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20.みんなで力を合わせまして。
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「カップル限定プレゼント?」
いつものようにビラ配りのためにグレダの酒場に集合したところで、エリアスが今日からの作戦をマルスにも説明する。その途中、マルスは怪訝そうに首を傾げた。
「それで男客を釣ろうっての??」
「はい。じゃんじゃん釣り上げます」
エリアスはにっこりと、大きく頷く。その手には、先ほどまでフィアナとふたりで超特急で作った半券があった。カップル来店で、プチスイーツプレゼント! チケットには、そんな文言が謳ってあった。
「こちらをチラシといっしょに街頭で配るのと、今日来てくれたお客さんにお渡しします」
「昨日と同じ方法だと、女のひとばっかり来ちゃうでしょ? だから、みなさんの旦那さんとか彼氏さんとか、お客さんに連れてきてもらおうって作戦で」
「ふぅん?」
得意げに補足するフィアナに、なぜかマルスはちょっぴり面白くなさそうな顔。ん?と疑問に思うフィアナの前で、彼は疑わしそうにエリアスを見た。
「けどさ、女のお客って、あんた狙いだろ。いくらプレゼントをもらえるったって、ほかの男にきゃあきゃあ騒ぎに行くのに、旦那とか彼氏とか連れて来るかな。男側だって、嫌だろ。連れがよその男に騒いでいるのを見るなんてさ」
なるほど、なるほど……とエリアスはふむふむ頷く。
「マルス君の仰ることももっともです。ですが、私なりにいくつか反論をさせていただきましょう」
「お、おう」
きらりと目を光らせたエリアスに、マルスはぐっと身構える。ちょっぴり空気が張りつめるなか、エリアスは人差し指をぴんと立てた。
「まずひとつめ。女性のお客さんがすべて私狙いという認識は誤りです。マルス君ファンのお客さん、結構いますよ。やりましたね、君もモテモテです」
「別にそこは気にしちゃねえよ! なんで俺フォローされてんの!?」
「大丈夫です。もっと自信もちましょう、マルス君」
「失ってない自信を慰めんな!!」
ぎゃあぎゃあと突っ込みを入れるマルスを、フィアナは生暖かい目で見守る。きっと自分とエリアスのやりとりも、第三者から見るとこんな風に見えるのだろう。
続いてエリアスは中指を立てた。
「ふたつめ。これは我々男には理解しがたい感情かもしれませんが、それはそれ、これはこれ、なのです。愛をはぐくむパートナーと、鑑賞用イケメンとは、まったくもって別物なのですよ。現に私も長らく公式行事などで、ご婦人方に観賞用として愛でられてきました」
「はあ……」
なんだかよくわからない顔で、頷くマルス。一方エリアスは、最後に薬指を立てた。
「そして三つ目ですが。……なんであれ、自分の愛するひとが楽しそうに笑っていたら、それだけで幸せじゃないですか?」
「っ、!」
照れくさそうに――本当に幸せそうに笑ったエリアスに、マルスがはっとしたように目を瞠る。それから、なぜか彼は苦虫をかみつぶしたような、ともすると何かを無理やり押しとどめようとするかのような表情で、フィアナを見た。
突然どうしたのだろう。そのようにフィアナが小首をかしげると、マルスはぱっと目をそらす。彼はがしかしと頭をかくと、独り言のようにつぶやいた。
「そっか……。そうだよな」
己を納得させようとするかのように、マルスは何度もうなずく。そして、ふいに吹っ切れたような表情で顔を上げた――――が。
「ああ!! やはり無理です!! フィアナさんがほかの男にハートを飛ばしていたらなどと想像したら、動悸息切れ気つけ眩暈が……っ!!」
「ぶれぶれじゃねえか!? 何が幸せだ、俺の一瞬の覚悟を返せ!!」
青ざめた顔でのたうち回るエリアスに、マルスがぎゃあと怒る。
なんのかんの、この二人は仲がいいのでは。
そんな風に、蚊帳の外からフィアナは思ったのであった。
それからは、怒涛の日々だった。
街頭でのチラシ配りや、店頭での呼びかけでお客を呼び込み。
新しいメニュー表やボードを使って、新メニューを盛り上げ。
お客の反応を見ながら見せ方を変えたり、みなで意見を出し合いながら、ときにはメニューにも梃を加えたりと試行錯誤を重ねて。
ときにエリアスは、容赦ない意見をぶつけてくることもあった。けれどもそれは、グレダの酒場のことを本気で思えばこそだと、フィアナ一家もよくわかっていた。
だからフィアナたちも、本気でぶつかった。ああだ、こうだと白熱した議論は、お店を閉じたあとに小一時間も続くこともあった。
そうやって夜遅くなっても……なぜかフィアナが勧めても、エリアスは遠慮をしてグレダの酒場に泊まることはしなくなったけれども。
それでも、話し合い途中の小休憩や、賄いを食べるために交代で休みをとったりしたときに、こくり、こくりと転寝をはさむようになったエリアスを見ていると。
お休みをこのような形で使わせてしまって申し訳ないなという気持ちと、自分たちのためにこんなにも一生懸命になってくれる彼への感謝の気持ちとが綯い交ぜになって、フィアナの胸をふわふわと温かいもので満たした。
そうやって、エリアスと共に工夫すること9日目。
