拾った宰相閣下に溺愛されまして。~残念イケメンの執着が重すぎます!

枢 呂紅

文字の大きさ
上 下
25 / 89

23.デートは一味違いまして。

しおりを挟む
 翌朝、フィアナは鏡に全身を映して入念にチェックしていた。

(髪型良し、スカート良し、カバン良し、合わせる靴も良し)

 以前、「いつか、必要になるときが来るかもしれないからっ」と、キュリオがコーディネートしてくれたスタイルに身を包み、フィアナはくるりと鏡の前で回る。さすがは街一番の仕立て屋、センスがいい。自分で着といてなんだが、いくらかサマになっている気がする。

(まさか、本当にこんな日が来るとは思わなかったな)

 そのように内心呆れつつ、自分が言い出したことなのだからと腹を括る。そして、まだ時間には少し早いが、フィアナは家を出て、待ち合わせを約束した噴水広場を目指した。





〝私の一日、もらってくれませんか……っ!?〟

 今できる精一杯の想いを乗せ、フィアナがそう告げたあと。エリアスはしばらく、ぽかんと驚いた顔でフィアナを見下ろしていた。

 ――この時、幸せの供給過多により、エリアスの脳は一時的に著しく処理速度を落としていた。そのため彼はなかなか返事をよこさなかったのだが、そうとは知らないフィアナは無反応のエリアスに焦り、必死に言いつのった。

〝私、なんでもします。お姫様抱っこも受け入れますし、あーんして欲しければあーんもします。ね、猫耳は……少しハードルが高いですが、本当にエリアスさんが見たいなら頑張ります。エリアスさんの望みを、出来るだけかなえたいんです〟

〝なんでも……、なんでも!?〟

 ようやく頭の処理が追いついたらしい。ぎょっとしたように目を見開いたエリアスは、ぼっと沸騰するように顔を赤くすると、勢いよくそっぽを向いた。

 突然の奇行に、フィアナは訝しんで眉根を寄せた。

〝あの? エリアスさん??〟

〝す、すみません。少々、邪な方の私が出てきてしまいまして……〟

〝はい? ヨコシマ?〟

 意味が分からず、ますます首を傾げるフィアナ。だが、ふとエリアスが顔を赤くした理由に思い当たると、自分も負けず劣らずリンゴのように顔を赤くし、慌てて両腕で身体をかき抱いた。

〝ちょ、ちょっと!? まさか、なんでもって、そういうコトを考えたんですか!? 最低!! えっち!! エリアスさんのエロリアスさん!!〟

〝んなっ!? 違います、誤解です! ……そりゃ、ほんの少し、ほんの一欠けら、そんなことも考えたかもしれませんけど。けど!! 誤解です!!〟

 ちなみに、このときエリアスが思い浮かべたのは、あくまで先日の『秘密の夜』のような無防備で甘々なフィアナの姿がメインだった。そもそも、その夜のことを覚えていないフィアナには、説明しようもないことであったが。

〝と、とにかく! そういうわけですから、私にしてほしいこと、考えといてください。いいですね。くれぐれも、親にも話せる範疇にしてくださいよ〟

 念押しをしつつ、フィアナはぷいとそっぽを向く。そのまま、小走りに奥へと退散しようとしたのであったが――。

〝決めました!〟

 長い腕が、行く手を阻む。通せんぼをされたフィアナは、恐る恐る彼を見上げる。すると、ほのかな熱を湛えたアイスブルーの瞳が、まっすぐにこちらを見つめていた。

〝デートがしたいです、フィアナさん〟

 顔を覗き込み、彼はそう言ってほほ笑んだ。





(それで、今日がデートになったんだけど……)

 噴水広場に到着したフィアナ。しかし、せっかく到着したというのに、フィアナは当たり前のように先にいて待っているエリアスの視界に入らないように、影に隠れて頭を悩ませていた。

(デートって……なに?)

 目下の悩みは、それであった。

 もちろん、フィアナとて『デート』の意味は知っている。付き合っている男女、もしくは気になる異性とふたりきりで遊びに出かければ、それすなわちデートである。

 しかし、概念云々は置いておくとして、具体的にはデートと普通のお出かけだと何が違うのだろう。現在進行形で言うならば、今のように相手が先に待ち合わせ場所にいた場合、何と言って合流するのが正しいデートなのだろうか。

(ああぁあ……。こんなことなら、デートのいろはについても、先にキュリオさんに聞いておけばよかった……)

 そのように、物陰でひとり後悔した時だった。

「フィーアナさんっ」

「みぎゃあ!」

 いつかのように背後から急に呼びかけられ、フィアナは飛び上がった。振り返ったところでほわほわとほほ笑むのは、言わずもがな、エリアスである。

 ばくばくと心臓が嫌な跳ね方をしている胸を押さえて、フィアナはどきまぎと聞いた。

「にゃ、な、なんで!?」

「前にも言いましたよね。髪の毛一本からだろうと、フィアナさんを見つけてみせるって」

 にこにこと答えるエリアスに、フィアナは脱力した。そういえば、彼はそういう男だった。

 というか、「おはようございます」とにこやかにほほ笑むエリアスは、あまりにいつも通りだ。緊張して、あれこれ悩んでいた自分が馬鹿らしくなるほどだ。

 デートって言っても、そんなに身構えなくてもいいのかな。

 若干拍子抜けしつつ、安心をするフィアナ。そんな彼女を見下ろして、エリアスは感動したように目を潤ませた。

「フィアナさん……今日の水色のワンピース、すっごくお似合いです。私のために、おめかししてくれたんですね」

「そんなこと言って、エリアスさんは私が何着てたって大絶賛するじゃないですか」

「当たり前です!! 天使で女神でマイスウィートハニーなフィアナさんに、似合わないものなどありません! フィアナさんが舞踏会に出席したなら、たとえ身にまとうのがボロ布であれ、その夜の主役として輝くことになるでしょう!」

「出来ませんし、仮にそんな事態に陥ったらさすがに着替えさせてください」

 呆れて答え、じとっとエリアスを睨む。

 ここまではいつも通り。――どこまでも、いつも通りだったのだが。

「ただ、それはそれ、これはこれです。……今日も明日も明後日も、フィアナさんは可愛いです。けど、私のためにおめかしをしてくれたフィアナさんは、特別に可愛いです。――愛おしくて、ぎゅって、抱きしめたくなっちゃいます」

 ひゅっと息を呑んで、フィアナは硬直した。抱きしめたくなっちゃうどころか、その言葉の通り、エリアスの長い腕にすっぽりと体を包まれてしまったからだ。

「だ、抱き、抱き……っ!?」

「はい、有言実行です。今日の私たちは、デートですので」

 顔を真っ赤にして慌てるフィアナに、エリアスはふにゃりと幸せそうに笑う。

 そのまま自然に手を握ると、「行きましょうか」とエリアスは腕を引いた。




 デートって、やっぱり全然いつも通りじゃないな、と。今日一日、自分の心臓が持つかどうか心配になりながら、フィアナはそんなことを思ったのだった。
しおりを挟む
感想 28

あなたにおすすめの小説

【完】嫁き遅れの伯爵令嬢は逃げられ公爵に熱愛される

えとう蜜夏☆コミカライズ中
恋愛
 リリエラは母を亡くし弟の養育や領地の執務の手伝いをしていて貴族令嬢としての適齢期をやや逃してしまっていた。ところが弟の成人と婚約を機に家を追い出されることになり、住み込みの働き口を探していたところ教会のシスターから公爵との契約婚を勧められた。  お相手は公爵家当主となったばかりで、さらに彼は婚約者に立て続けに逃げられるといういわくつきの物件だったのだ。  少し辛辣なところがあるもののお人好しでお節介なリリエラに公爵も心惹かれていて……。  22.4.7女性向けホットランキングに入っておりました。ありがとうございます 22.4.9.9位,4.10.5位,4.11.3位,4.12.2位  Unauthorized duplication is a violation of applicable laws.  ⓒえとう蜜夏(無断転載等はご遠慮ください)

「無加護」で孤児な私は追い出されたのでのんびりスローライフ生活!…のはずが精霊王に甘く溺愛されてます!?

白井
恋愛
誰もが精霊の加護を受ける国で、リリアは何の精霊の加護も持たない『無加護』として生まれる。 「魂の罪人め、呪われた悪魔め!」 精霊に嫌われ、人に石を投げられ泥まみれ孤児院ではこき使われてきた。 それでも生きるしかないリリアは決心する。 誰にも迷惑をかけないように、森でスローライフをしよう! それなのに―…… 「麗しき私の乙女よ」 すっごい美形…。えっ精霊王!? どうして無加護の私が精霊王に溺愛されてるの!? 森で出会った精霊王に愛され、リリアの運命は変わっていく。

「白い結婚最高!」と喜んでいたのに、花の香りを纏った美形旦那様がなぜか私を溺愛してくる【完結】

清澄 セイ
恋愛
フィリア・マグシフォンは子爵令嬢らしからぬのんびりやの自由人。自然の中でぐうたらすることと、美味しいものを食べることが大好きな恋を知らないお子様。 そんな彼女も18歳となり、強烈な母親に婚約相手を選べと毎日のようにせっつかれるが、選び方など分からない。 「どちらにしようかな、天の神様の言う通り。はい、決めた!」 こんな具合に決めた相手が、なんと偶然にもフィリアより先に結婚の申し込みをしてきたのだ。相手は王都から遠く離れた場所に膨大な領地を有する辺境伯の一人息子で、顔を合わせる前からフィリアに「これは白い結婚だ」と失礼な手紙を送りつけてくる癖者。 けれど、彼女にとってはこの上ない条件の相手だった。 「白い結婚?王都から離れた田舎?全部全部、最高だわ!」 夫となるオズベルトにはある秘密があり、それゆえ女性不信で態度も酷い。しかも彼は「結婚相手はサイコロで適当に決めただけ」と、面と向かってフィリアに言い放つが。 「まぁ、偶然!私も、そんな感じで選びました!」 彼女には、まったく通用しなかった。 「なぁ、フィリア。僕は君をもっと知りたいと……」 「好きなお肉の種類ですか?やっぱり牛でしょうか!」 「い、いや。そうではなく……」 呆気なくフィリアに初恋(?)をしてしまった拗らせ男は、鈍感な妻に不器用ながらも愛を伝えるが、彼女はそんなことは夢にも思わず。 ──旦那様が真実の愛を見つけたらさくっと離婚すればいい。それまでは田舎ライフをエンジョイするのよ! と、呑気に蟻の巣をつついて暮らしているのだった。 ※他サイトにも掲載中。

【完結済】私、地味モブなので。~転生したらなぜか最推し攻略対象の婚約者になってしまいました~

降魔 鬼灯
恋愛
マーガレット・モルガンは、ただの地味なモブだ。前世の最推しであるシルビア様の婚約者を選ぶパーティーに参加してシルビア様に会った事で前世の記憶を思い出す。 前世、人生の全てを捧げた最推し様は尊いけれど、現実に存在する最推しは…。 ヒロインちゃん登場まで三年。早く私を救ってください。

【完結】神から貰ったスキルが強すぎなので、異世界で楽しく生活します!

桜もふ
恋愛
神の『ある行動』のせいで死んだらしい。私の人生を奪った神様に便利なスキルを貰い、転生した異世界で使えるチートの魔法が強すぎて楽しくて便利なの。でもね、ここは異世界。地球のように安全で自由な世界ではない、魔物やモンスターが襲って来る危険な世界……。 「生きたければ魔物やモンスターを倒せ!!」倒さなければ自分が死ぬ世界だからだ。 異世界で過ごす中で仲間ができ、時には可愛がられながら魔物を倒し、食料確保をし、この世界での生活を楽しく生き抜いて行こうと思います。 初めはファンタジー要素が多いが、中盤あたりから恋愛に入ります!!

本の虫令嬢ですが「君が番だ! 間違いない」と、竜騎士様が迫ってきます

氷雨そら
恋愛
 本の虫として社交界に出ることもなく、婚約者もいないミリア。 「君が番だ! 間違いない」 (番とは……!)  今日も読書にいそしむミリアの前に現れたのは、王都にたった一人の竜騎士様。  本好き令嬢が、強引な竜騎士様に振り回される竜人の番ラブコメ。 小説家になろう様にも投稿しています。

目が覚めたら異世界でした!~病弱だけど、心優しい人達に出会えました。なので現代の知識で恩返ししながら元気に頑張って生きていきます!〜

楠ノ木雫
恋愛
 病院に入院中だった私、奥村菖は知らず知らずに異世界へ続く穴に落っこちていたらしく、目が覚めたら知らない屋敷のベッドにいた。倒れていた菖を保護してくれたのはこの国の公爵家。彼女達からは、地球には帰れないと言われてしまった。  病気を患っている私はこのままでは死んでしまうのではないだろうかと悟ってしまったその時、いきなり目の前に〝妖精〟が現れた。その妖精達が持っていたものは幻の薬草と呼ばれるもので、自分の病気が治る事が発覚。治療を始めてどんどん元気になった。  元気になり、この国の公爵家にも歓迎されて。だから、恩返しの為に現代の知識をフル活用して頑張って元気に生きたいと思います!  でも、あれ? この世界には私の知る食材はないはずなのに、どうして食事にこの四角くて白い〝コレ〟が出てきたの……!?  ※他の投稿サイトにも掲載しています。

魔力を持たずに生まれてきた私が帝国一の魔法使いと婚約することになりました

ふうか
恋愛
レティシアは魔力を持つことが当たり前の世界でただ一人、魔力を持たずに生まれてきた公爵令嬢である。 そのために、家族からは冷遇されて育った彼女は10歳のデビュタントで一人の少年と出会った。その少年の名はイサイアス。皇弟の息子で、四大公爵の一つアルハイザー公爵家の嫡男である。そしてイサイアスは周囲に影響を与えてしまうほど多くの魔力を持つ少年だった。 イサイアスとの出会いが少しづつレティシアの運命を変え始める。 これは魔力がないせいで冷遇されて来た少女が幸せを掴むための物語である。 ※1章完結※ 追記 2020.09.30 2章結婚編を加筆修正しながら更新していきます。

処理中です...