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8.幼馴染は遭遇しまして。(前半)
しおりを挟む――出会いの時は、唐突に訪れた。
「フィアナさーん! こんにちはー!」
明るく店の戸をくぐって現れたエリアスに、フィアナはしばしぽかんと口を開けた。
「エリアスさん!? あれ、どうしてランチタイムに!?」
「今日はお休みをもぎ取りまして。なので、お昼の時間から来ちゃいました」
ほくほくと嬉しそうに、エリアスは座り慣れたカウンターの左端席へと向かう。だが、その椅子を引こうとしたところで、くいと眉を上げた。
「……おや?」
「あ、エリアスさん、その席は」
フィアナが説明しようとしたその時だった。
ばたんとトイレの戸が開いて、エリアスのお気に入りの席に座っていた先客――マルスが姿を見せる。当たり前のように席に戻ろうとした彼は、椅子の前で立ち尽くしこちらを眺めるエリアスの姿に気づき、足を止めた。
「…………あ」
何かを察したらしいマルスが、ちらりとフィアナに視線をやる。だが、フィアナがそれに答えてやる前に、マルスの視線を遮るようにエリアスがさりげなく間に入った。
「こんにちは」
まるで真っ当な大人のように、エリアスはにこりと微笑んでそう会釈したのだった。
「そうでしたか! マルスくんは、ニースさんの息子さんでしたか!」
「ええ、まあ」
にこやかに頷き、エリアスがマルスを見る。けれども、対するマルスの顔には笑みの欠片もなく、胡乱げな目でエリアスを見返すだけ。そんな二人を、カウンターの向かいからフィアナははらはらと見守った。
あのあと、エリアスはマルスのすぐ隣の席を選び、なんとなくフィアナ・エリアス・マルスの三人で話す流れとなっている。だが、にこやかに話しかけているのはエリアスばかりだ。
(マルス、さっきも相当エリアスさんのこと、怪しんでいたからなあ)
エリアスが来る前に話していた内容を思い浮かべて、フィアナはううむと眉根を寄せる。
隣国への出張でしばらく顔を見せなかったエリアスが、最近になって再び店に通うようになったことを、どうやらマルスは父親から聞きつけたらしい。
「エリアス=庶民の娘に遊びで手を出そうとするゲス貴族」と疑っている彼は、エリアスの来店復活を当然ながらよく思ってはいない。それで、エリアスには気を付けろと、ちょうどそんな話をされていたのである。
このままでは、マルスがエリアスに食ってかかってしまうのではないか。そう思ったまさにそのとき、目だけはしっかりエリアスを睨んだまま、マルスが口を開いた。
「うちの親父と、フィアナの親父さんは昔から仲が良いんです。だからこいつのことは小さい頃から知っていて、しょっちゅう遊んだり、出かけたりしてました」
「……へえ?」
――マルスにばかり気を取られていたフィアナは、エリアスの声がいつもより少しばかり低いのには気づかない。だが、エリアスはすぐに、にっこりと良い笑みで続けた。
「なるほど。それはそれは、素敵な幼馴染、ですね」
「あ、あああの、エリアスさん!!」
マルスのこめかみがピクリと動いたのを見たフィアナは、耐えられなくなってついつい口を挟んだ。途端、エリアスはすぐに正面に顔を戻し、いつもの調子でうきうきと答えた。
「はい、なんでしょう? 天使で女神でマイスウィートハニーのフィアナさん?」
「そろそろ、その呼びかけに慣れ始めてる自分が怖い……。じゃ、なくて! いつも夜に来るのに、ランチなんて珍しいですよね。今日はお休みだからって、さっき言ってましたよね?」
ピリピリした空気を変えたくて、とっさに適当な話題を振る。するとエリアスは、しみじみと頷いた。
「そうなんですよ。これまで散々こき使われた上に、唐突な長期出張までぶち込まれましたからね。そろそろ休みの1日でももらわなきゃ、仕事を全部放棄して引き篭もってやる。そう陛下に上申したら、めでたく受け入れてもらえまして」
「へー。それはよかったですねー。……え??」
さらりと聞き流しそうになったところで、フィアナははたと気づいた。
「逆に言えばエリアスさん、今日までお休みもらえなかったんですか?」
「そうですねえ。かれこれ、二ヶ月ぶりくらいのお休みでしょうか」
「はい!?」
これにはフィアナも、ついでに言えば隣で聞いていたマルスも、仰天した。酒場やパン屋といったお店なんかも忙しいが、それでも週に一度、安息日だけはお休みをしている。
てっきりエリアスも、安息日は休んでいるのだろうと思っていた。宰相というのはそんなにも多忙を極めるのか。
さすがに同情をおぼえてエリアスを見ると、彼は苦笑をした。
「ここ最近は、少し立て込んでたんです。隣国に大臣を派遣するにあたって、色々と国内でも調整が必要でしたし。けれども幸か不幸か私が赴くこととなり、結果として上手く話をしてまとめることができました。おかげさまで、しばらくは人間らしい生活を取り戻せそうです」
「そうだったんですか……」
それしか答えられず、フィアナはとりあえず頷いた。
なんというか、こういう話をしていると、本当に目の前にいる男がこの国の宰相なのだと実感する。隣国だとか調整がどうとか、フィアナたち庶民とはまるで違う世界で生きている人物なのだと改めて思い知らされ、なんだか不思議な心地だ。
(いつもあんなんだけど、エリアスさんもお城ではちゃんと『宰相』やってるんだな)
若干失礼な感想ではあるものの、フィアナはそのように感心した。
そして気づいた。今の話を聞いて、マルスのエリアスへの評価も、少しは改善されたかもしれない。そう思って、ちらりとマルスを盗み見たのだが。
(ぜんっぜん、警戒モードのままだった……!)
相変わらず、というよりますます胡散臭そうな目で、エリアスを睨んでいるマルスに、フィアナの胃もきりきり痛んだ。別にふたりに仲良くお喋りしてくれとも思わないが、幼馴染のこの態度が自分を心配してくれるが故と考えると、どうにも気が気でない。
そんなときに限って、テーブル席のお客がフィアナに手を振った。
「お嬢さーん! 注文いいですかー」
「はーい! ただいま!」
明るく返事をしながらも、フィアナはちらりと目の前のふたりを見る。だが、いくら二人きりで置いていくのが心配だからといって、他のお客を疎かにすることはできない。
後ろ髪を引かれる心地がしつつも、フィアナはテーブル席へと小走りで駆けて行ったのであった。
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