拾った宰相閣下に溺愛されまして。~残念イケメンの執着が重すぎます!

枢 呂紅

文字の大きさ
上 下
15 / 89

14.心の元気をもらいまして。

しおりを挟む
「機嫌がよさそうだな」

 退室しかけたエリアスを、呼び止める声があった。

 メイス国の若き獅子王シャルツ、エリアスとは乳兄弟であり、無二の友だ。

 二人がいるのは王の執務室。いまこの部屋にいるのは、エリアスたちを除けば二人の関係をよく知る近衛兵しかいない。

 だからエリアスも、肩の力を抜いて振り返った。

「そう見えますか?」

「ああ、見える。今にも鼻歌を歌いそうだ」

「歌って御覧に入れましょうか。城内を練り歩き、春の音色を一曲」

「いいな。ギルベールあたりが卒倒する」

 にししと少年のように王が笑う。こういう笑顔は、兄弟同然に育った小さい頃から少しも変わらない。

「近頃、城内がもっぱらお前の話題で持ち切りだぞ。氷の宰相閣下が丸くなられた。春の訪れを告げる雪解けのように微笑まれた。時折手を止めて、物思いにふけられるようになった――。そのうち、ラブレターでも届くんじゃないか?」

「やめてくださいよ、面倒くさい」

「いいじゃないか。愛されるのは得だぞ。仕事がスムーズに進む」

 彼は愉快そうに身を乗り出すと、生暖かいものを見る目でエリアスを窺い見た。

「んで? いい加減、俺には教えてくれよ。仕事人間のお前が、早く切り上げて帰るようになった理由。毎夜、同じ店に通っているんだってな。なんだ? 女か? やっぱり、女がお前を変えたのか?」

「そんなことまで噂になっているんですか。この国の人間は暇ですね」

「何を言う! 古代より、人間の興味関心を引いてやまない議題、それが色恋沙汰だ」

 えへんと胸を張る王に、エリアスは呆れた目を向ける。彼の情報網がどこか、大方わかる。兵士との距離が近く、しょっちゅう訓練場に足を運んでは練習に混じる彼は、警備隊のネットワークを通じて情報を掴みたい放題なのだ。

 まあ、隠すようなことでもないし。そう思いつつも、エリアスはツンとそっぽを向いた。

「嫌ですよ。教えて差し上げません。ここで私が頷けば、あなたの手の者が相手の方を確かめに店にくるのでしょう? あの方との蜜月の時を、邪魔されるのは我慢なりません」

「お、おお! 天邪鬼め、わかりにくいが認めたな!」

 がたんと立ち上がり、シャルツは興奮して続けた。

「氷の宰相に雪解けをもたらすとは、いったいどんな女なんだ? 酒場で働いているんだもんな。美人か? グラマラスだと尚いいな。はかなげで危うげな未亡人、どうだ?」

「見事ですね、少しもかすりません。私の言葉であの方を形容するなどおこがましい限りですが……強いて言うならば、無垢で愛らしい天使のような女神です」

「聖女か! 聖女系ヒロインもいいな!」

 ここにフィアナがいたら、「あんたたちは誰の話をしているんだ」と半目になって呆れただろう。兄弟同然に育っただけあって、根っこは同じ。エリアスとシャルツがひとたび砕けて話し出せば、途端に突っ込み役を必要とするのである。

「いいな。いつかちゃんと、紹介してくれよ」

 気さくに笑って、王はそんなことをのたまう。まったく気軽に言ってくれる。そのように苦笑しつつ、エリアスはにこりと微笑み、

「ええ、もちろん」と頷いた。





(しかし、私はそんなにわかりやすいのでしょうか……?)

 ううむと考えつつ、エリアスはグレダの酒場に到着する。

 たしかに以前より気持ちに余裕は生まれた気もするが、仕事において基本的にスタンスは変えていない。それなのに「丸くなった」だの「柔らかくなった」だの、ここまで言われるものだろうか。

 不思議に思いつつ、エリアスはからんと鐘の音を響かせ扉を開けた。

「いらっしゃいま……っ」

「こんばんは! 天使で女神なマイスウィートハニーのフィアナさんっ」

 にこっと笑みを浮かべ、ひらひらと手を振る。するとフィアナは一瞬ぴくんと固まったあと、ガードするように丸盆を構えながらエリアスのお気に入りの席を指し示した。

「どうぞ。飲み物はエールですよね」

「はい。一緒にフィアナさんの笑顔をひとつ、ピクルスを添えてください」

「メインが逆ですから! ピクルスですね、ピクルス。笑顔は添えてあげませんけど。ちょっと待っていてください」

 ぶつぶつ言いながら、フィアナはてててと駆けていく。その背中を、エリアスは微笑ましく見守る。

 聖堂での一件以来、このように彼女に警戒されてしまっている。けれども、じりじりと距離を取りながらこちらを窺うフィアナは、子猫が毛を逆立てて威嚇をしているようで可愛い。すごく可愛い。いますぐ抱きしめて、モフりたくなる。

