「飯を食いに来たんだよ。近くに用があったからさ」
平然と答えつつ、ぱくぱくとシャルツはオムライスを食べすすめる。閉口して、フィアナは彼を睨む。その「近くの用」のほうを、詳しく知りたいのだ。
そんなフィアナの様子に気づいたのか、こんもりとスプーンにオムライスをよそった姿で、シャルツはけらけら笑った。
「そんなに身構えないでよ。今日はいきなり城に連れてったりしないからさ。まあでも、このあと付き合ってもらいたいのは同じかな」
「今度はどこに行くんです?」
「ん。エリアスの家」
思いもかけなかった場所に、フィアナはきょとんと目を丸くする。けれども、本当に驚くべきはそのあとだった。
「あいつ、今朝、熱出したんだ。体調不良で休むなんてよっぽどだし、一応上司として、どうしているか様子を見に行ってやろうと思ってさ」
「ええ!?」
フィアナは仰天し、続いて手の平で額を覆った。
ピクニックから帰ったあと。やはり最初に冷えてしまったのがよくなかったのだろう。エリアスは風邪をひいてしまっていた。とはいえ、念のため店に来る頻度も下げていたが、症状はごくごく軽いもの。エリアス自身も雨に降られたことをネタにしつつ、苦笑していたぐらいだったのだが。
「昨日ちょっとトラブルが起きちゃってさ。そのせいで昨日は遅くまで粘っていたんだよ。おかげでトラブルはなんとかなったんだけど、体のほうがダウンしたんだな」
「……無理しちゃだめですよって言ったのに」
溜息をついて、フィアナは肩を落とした。そうは言っても、エリアスが対応しなければならないレベルのトラブルなら致し方ない。フィアナの前ではデレデレの大型ワンコなエリアスだが、表の顔はこの国に欠かせない大切な宰相様なのだから。
そういうわけで、ランチがひと段落したところで、フィアナはシャルツに連れられてエリアスのお見舞いへと繰り出した。
エリアスの屋敷は、グレダの酒場からそう離れていなかった。今回は馬車に揺られて向かったので正確にはわからないが、おそらく歩いたとしても30分ほど。お金持ちは郊外に大きなお屋敷を持っているイメージがあったので、少々意外だった。
「ここは、いわば仮住まいだからさ」
フィアナが疑問を口にすると、シャルツはそのように教えてくれた。
「この屋敷は前の王――つまり父上がルーヴェルト家に貸し与えたものなんだ。ルーヴェルト家の本筋は東部のローウェルにあるんだけど、サンルースからはちと遠いだろ。それで、父上があいつの両親を呼び寄せたときに、屋敷も与えたんだ」
「ご両親をですか?」
エリアスの母はシャルツ王の乳母を務めた婦人だ。けれども両親揃ってということは、エリアスの父も頻繁に登城が求められるような職についていたのだろうか。
「そっか。フィアナちゃんは子供だったから知らないか。あいつの親父さんは、前の宰相だよ」
「そうなんですか!」
全然知らなかった。
「その両親も、今はローウェルの屋敷に戻って、二人でしょっちゅう旅行に出ているそうだ。せっかく自由になったし、第二の人生を謳歌しているんだろうな。そんなわけで、今ここに住んでいるのはあいつだけだよ」
「……それは、少し寂しいですね」
屋敷を見上げて、フィアナは呟く。おそらくエリアスの屋敷は、ほかのお屋敷の中ではそんなに大きなほうではない。けれども、一人で住むには大きすぎる。
そう思ったのだが、シャルツは首を傾げた。
「どうかな。あいつは慣れているんじゃないかな。ここに一人でいるのは、昔からだし」
「え?」
「さ。行こ、行こ。入口はこっちだよ」
玄関扉を指さして、シャルツが歩き出す。それを追いかけながら、今しがた彼が話した言葉の意味を、フィアナは考えたのだった。
1
お気に入りに追加
3,298
あなたにおすすめの小説
【完】嫁き遅れの伯爵令嬢は逃げられ公爵に熱愛される
えとう蜜夏☆コミカライズ中
恋愛
リリエラは母を亡くし弟の養育や領地の執務の手伝いをしていて貴族令嬢としての適齢期をやや逃してしまっていた。ところが弟の成人と婚約を機に家を追い出されることになり、住み込みの働き口を探していたところ教会のシスターから公爵との契約婚を勧められた。
お相手は公爵家当主となったばかりで、さらに彼は婚約者に立て続けに逃げられるといういわくつきの物件だったのだ。
少し辛辣なところがあるもののお人好しでお節介なリリエラに公爵も心惹かれていて……。
22.4.7女性向けホットランキングに入っておりました。ありがとうございます 22.4.9.9位,4.10.5位,4.11.3位,4.12.2位
Unauthorized duplication is a violation of applicable laws.
ⓒえとう蜜夏(無断転載等はご遠慮ください)
【完結】うっかり異世界召喚されましたが騎士様が過保護すぎます!
雨宮羽那
恋愛
いきなり神子様と呼ばれるようになってしまった女子高生×過保護気味な騎士のラブストーリー。
◇◇◇◇
私、立花葵(たちばなあおい)は普通の高校二年生。
元気よく始業式に向かっていたはずなのに、うっかり神様とぶつかってしまったらしく、異世界へ飛ばされてしまいました!
気がつくと神殿にいた私を『神子様』と呼んで出迎えてくれたのは、爽やかなイケメン騎士様!?
元の世界に戻れるまで騎士様が守ってくれることになったけど……。この騎士様、過保護すぎます!
だけどこの騎士様、何やら秘密があるようで――。
◇◇◇◇
※過去に同名タイトルで途中まで連載していましたが、連載再開にあたり設定に大幅変更があったため、加筆どころか書き直してます。
※アルファポリス先行公開。
※表紙はAIにより作成したものです。
面倒くさがりやの異世界人〜微妙な美醜逆転世界で〜
波間柏
恋愛
仕事帰り電車で寝ていた雅は、目が覚めたら満天の夜空が広がる場所にいた。目の前には、やたら美形な青年が騒いでいる。どうしたもんか。面倒くさいが口癖の主人公の異世界生活。
短編ではありませんが短めです。
別視点あり
【完結】神から貰ったスキルが強すぎなので、異世界で楽しく生活します!
桜もふ
恋愛
神の『ある行動』のせいで死んだらしい。私の人生を奪った神様に便利なスキルを貰い、転生した異世界で使えるチートの魔法が強すぎて楽しくて便利なの。でもね、ここは異世界。地球のように安全で自由な世界ではない、魔物やモンスターが襲って来る危険な世界……。
「生きたければ魔物やモンスターを倒せ!!」倒さなければ自分が死ぬ世界だからだ。
異世界で過ごす中で仲間ができ、時には可愛がられながら魔物を倒し、食料確保をし、この世界での生活を楽しく生き抜いて行こうと思います。
初めはファンタジー要素が多いが、中盤あたりから恋愛に入ります!!
異世界で王城生活~陛下の隣で~
遥
恋愛
女子大生の友梨香はキャンピングカーで一人旅の途中にトラックと衝突して、谷底へ転落し死亡した。けれど、気が付けば異世界に車ごと飛ばされ王城に落ちていた。神様の計らいでキャンピングカーの内部は電気も食料も永久に賄えるられる事になった。
グランティア王国の人達は異世界人の友梨香を客人として迎え入れてくれて。なぜか保護者となった国陛下シリウスはやたらと構ってくる。一度死んだ命だもん、これからは楽しく生きさせて頂きます!
※キャンピングカー、魔石効果などなどご都合主義です。
※のんびり更新。他サイトにも投稿しております。
【完結】ペンギンの着ぐるみ姿で召喚されたら、可愛いもの好きな氷の王子様に溺愛されてます。
櫻野くるみ
恋愛
笠原由美は、総務部で働くごく普通の会社員だった。
ある日、会社のゆるキャラ、ペンギンのペンタンの着ぐるみが納品され、たまたま小柄な由美が試着したタイミングで棚が倒れ、下敷きになってしまう。
気付けば豪華な広間。
着飾る人々の中、ペンタンの着ぐるみ姿の由美。
どうやら、ペンギンの着ぐるみを着たまま、異世界に召喚されてしまったらしい。
え?この状況って、シュール過ぎない?
戸惑う由美だが、更に自分が王子の結婚相手として召喚されたことを知る。
現れた王子はイケメンだったが、冷たい雰囲気で、氷の王子様と呼ばれているらしい。
そんな怖そうな人の相手なんて無理!と思う由美だったが、王子はペンタンを着ている由美を見るなりメロメロになり!?
実は可愛いものに目がない王子様に溺愛されてしまうお話です。
完結しました。
召還社畜と魔法の豪邸
紫 十的
ファンタジー
魔法仕掛けの古い豪邸に残された6歳の少女「ノア」
そこに次々と召喚される男の人、女の人。ところが、誰もかれもがノアをそっちのけで言い争うばかり。
もしかしたら怒られるかもと、絶望するノア。
でも、最後に喚ばれた人は、他の人たちとはちょっぴり違う人でした。
魔法も知らず、力もちでもない、シャチクとかいう人。
その人は、言い争いをたったの一言で鎮めたり、いじわるな領主から沢山のお土産をもらってきたりと大活躍。
どうしてそうなるのかノアには不思議でたまりません。
でも、それは、次々起こる不思議で幸せな出来事の始まりに過ぎなかったのでした。
※ プロローグの女の子が幸せになる話です
※ 『小説家になろう』様にも「召還社畜と魔法の豪邸 ~召喚されたおかげでデスマーチから逃れたので家主の少女とのんびり暮らす予定です~」というタイトルで投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる