27 / 89
25.意外なお人に出会いまして。
しおりを挟む〝さっきの対応、わざとですよね?〟
並んでジェラートを食べながら、フィアナはそうエリアスに問いかけた。ちょうど、ぱくりと一口食べたところだったエリアスは、スプーンを口に含んだままぱちくりと瞬きをすると、にこりと微笑んではぐらかした。
〝なんのことですか?〟
時々、エリアスのことがわからなくなる。どこまでが冗談で、どこからが本気なのか。軽口ばかりを叩いているように見えて、どこまでを見通しているのか。
――いや、本当のところ、彼のことはわからないこと尽くしだ。この国の宰相で、フィアナを好きで、グレダの酒場を気に入っている。それ以外のこと、例えば彼の家族のことや、友人のこと。何を好み、何を嫌うのか。知らないことばかりだ。
たぶんフィアナが尋ねたら、答えられる範囲のことであればエリアスは教えてくれるだろう。けれども、どこかでそのラインを、越えてはならない気がしていた。
彼は宰相で、自分はしがない町娘で。自分は店とその周辺のことしか知らない世間知らずの小娘で、彼はこの国のすべてを見通せるような才覚ある大人で。
店のカウンターを挟んだときにはじめて、同じ目線で、同じ世界で話すことが出来る人。……いいや。同じ目線、同じ世界で話せていると錯覚させるだけで、本当のところ、まったく異なる世界に生きている人。
おそらくその溝は、永遠に埋まらない。どれだけ世界を重ねようとしても、その人がこれまで通ってきた道、経験したこと、感じたことは、どこまでいってもその人だけのものだから。
それでも。
「フィーアナさんっ」
「み、みぎゃ!」
お土産売場にて、とあるコーナーの前に釘付けになっていたフィアナは、エリアスにひょいと横から覗き込まれて、慌てて手を隠した。
「何か気になるものがあったんですか? 貸してください。私がお会計してきます」
「あ、いえ……。これは、自分で買いますので」
「いいですよ。今日は私がお誘いしたんですから。ほら、こちらに」
「ほ、本当に大丈夫です! これだけは、自分で買いたいので!」
不思議そうな顔をするエリアスを置いて、フィアナは会計へと走る。
包んでもらったそれを大事にバックにしまって、ぎゅっと抱きしめる。
これだけの我儘なら、許されるかな。そんな自問をしながら、外で待つエリアスのもとへとフィアナは戻っていったのであった。
「はぁー。お腹が満ちると、幸せな気持ちになりますねえ」
動物園を一通り見て、外にでたあと。公園内にあるカフェで簡単に昼食を済ませたふたりは、のんびりと木立の下を歩いていた。
長い腕でうんと伸びをしながら歩くエリアスを見上げ、フィアナは笑いかけた。
「サンドイッチも美味しかったですね」
「青空の下で食べるというのが、またよかったんでしょうね。なんだかピクニックに来たみたいで、楽しくなってしまいました」
「あ、ピクニックもいいですね! 今度はお弁当持ってきましょうよ。キュリオさんやみんなも誘って、持ち寄ったお弁当を芝生に並べて。きっと楽しいですよ」
「それは素敵ですね。ただ私としては、フィアナさんが手作りしたお弁当は誰にも渡したくありません……。そうだ。フィアナさんのお弁当は私が独占し、その分、私が皆さん用のお弁当をたくさん用意しましょう」
「エリアスさんも料理するんですか?」
「いえ。ホテルのデリバリーに、ちょちょいと依頼を」
「お金で解決するスタイル!」
けらけらと笑うフィアナの髪を一陣の風が乱し、とっさに彼女は目を閉じる。次に瞼を開けたとき、隣のエリアスは大きな手を目の前に掲げ、ゆらゆらと揺れる木漏れ日を眩しそうに見上げていた。
「こんなに心穏やかな休日、いつぶりでしょう」
葉の合間から零れ落ちる陽の光うけて、アイスブルーの瞳がきらきらと輝く。それはまるで、静かに揺れる初夏の湖面のように美しい。
白銀の髪が、風でふわりと広がった。
「――明日も明後日も明々後日も、今日という日が続けばいいのに」
とくん、と胸が跳ねて、バックを持つ手に力がこもった。
どうしよう。今だろうか。うん、いまだ。
バックの持ち手をぎゅっと握りしめ、フィアナはそわそわと自問自答を繰り返す。そうやって何度か自分を励ましてから、フィアナは思い切って顔を上げた。
「あ、あの、エリアスさ……」
「ルーヴェルト宰相?」
ふいに背後から響いた第三者の声に、フィアナも、そしてエリアスもぴたりと動きを止めた。
フィアナの知る声ではない。そもそも、フィアナが知る人物のなかに、エリアスを「ルーヴェルト宰相」と呼ぶ者はいない。だとすれば、答えはひとつ。
ぎぎぎぎと、錆びた車輪のような不自然さで、フィアナは声のした方に顔を向ける。その隣でエリアスも髪をなびかせて振り返り――途端、よそ行きの笑顔を張り付けた。
「――こんにちは、ギルベール儀典長。こんなところで、奇遇ですね」
(やっぱり、エリアスさん側の知り合いだったー……!)
びしばしと感じていた嫌な予感が現実となり、フィアナは内心悲鳴を上げる。
その視線の先で、品のいいコートを羽織った細身の老人――もとい、メイス国を支える重鎮のひとり、ギルベール儀典長は、不思議そうな顔でフィアナたちを見つめていたのだった。
32
お気に入りに追加
3,374
あなたにおすすめの小説
【完】嫁き遅れの伯爵令嬢は逃げられ公爵に熱愛される
えとう蜜夏☆コミカライズ中
恋愛
リリエラは母を亡くし弟の養育や領地の執務の手伝いをしていて貴族令嬢としての適齢期をやや逃してしまっていた。ところが弟の成人と婚約を機に家を追い出されることになり、住み込みの働き口を探していたところ教会のシスターから公爵との契約婚を勧められた。
お相手は公爵家当主となったばかりで、さらに彼は婚約者に立て続けに逃げられるといういわくつきの物件だったのだ。
少し辛辣なところがあるもののお人好しでお節介なリリエラに公爵も心惹かれていて……。
22.4.7女性向けホットランキングに入っておりました。ありがとうございます 22.4.9.9位,4.10.5位,4.11.3位,4.12.2位
Unauthorized duplication is a violation of applicable laws.
ⓒえとう蜜夏(無断転載等はご遠慮ください)
「無加護」で孤児な私は追い出されたのでのんびりスローライフ生活!…のはずが精霊王に甘く溺愛されてます!?
白井
恋愛
誰もが精霊の加護を受ける国で、リリアは何の精霊の加護も持たない『無加護』として生まれる。
「魂の罪人め、呪われた悪魔め!」
精霊に嫌われ、人に石を投げられ泥まみれ孤児院ではこき使われてきた。
それでも生きるしかないリリアは決心する。
誰にも迷惑をかけないように、森でスローライフをしよう!
それなのに―……
「麗しき私の乙女よ」
すっごい美形…。えっ精霊王!?
どうして無加護の私が精霊王に溺愛されてるの!?
森で出会った精霊王に愛され、リリアの運命は変わっていく。