(フィアナさん……こんなに私を意識してくださるなんて……)

 どうにか自制しつつ、エリアスはほろりと涙しフィアナを見る。そんな彼の視線に気づいたのだろう。ぷんすかと怒ったような顔でエールを準備していたフィアナだったが、ぱっと顔を上げてエリアスを見ると、真っ赤になって顔を背けてしまった。

 エリアスは、その場に墓を掘って埋まりたくなった。

「エリアスちゃーん。こっち、こっち……って、なあに? そのポーズ」

「……愛しさが限界突破しましたので、エア・フィアナさんを抱きしめて堪えています」

「うわぁ。エリアスちゃん、今日も重症っ」

「阿呆言っていないで早く座れって」

 パン屋のニースに急かされ、エリアスはなじみの席に腰かける。隣で、キュリオが胸元から懐中時計を取り出し、目を丸くした。

「あら、もうこんな時間なの。今日は遅かったわね」

「今日は少々立て込んでまして。これでも慌てて城を飛び出して駆けつけたんですよ」

「毎日そんなじゃないか。まあ、飲め飲め! 最初の一杯は奢ってやるよ」

 がははとニースが笑ったところで、エリアスの前にトンとエールが置かれる。ちょうどフィアナが持ってきてくれたのだ。

 お疲れ様です、と。唇だけで、彼女はそう言った。

(……ああ、なるほど)

 エールの泡を眺めながら、エリアスは理解した。

 恋をして、胸を弾ませて。一日の終わりに愛しいひとと楽しい仲間に囲まれ、お腹と心をいっぱいに満たして。おそらくエリアス自身が自覚するよりもずっと深く、大きく、自分はここで過ごす時間に救われている。それはもう、氷の心を溶かされてしまうほどに。

(フィアナさん……貴女は、春の女神なのかもしれませんね)

「ほれほれ、早くグラスを持ちやがれ」

「準備はできたわね? それじゃ、せーのっ」

「かんぱーい!!」

 三人分の声が重なり、豊かな泡が軽快に跳ねたのだった。
しおりを挟む
感想 28

あなたにおすすめの小説

【完】嫁き遅れの伯爵令嬢は逃げられ公爵に熱愛される

えとう蜜夏☆コミカライズ中
恋愛
 リリエラは母を亡くし弟の養育や領地の執務の手伝いをしていて貴族令嬢としての適齢期をやや逃してしまっていた。ところが弟の成人と婚約を機に家を追い出されることになり、住み込みの働き口を探していたところ教会のシスターから公爵との契約婚を勧められた。  お相手は公爵家当主となったばかりで、さらに彼は婚約者に立て続けに逃げられるといういわくつきの物件だったのだ。  少し辛辣なところがあるもののお人好しでお節介なリリエラに公爵も心惹かれていて……。  22.4.7女性向けホットランキングに入っておりました。ありがとうございます 22.4.9.9位,4.10.5位,4.11.3位,4.12.2位  Unauthorized duplication is a violation of applicable laws.  ⓒえとう蜜夏(無断転載等はご遠慮ください)

「無加護」で孤児な私は追い出されたのでのんびりスローライフ生活!…のはずが精霊王に甘く溺愛されてます!?

白井
恋愛
誰もが精霊の加護を受ける国で、リリアは何の精霊の加護も持たない『無加護』として生まれる。 「魂の罪人め、呪われた悪魔め!」 精霊に嫌われ、人に石を投げられ泥まみれ孤児院ではこき使われてきた。 それでも生きるしかないリリアは決心する。 誰にも迷惑をかけないように、森でスローライフをしよう! それなのに―…… 「麗しき私の乙女よ」 すっごい美形…。えっ精霊王!? どうして無加護の私が精霊王に溺愛されてるの!? 森で出会った精霊王に愛され、リリアの運命は変わっていく。

「白い結婚最高!」と喜んでいたのに、花の香りを纏った美形旦那様がなぜか私を溺愛してくる【完結】

清澄 セイ
恋愛
フィリア・マグシフォンは子爵令嬢らしからぬのんびりやの自由人。自然の中でぐうたらすることと、美味しいものを食べることが大好きな恋を知らないお子様。 そんな彼女も18歳となり、強烈な母親に婚約相手を選べと毎日のようにせっつかれるが、選び方など分からない。 「どちらにしようかな、天の神様の言う通り。はい、決めた!」 こんな具合に決めた相手が、なんと偶然にもフィリアより先に結婚の申し込みをしてきたのだ。相手は王都から遠く離れた場所に膨大な領地を有する辺境伯の一人息子で、顔を合わせる前からフィリアに「これは白い結婚だ」と失礼な手紙を送りつけてくる癖者。 けれど、彼女にとってはこの上ない条件の相手だった。 「白い結婚?王都から離れた田舎?全部全部、最高だわ!」 夫となるオズベルトにはある秘密があり、それゆえ女性不信で態度も酷い。しかも彼は「結婚相手はサイコロで適当に決めただけ」と、面と向かってフィリアに言い放つが。 「まぁ、偶然!私も、そんな感じで選びました!」 彼女には、まったく通用しなかった。 「なぁ、フィリア。僕は君をもっと知りたいと……」 「好きなお肉の種類ですか?やっぱり牛でしょうか!」 「い、いや。そうではなく……」 呆気なくフィリアに初恋(?)をしてしまった拗らせ男は、鈍感な妻に不器用ながらも愛を伝えるが、彼女はそんなことは夢にも思わず。 ──旦那様が真実の愛を見つけたらさくっと離婚すればいい。それまでは田舎ライフをエンジョイするのよ! と、呑気に蟻の巣をつついて暮らしているのだった。 ※他サイトにも掲載中。

【完結済】私、地味モブなので。~転生したらなぜか最推し攻略対象の婚約者になってしまいました~

降魔 鬼灯
恋愛
マーガレット・モルガンは、ただの地味なモブだ。前世の最推しであるシルビア様の婚約者を選ぶパーティーに参加してシルビア様に会った事で前世の記憶を思い出す。 前世、人生の全てを捧げた最推し様は尊いけれど、現実に存在する最推しは…。 ヒロインちゃん登場まで三年。早く私を救ってください。

【完結】神から貰ったスキルが強すぎなので、異世界で楽しく生活します!

桜もふ
恋愛
神の『ある行動』のせいで死んだらしい。私の人生を奪った神様に便利なスキルを貰い、転生した異世界で使えるチートの魔法が強すぎて楽しくて便利なの。でもね、ここは異世界。地球のように安全で自由な世界ではない、魔物やモンスターが襲って来る危険な世界……。 「生きたければ魔物やモンスターを倒せ!!」倒さなければ自分が死ぬ世界だからだ。 異世界で過ごす中で仲間ができ、時には可愛がられながら魔物を倒し、食料確保をし、この世界での生活を楽しく生き抜いて行こうと思います。 初めはファンタジー要素が多いが、中盤あたりから恋愛に入ります!!

本の虫令嬢ですが「君が番だ! 間違いない」と、竜騎士様が迫ってきます

氷雨そら
恋愛
 本の虫として社交界に出ることもなく、婚約者もいないミリア。 「君が番だ! 間違いない」 (番とは……!)  今日も読書にいそしむミリアの前に現れたのは、王都にたった一人の竜騎士様。  本好き令嬢が、強引な竜騎士様に振り回される竜人の番ラブコメ。 小説家になろう様にも投稿しています。

目が覚めたら異世界でした!~病弱だけど、心優しい人達に出会えました。なので現代の知識で恩返ししながら元気に頑張って生きていきます!〜

楠ノ木雫
恋愛
 病院に入院中だった私、奥村菖は知らず知らずに異世界へ続く穴に落っこちていたらしく、目が覚めたら知らない屋敷のベッドにいた。倒れていた菖を保護してくれたのはこの国の公爵家。彼女達からは、地球には帰れないと言われてしまった。  病気を患っている私はこのままでは死んでしまうのではないだろうかと悟ってしまったその時、いきなり目の前に〝妖精〟が現れた。その妖精達が持っていたものは幻の薬草と呼ばれるもので、自分の病気が治る事が発覚。治療を始めてどんどん元気になった。  元気になり、この国の公爵家にも歓迎されて。だから、恩返しの為に現代の知識をフル活用して頑張って元気に生きたいと思います!  でも、あれ? この世界には私の知る食材はないはずなのに、どうして食事にこの四角くて白い〝コレ〟が出てきたの……!?  ※他の投稿サイトにも掲載しています。

魔力を持たずに生まれてきた私が帝国一の魔法使いと婚約することになりました

ふうか
恋愛
レティシアは魔力を持つことが当たり前の世界でただ一人、魔力を持たずに生まれてきた公爵令嬢である。 そのために、家族からは冷遇されて育った彼女は10歳のデビュタントで一人の少年と出会った。その少年の名はイサイアス。皇弟の息子で、四大公爵の一つアルハイザー公爵家の嫡男である。そしてイサイアスは周囲に影響を与えてしまうほど多くの魔力を持つ少年だった。 イサイアスとの出会いが少しづつレティシアの運命を変え始める。 これは魔力がないせいで冷遇されて来た少女が幸せを掴むための物語である。 ※1章完結※ 追記 2020.09.30 2章結婚編を加筆修正しながら更新していきます。

処理中です...