拾った宰相閣下に溺愛されまして。~残念イケメンの執着が重すぎます!

枢 呂紅

文字の大きさ
上 下
8 / 89

7.ちょっぴり素直になりまして。

しおりを挟む

 しばらくして、フィアナに宥められていくらか落ち着いたらしいエリアスは、それでも店の前の段差に座ってうじうじとひざを抱えていた。

「……実は私、今日のお昼にお隣の国から戻ってきたんです」

「はい、え、はい!?」

 一瞬流してしまいそうになったが、慌てて聞き返す。するとエリアスは、呪詛の籠った声でぐちぐちと先をつづけた。

「本当は別の大臣が行くはずだったんですが、出発当日にぎっくり腰になりまして。それで、陛下が代わりに私に行けと。……そりゃあ、いつ何時、何があるかわかりませんから、常に最低限の荷物は整えていますよ。けれど、普通は日程を遅らせるとか、やりようがありますよね。それが、日程はそのままで今すぐ隣国へ発てだなんて……。ちょっと隣の町に行くのとはわけが違うんですよ……」

「だから、このひと月、お店にも来れなかったんですね」

「そうなんです!!!!!」

 苦悶の表情で勢いよく頭を抱えたエリアスに、自分が心のどこかでほっとしているのに気付く間もなく、隣に座るフィアナはびくりとその場ではねた。

「フィアナさんに一か月も会えないうえ、行ってらっしゃいのハグも、行ってらっしゃいのキスもしていただけなくて……。おかげでこのひと月、私がどれだけ、フィアナさん不足で枯れはててしまいそうになったことか……!」

「仮に出発前に会えてたとしても、キスもハグもしませんでしたからね?」

「ようやく昼過ぎに城に戻ってきて、今夜はお店にうかがえるかと思ったのに。陛下への報告やら事務処理やらしていたら、こんな時間に……。元気に働くフィアナさんを盗み見たり、ごみを見るような目でフィアナさんに見られたりしながら、美味しいお酒とごはんを楽しみたかった……」

「普通に楽しんでくださいよ。なんですか、ごみを見るような目で見られながらって」

「私の一か月ぶりの心の拠り所がぁ……っ」

 えぐえぐと、人目もはばからず落ち込むエリアス。よく見れば、エリアスはいつかの日のように、上から下までばっちり宰相としての服装だ。なんとか閉店前に滑り込みたくて、着替える間もなく城を飛び出してきたのだろう。

(エリアスさん……うちの酒場のことも、気に入ってくれていたんだな)

 本気で残念がっているエリアスの姿に、ほんの少しだけ嬉しくなってしまう。けれども、やっぱりエリアスはエリアスだ。毎日こようが、ひと月ぶりだろうが、いつも変わらずマイペースでちょっぴり面倒くさい。

 やれやれと眉を下げて、フィアナは頬杖を突いた。

「別に、そんなに悲観しなくてもいいじゃないですか。無事帰ってこれたわけですし、またお店に通えるんですもん」

「だって、寂しかったんですよ! ていうか、フィアナさんは私がひと月も音沙汰もなかったのに、少しもさみしくなかったんですか!?」

 くわりと顔を上げて、フィアナを見るエリアス。――だが彼は、フィアナの顔を見た途端、「え?」と間抜けな声を上げた。

「さみしくなんか、なかったですよ」

 これ以上は表情をみられたくなくて、顔を背けながらもごもごと答える。それでも――ほんの少し、たった一欠けらだけ、抱いてしまったこの気持ちを隠すことはできない。

「だけど、毎日静かで……エリアスさんほど、しつこく絡んでくるひともいなくて。少し、物足りないかなとは、思いましたよ」

 となりでエリアスが息を呑んだ気配がする。

 あーあ、と内心でため息を吐きながら、フィアナは苦笑する。次にあったら文句のひとつでも言ってやろうと思っていたのに、こんなことを言って、エリアスを喜ばせてしまってどうするというのだ。

 だから素直になるのはもうおしまい。そう思って、エリアスへと顔を向けたフィアナだが――無理やり表情を作るまでもなく、真顔になって彼を見下ろした。

「あの。一応聞きますが、人のうちのまえで何拝んでいるんですか」

「まさか……、まさか、こんなにお可愛らしいフィアナさんの姿が拝めるなんて思わなくて……。いけません。尊すぎて、生きているのがしんどいです。ここに墓を建てよう……」

「家の前にお墓が建つなんて絶対嫌ですし、少しデレたくらいで死なないでくれませんかね!!?」

 ドン引きしてフィアナは抗議するが、エリアスは声もなく涙を流しながら、両手を合わせて何かを拝んでいる。本当に、イケメンというアドバンテージをことごとくどぶに捨てていくスタイルの男である。