ついに、グレダの酒場の売上は、スパイスブームが始まる前に戻ったのだった。
いつものようにビラ配りのためにグレダの酒場に集合したところで、エリアスが今日からの作戦をマルスにも説明する。その途中、マルスは怪訝そうに首を傾げた。
「それで男客を釣ろうっての??」
「はい。じゃんじゃん釣り上げます」
エリアスはにっこりと、大きく頷く。その手には、先ほどまでフィアナとふたりで超特急で作った半券があった。カップル来店で、プチスイーツプレゼント! チケットには、そんな文言が謳ってあった。
「こちらをチラシといっしょに街頭で配るのと、今日来てくれたお客さんにお渡しします」
「昨日と同じ方法だと、女のひとばっかり来ちゃうでしょ? だから、みなさんの旦那さんとか彼氏さんとか、お客さんに連れてきてもらおうって作戦で」
「ふぅん?」
得意げに補足するフィアナに、なぜかマルスはちょっぴり面白くなさそうな顔。ん?と疑問に思うフィアナの前で、彼は疑わしそうにエリアスを見た。
「けどさ、女のお客って、あんた狙いだろ。いくらプレゼントをもらえるったって、ほかの男にきゃあきゃあ騒ぎに行くのに、旦那とか彼氏とか連れて来るかな。男側だって、嫌だろ。連れがよその男に騒いでいるのを見るなんてさ」
なるほど、なるほど……とエリアスはふむふむ頷く。
「マルス君の仰ることももっともです。ですが、私なりにいくつか反論をさせていただきましょう」
「お、おう」
きらりと目を光らせたエリアスに、マルスはぐっと身構える。ちょっぴり空気が張りつめるなか、エリアスは人差し指をぴんと立てた。
「まずひとつめ。女性のお客さんがすべて私狙いという認識は誤りです。マルス君ファンのお客さん、結構いますよ。やりましたね、君もモテモテです」
「別にそこは気にしちゃねえよ! なんで俺フォローされてんの!?」
「大丈夫です。もっと自信もちましょう、マルス君」
「失ってない自信を慰めんな!!」
ぎゃあぎゃあと突っ込みを入れるマルスを、フィアナは生暖かい目で見守る。きっと自分とエリアスのやりとりも、第三者から見るとこんな風に見えるのだろう。
続いてエリアスは中指を立てた。
「ふたつめ。これは我々男には理解しがたい感情かもしれませんが、それはそれ、これはこれ、なのです。愛をはぐくむパートナーと、鑑賞用イケメンとは、まったくもって別物なのですよ。現に私も長らく公式行事などで、ご婦人方に観賞用として愛でられてきました」
「はあ……」
なんだかよくわからない顔で、頷くマルス。一方エリアスは、最後に薬指を立てた。
「そして三つ目ですが。……なんであれ、自分の愛するひとが楽しそうに笑っていたら、それだけで幸せじゃないですか?」
「っ、!」
照れくさそうに――本当に幸せそうに笑ったエリアスに、マルスがはっとしたように目を瞠る。それから、なぜか彼は苦虫をかみつぶしたような、ともすると何かを無理やり押しとどめようとするかのような表情で、フィアナを見た。
突然どうしたのだろう。そのようにフィアナが小首をかしげると、マルスはぱっと目をそらす。彼はがしかしと頭をかくと、独り言のようにつぶやいた。
「そっか……。そうだよな」
己を納得させようとするかのように、マルスは何度もうなずく。そして、ふいに吹っ切れたような表情で顔を上げた――――が。
「ああ!! やはり無理です!! フィアナさんがほかの男にハートを飛ばしていたらなどと想像したら、動悸息切れ気つけ眩暈が……っ!!」
「ぶれぶれじゃねえか!? 何が幸せだ、俺の一瞬の覚悟を返せ!!」
青ざめた顔でのたうち回るエリアスに、マルスがぎゃあと怒る。
なんのかんの、この二人は仲がいいのでは。
そんな風に、蚊帳の外からフィアナは思ったのであった。
それからは、怒涛の日々だった。
街頭でのチラシ配りや、店頭での呼びかけでお客を呼び込み。
新しいメニュー表やボードを使って、新メニューを盛り上げ。
お客の反応を見ながら見せ方を変えたり、みなで意見を出し合いながら、ときにはメニューにも梃を加えたりと試行錯誤を重ねて。
ときにエリアスは、容赦ない意見をぶつけてくることもあった。けれどもそれは、グレダの酒場のことを本気で思えばこそだと、フィアナ一家もよくわかっていた。
だからフィアナたちも、本気でぶつかった。ああだ、こうだと白熱した議論は、お店を閉じたあとに小一時間も続くこともあった。
そうやって夜遅くなっても……なぜかフィアナが勧めても、エリアスは遠慮をしてグレダの酒場に泊まることはしなくなったけれども。
それでも、話し合い途中の小休憩や、賄いを食べるために交代で休みをとったりしたときに、こくり、こくりと転寝をはさむようになったエリアスを見ていると。
お休みをこのような形で使わせてしまって申し訳ないなという気持ちと、自分たちのためにこんなにも一生懸命になってくれる彼への感謝の気持ちとが綯い交ぜになって、フィアナの胸をふわふわと温かいもので満たした。
そうやって、エリアスと共に工夫すること9日目。
ついに、グレダの酒場の売上は、スパイスブームが始まる前に戻ったのだった。
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