「白い結婚最高!」と喜んでいたのに、花の香りを纏った美形旦那様がなぜか私を溺愛してくる【完結】
清澄 セイ
恋愛
フィリア・マグシフォンは子爵令嬢らしからぬのんびりやの自由人。自然の中でぐうたらすることと、美味しいものを食べることが大好きな恋を知らないお子様。
そんな彼女も18歳となり、強烈な母親に婚約相手を選べと毎日のようにせっつかれるが、選び方など分からない。
「どちらにしようかな、天の神様の言う通り。はい、決めた!」
こんな具合に決めた相手が、なんと偶然にもフィリアより先に結婚の申し込みをしてきたのだ。相手は王都から遠く離れた場所に膨大な領地を有する辺境伯の一人息子で、顔を合わせる前からフィリアに「これは白い結婚だ」と失礼な手紙を送りつけてくる癖者。
けれど、彼女にとってはこの上ない条件の相手だった。
「白い結婚?王都から離れた田舎?全部全部、最高だわ!」
夫となるオズベルトにはある秘密があり、それゆえ女性不信で態度も酷い。しかも彼は「結婚相手はサイコロで適当に決めただけ」と、面と向かってフィリアに言い放つが。
「まぁ、偶然!私も、そんな感じで選びました!」
彼女には、まったく通用しなかった。
「なぁ、フィリア。僕は君をもっと知りたいと……」
「好きなお肉の種類ですか?やっぱり牛でしょうか!」
「い、いや。そうではなく……」
呆気なくフィリアに初恋(?)をしてしまった拗らせ男は、鈍感な妻に不器用ながらも愛を伝えるが、彼女はそんなことは夢にも思わず。
──旦那様が真実の愛を見つけたらさくっと離婚すればいい。それまでは田舎ライフをエンジョイするのよ!
と、呑気に蟻の巣をつついて暮らしているのだった。
※他サイトにも掲載中。