 どっと疲れを感じたフィアナは、面倒くさくなって立ち上がった。

「もう、いいです。気が済むまでそうしていてください。私、なかで待ってますんで」

「あ、あぁ! すみません、フィアナさん!! 長くお引止めしてしまいまして……。気持ちに折り合いがついたら帰りますので、私のことは気になさらないでください」

「何言っているんですか。エリアスさんも入るんですよ、店の中に」

 くいと後ろを指し示せば、エリアスが不思議そうな顔をする。それに、してやったりといった笑みを浮かべて、フィアナは腰に手を当てた。

「賄いの残りと、一杯のエールくらいなら私でも出せます。……食事、まだしてないんですよね? よかったら、寄って行ってください」

 私からのねぎらいです、と。フィアナはそっと、心の中で付け足す。

 それは恋かと問われれば、断じて違うと首を振る。けれども、いまエリアスとこういう掛け合いができることが、面倒くさくて、ちょっぴり嬉しい。甚だ不本意ながら、そんな風に思ってしまう程度には、エリアスに気を許してしまったようだ。

「あ……ああ……そんな……女神……。やはりここに墓を、いえ、かくなるうえは、私が墓になるしか……」

「あれ、もう酔ってるんですか。じゃあ、エールも賄いも必要ありませんね」

「うわぁぁぁあ、嘘です、嘘です! 墓なんか建てませんし、墓にもなりません! 待ってください、フィアナさーん!」

 わあわあ騒ぎながら、ふたりは店の中へと消えていく。

 ぱたんと閉じた扉には「閉店」の文字。――けれども、賑やかな夜は、いましばらく続いたのだった。
しおりを挟む
感想 28

あなたにおすすめの小説

【完】嫁き遅れの伯爵令嬢は逃げられ公爵に熱愛される

えとう蜜夏☆コミカライズ中
恋愛
 リリエラは母を亡くし弟の養育や領地の執務の手伝いをしていて貴族令嬢としての適齢期をやや逃してしまっていた。ところが弟の成人と婚約を機に家を追い出されることになり、住み込みの働き口を探していたところ教会のシスターから公爵との契約婚を勧められた。  お相手は公爵家当主となったばかりで、さらに彼は婚約者に立て続けに逃げられるといういわくつきの物件だったのだ。  少し辛辣なところがあるもののお人好しでお節介なリリエラに公爵も心惹かれていて……。  22.4.7女性向けホットランキングに入っておりました。ありがとうございます 22.4.9.9位,4.10.5位,4.11.3位,4.12.2位  Unauthorized duplication is a violation of applicable laws.  ⓒえとう蜜夏(無断転載等はご遠慮ください)

「無加護」で孤児な私は追い出されたのでのんびりスローライフ生活!…のはずが精霊王に甘く溺愛されてます!?

白井
恋愛
誰もが精霊の加護を受ける国で、リリアは何の精霊の加護も持たない『無加護』として生まれる。 「魂の罪人め、呪われた悪魔め!」 精霊に嫌われ、人に石を投げられ泥まみれ孤児院ではこき使われてきた。 それでも生きるしかないリリアは決心する。 誰にも迷惑をかけないように、森でスローライフをしよう! それなのに―…… 「麗しき私の乙女よ」 すっごい美形…。えっ精霊王!? どうして無加護の私が精霊王に溺愛されてるの!? 森で出会った精霊王に愛され、リリアの運命は変わっていく。

「白い結婚最高!」と喜んでいたのに、花の香りを纏った美形旦那様がなぜか私を溺愛してくる【完結】

清澄 セイ
恋愛
フィリア・マグシフォンは子爵令嬢らしからぬのんびりやの自由人。自然の中でぐうたらすることと、美味しいものを食べることが大好きな恋を知らないお子様。 そんな彼女も18歳となり、強烈な母親に婚約相手を選べと毎日のようにせっつかれるが、選び方など分からない。 「どちらにしようかな、天の神様の言う通り。はい、決めた!」 こんな具合に決めた相手が、なんと偶然にもフィリアより先に結婚の申し込みをしてきたのだ。相手は王都から遠く離れた場所に膨大な領地を有する辺境伯の一人息子で、顔を合わせる前からフィリアに「これは白い結婚だ」と失礼な手紙を送りつけてくる癖者。 けれど、彼女にとってはこの上ない条件の相手だった。 「白い結婚?王都から離れた田舎?全部全部、最高だわ!」 夫となるオズベルトにはある秘密があり、それゆえ女性不信で態度も酷い。しかも彼は「結婚相手はサイコロで適当に決めただけ」と、面と向かってフィリアに言い放つが。 「まぁ、偶然!私も、そんな感じで選びました!」 彼女には、まったく通用しなかった。 「なぁ、フィリア。僕は君をもっと知りたいと……」 「好きなお肉の種類ですか?やっぱり牛でしょうか!」 「い、いや。そうではなく……」 呆気なくフィリアに初恋(?)をしてしまった拗らせ男は、鈍感な妻に不器用ながらも愛を伝えるが、彼女はそんなことは夢にも思わず。 ──旦那様が真実の愛を見つけたらさくっと離婚すればいい。それまでは田舎ライフをエンジョイするのよ! と、呑気に蟻の巣をつついて暮らしているのだった。 ※他サイトにも掲載中。

【完結済】私、地味モブなので。~転生したらなぜか最推し攻略対象の婚約者になってしまいました~

降魔 鬼灯
恋愛
マーガレット・モルガンは、ただの地味なモブだ。前世の最推しであるシルビア様の婚約者を選ぶパーティーに参加してシルビア様に会った事で前世の記憶を思い出す。 前世、人生の全てを捧げた最推し様は尊いけれど、現実に存在する最推しは…。 ヒロインちゃん登場まで三年。早く私を救ってください。

【完結】神から貰ったスキルが強すぎなので、異世界で楽しく生活します!

桜もふ
恋愛
神の『ある行動』のせいで死んだらしい。私の人生を奪った神様に便利なスキルを貰い、転生した異世界で使えるチートの魔法が強すぎて楽しくて便利なの。でもね、ここは異世界。地球のように安全で自由な世界ではない、魔物やモンスターが襲って来る危険な世界……。 「生きたければ魔物やモンスターを倒せ!!」倒さなければ自分が死ぬ世界だからだ。 異世界で過ごす中で仲間ができ、時には可愛がられながら魔物を倒し、食料確保をし、この世界での生活を楽しく生き抜いて行こうと思います。 初めはファンタジー要素が多いが、中盤あたりから恋愛に入ります!!

本の虫令嬢ですが「君が番だ! 間違いない」と、竜騎士様が迫ってきます

氷雨そら
恋愛
 本の虫として社交界に出ることもなく、婚約者もいないミリア。 「君が番だ! 間違いない」 (番とは……!)  今日も読書にいそしむミリアの前に現れたのは、王都にたった一人の竜騎士様。  本好き令嬢が、強引な竜騎士様に振り回される竜人の番ラブコメ。 小説家になろう様にも投稿しています。

目が覚めたら異世界でした!~病弱だけど、心優しい人達に出会えました。なので現代の知識で恩返ししながら元気に頑張って生きていきます!〜

楠ノ木雫
恋愛
 病院に入院中だった私、奥村菖は知らず知らずに異世界へ続く穴に落っこちていたらしく、目が覚めたら知らない屋敷のベッドにいた。倒れていた菖を保護してくれたのはこの国の公爵家。彼女達からは、地球には帰れないと言われてしまった。  病気を患っている私はこのままでは死んでしまうのではないだろうかと悟ってしまったその時、いきなり目の前に〝妖精〟が現れた。その妖精達が持っていたものは幻の薬草と呼ばれるもので、自分の病気が治る事が発覚。治療を始めてどんどん元気になった。  元気になり、この国の公爵家にも歓迎されて。だから、恩返しの為に現代の知識をフル活用して頑張って元気に生きたいと思います!  でも、あれ? この世界には私の知る食材はないはずなのに、どうして食事にこの四角くて白い〝コレ〟が出てきたの……!?  ※他の投稿サイトにも掲載しています。

魔力を持たずに生まれてきた私が帝国一の魔法使いと婚約することになりました

ふうか
恋愛
レティシアは魔力を持つことが当たり前の世界でただ一人、魔力を持たずに生まれてきた公爵令嬢である。 そのために、家族からは冷遇されて育った彼女は10歳のデビュタントで一人の少年と出会った。その少年の名はイサイアス。皇弟の息子で、四大公爵の一つアルハイザー公爵家の嫡男である。そしてイサイアスは周囲に影響を与えてしまうほど多くの魔力を持つ少年だった。 イサイアスとの出会いが少しづつレティシアの運命を変え始める。 これは魔力がないせいで冷遇されて来た少女が幸せを掴むための物語である。 ※1章完結※ 追記 2020.09.30 2章結婚編を加筆修正しながら更新していきます。

処理中です...