【完結済】私、地味モブなので。~転生したらなぜか最推し攻略対象の婚約者になってしまいました~
降魔 鬼灯
恋愛
マーガレット・モルガンは、ただの地味なモブだ。前世の最推しであるシルビア様の婚約者を選ぶパーティーに参加してシルビア様に会った事で前世の記憶を思い出す。 前世、人生の全てを捧げた最推し様は尊いけれど、現実に存在する最推しは…。 ヒロインちゃん登場まで三年。早く私を救ってください。

【完結】神から貰ったスキルが強すぎなので、異世界で楽しく生活します!
桜もふ
恋愛
神の『ある行動』のせいで死んだらしい。私の人生を奪った神様に便利なスキルを貰い、転生した異世界で使えるチートの魔法が強すぎて楽しくて便利なの。でもね、ここは異世界。地球のように安全で自由な世界ではない、魔物やモンスターが襲って来る危険な世界……。
「生きたければ魔物やモンスターを倒せ!!」倒さなければ自分が死ぬ世界だからだ。
異世界で過ごす中で仲間ができ、時には可愛がられながら魔物を倒し、食料確保をし、この世界での生活を楽しく生き抜いて行こうと思います。
初めはファンタジー要素が多いが、中盤あたりから恋愛に入ります!!

本の虫令嬢ですが「君が番だ! 間違いない」と、竜騎士様が迫ってきます
氷雨そら
恋愛
本の虫として社交界に出ることもなく、婚約者もいないミリア。
「君が番だ! 間違いない」
(番とは……!)
今日も読書にいそしむミリアの前に現れたのは、王都にたった一人の竜騎士様。
本好き令嬢が、強引な竜騎士様に振り回される竜人の番ラブコメ。
小説家になろう様にも投稿しています。
目が覚めたら異世界でした!~病弱だけど、心優しい人達に出会えました。なので現代の知識で恩返ししながら元気に頑張って生きていきます!〜
楠ノ木雫
恋愛
病院に入院中だった私、奥村菖は知らず知らずに異世界へ続く穴に落っこちていたらしく、目が覚めたら知らない屋敷のベッドにいた。倒れていた菖を保護してくれたのはこの国の公爵家。彼女達からは、地球には帰れないと言われてしまった。
病気を患っている私はこのままでは死んでしまうのではないだろうかと悟ってしまったその時、いきなり目の前に〝妖精〟が現れた。その妖精達が持っていたものは幻の薬草と呼ばれるもので、自分の病気が治る事が発覚。治療を始めてどんどん元気になった。
元気になり、この国の公爵家にも歓迎されて。だから、恩返しの為に現代の知識をフル活用して頑張って元気に生きたいと思います!
でも、あれ? この世界には私の知る食材はないはずなのに、どうして食事にこの四角くて白い〝コレ〟が出てきたの……!?
※他の投稿サイトにも掲載しています。

魔力を持たずに生まれてきた私が帝国一の魔法使いと婚約することになりました
ふうか
恋愛
レティシアは魔力を持つことが当たり前の世界でただ一人、魔力を持たずに生まれてきた公爵令嬢である。
そのために、家族からは冷遇されて育った彼女は10歳のデビュタントで一人の少年と出会った。その少年の名はイサイアス。皇弟の息子で、四大公爵の一つアルハイザー公爵家の嫡男である。そしてイサイアスは周囲に影響を与えてしまうほど多くの魔力を持つ少年だった。
イサイアスとの出会いが少しづつレティシアの運命を変え始める。
これは魔力がないせいで冷遇されて来た少女が幸せを掴むための物語である。
※1章完結※
追記 2020.09.30
2章結婚編を加筆修正しながら更新していきます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる